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藤(夢)
貴女を癒す5つの方法(銀&森夢)
お疲れな貴女を甘やかそう



<まずはエスコートから、普段着ではなく正装で>


肩を落としながら、やや伏せ目がちに彼女は歩き出す。
ようやく駅だ。今日も仕事は大変だった。
変な電話に当たってしまうし、苦情処理はたくさんするし、後輩は失敗ばかりなのに学んでくれないし。
ピッと定期をかざして、改札を出れば、同時に零れる溜息が一つ。

「はぁ・・・」

口から溜息、眼からは涙。
こんな公の場で泣くほど子供ではないが、気を緩めたら泣いてしまいそう。
良いことなんか、ちっともないとさえ思える。

「おかえり、彼女」
「え・・・て、鉄雄?!」

急に前方から声を掛けられて、驚いて顔を上げれば、緑のスーツを着た森田が立っていた。

「仕事帰り?」
「いや?」
「じゃあどうして、スーツなの?」

にこりと笑って答えない森田に「変なの」と呟いて駅から出て歩き出す、すると、優しく腕を掴まれて、彼女の歩みは止まった。

「今日はこっちだ」
「あ・・・迎えにきてくれたんだ、ありがとう」

森田の言う方向には彼らの愛車が止まっていて、彼女はにこりと笑った。すると、森田は後部座席のドアを開けて恭しく一礼した。まるで執事か何かのように。

「さ、どうぞ」
「ちょっと、恥ずかしいよ」

運転席に座った森田が肩を竦める。

「銀さんなら決まるんだろうけど、オレじゃあ恥ずかしいだけだよな」
「じゃなくて!あんな道の真ん中で・・・それに・・・」

鉄雄だって十分かっこいい、ともごもご口の中で呟けば、さっと赤くなった森田は何度か手を握ってからハンドルを握る。後ろから見る彼の耳はほんのり赤くなっているようだ。恥ずかしくなったので、「さ、早く車を出してちょうだい、お腹がすいたわ」と芝居がかったように急かしてみる。彼も乗ってくれようで、「お任せください、お嬢様」とほんのり赤い顔でアクセルを踏むのだった。

車は緩やかに発進し、丁寧に道をなぞる。

彼の待つ家へ。


<次はおいしいのフルコース、湯気の立つ暖かい料理を召し上がれ>


「帰ってきたな、お疲れさん」

玄関のドアを開ければ、もう一人の愛しい人からの労いの言葉。暖かい家に、その言葉で涙が零れそうになるのを我慢して、うつむいた。ゆっくりと大きな手が頭を撫でてくれる。そのぬくもりに疲れも溶けていきそうだ。

「森田の奴は立派に務めを果たしたか?」
「・・・務め?」

離れるぬくもりを寂しく思いながら、それを追うように顔を上げると、心底優しげな銀二の微笑みがそこにあった。どきりとするが、さらに追い討ちをかけるように、銀二は恭しく方膝をついて、手を取った。洗練された動作で、ひんやりとした彼女の手の甲に口付ける。

「運転手さ。今日は彼女専属のな。さあお嬢さん、荷物を置いてテーブルへどうぞ」

持っていたカバンを軽く引っ張れば、彼女の手からするりと渡る。そのまま部屋の前まで運ばれるのを、一瞬で茹った顔で呆然と見てた。車を駐車場に置いて戻ってきた森田が、玄関で立ちすくむ彼女を不審そうに見つめる。

「中入らないのか?銀さんの手料理、しかも彼女の好物、並んでるぞ?オレもまだ食べてないから、一緒に食べよう」

軽く肩を叩いて、森田は銀二の後を追う。

「銀さん、何したの?彼女、固まってるんだけど」
「ああ?何もしてねえよ。それより飯だ」

前方でなんだかんだ言う声が聞こえて、ようやく我に返る彼女。急いで靴を脱いで、皆の元へ向かう、まだほんのり朱が残る顔には、疲れの色が少しばかり消えて、困ったような照れ笑いだった。

季節が冬へと向かいつつあるこの晩。ポトフは心に身体に染み渡る良質な食べ物といえよう。大きく切られた野菜たちは柔らかくなっていて、栄養を与えてくれる。スープを飲めば、ほんのり香る香辛料、あくまで隠し味の範囲を出ずに、素材の味を生かしている。器から手のひらへと移る暖かさも、咽喉を通る美味しさも、全てがぬくもりに包まれている。

「旨いか」
「うん、美味しい!!すごく温まる」
「それに栄養もあるし、なにより銀さんの手作りだからね」
「切って煮ただけだ、もうちっと凝ったもんでも作ろうと思ったんだがな、こういうほうが今は嬉しいだろ」

今は、というところで、彼女はようやく真意を知った。
二人の顔を見比べれば、優しそうに笑っている。不意に涙が零れそうになるのを、慌てて拭って、笑った。疲れてる自分を、労って甘やかしてくれている。それがとても嬉しい。嬉しくて、もっと甘えてしまいそう。そうすればみっともないところを見せそうだ。このかっこいい二人の愛しい人相手には、どうにも見せたくない姿だ。

「う、ん、美味しかった、私、お風呂入ってくる」

慌てて、席を立って部屋を出ようとすると、森田にまた腕を掴まれた。今度は優しくなく、少しばかり力がこもっている。痛くはないが、明確な意志を持った彼の行動に彼女は驚きながら、ついていく。


<リビングでゆっくりと、寛ぐことも必要だ>


ぽすりと座らされたソファーに両隣は銀二と森田。挟まれるようにして、逃げられない。

「食べてすぐ風呂ってのは、良くないんだろ?」
「そうそう、少しゆっくりしなよ」

そう言われても、居心地が悪い。両隣の二人は、今日は徹底的に彼女を甘やかすつもりらしい。

「肩の力を抜け、それとも、オレの前じゃあ無理か?」

銀二がそうほんのり悲しさを見せながら言うのに、ときめけば。

「オレに慰めさせてよ、彼女」

森田が何やら赤くなりながら真面目に言う言葉に、きゅんとする。

「彼女・・・」
「ふふ・・・」

ああもう、っと彼女は立ち上がった。心臓がドキドキドキドキ。これじゃあくつろぐもへったくれもない。鼓動が早くなって休むどころか、かえって疲れる!呆気に取られる二人を置いて、「部屋で休みますっ!」とずかずかとリビングを出た。

「・・・失敗した?」
「みてえだな・・・なんでだ?」
「わかんないよ。銀さんの言うとおりに言ったのに」
「てめえの言い方がやらしいかったんだよ」
「銀さんの表情が・・・っ!」
「表情がなんだ、言ってみろ」
「・・・眼が、その眼が駄目なんだ、この悪魔!人たらし!」
「ああ?なんだそりゃ、こっちは真剣に彼女の為にだなあ!」
「オレだって!彼女が今仕事大変なのわかってるから、真剣に!!」
「真剣に?どう考えてもあの台詞がいけないだろ」
「ちょ!!銀さんが言えって言ったのに!!」
「忘れたよ、んなこと」
「うわ、最低」

ドアの向こうにまだ彼女が立っているとも知らず、いや、本当は知っているのだけれど、軽快な言葉を二人で投げあう。きっと彼女はこれを聞いてくすりと笑うのだろう。それならそれでいいと、二人は思った。


<入浴でリラックス、疲れも汗もさっぱり流して>

部屋でしばらく休んだ後、お風呂へと向かう。着ていたシャツがどことなく重く感じるのは相当疲れている証拠だろう。全て脱ぎ去って浴室のドアを開ければ、ほのかに香るいい香りに首を傾げる。どこかで嗅いだいい香り。何かの香りだが、これは一体。

「彼女、湯加減は?」
「うん・・・いいけど・・・」

身体を流してから、湯船に浸かれば、鼻孔に広がるアジアテイストの甘い香り。フルーツのようだが、一体。擦りガラスのドアを挟んで会話を続ける。

「これ、もしかして」
「そ、入浴剤、新しいの見つけたから、それも彼女の好きそうなやつだ」
「わかった、ライチだ!」
「正解、ごゆっくりー」

お湯を揺らせばライチの香りが広がっていく。甘くて食べてしまいたいぐらい。肩の力を抜いて、お湯に浸かれば、疲労が徐々に拡散していく気がした。適温なお湯だけでなく、気遣ってくれる二人の気持ちがあるからこそ、幸せな気分になれるのだ。

「・・・嬉しい」

ふふ、と微笑む顔は二人が待ち望んだもの。

さあ、疲れも憂いも全部洗い流して、彼らに早く会いに行かなきゃ。


<おやすみ前にキスをひとつ、今日も良い夢見れますように>


「お、上がったな」

タオルで髪を拭いていると、銀二が背後に立って、洗い立ての髪をわしゃわしゃと拭き始める。ほのかに香るライチの甘い匂い、首筋に顔を寄せて口付けたい衝動に駆られる。それを何食わぬ顔で自制して、丁寧に髪を乾かしていく。

「・・・なんだよ」

森田がじっとこちらを見ているので、銀二は眉を寄せた。邪な気持ちがばれたのだろうかと、少しばかり眼光がきつくなる。

「いや、なんかこう・・・や、やっぱりなんでもないです」

小型犬の世話をしているみたいですね、なんて言おうものなら、銀二からも彼女からも怒られそうなので、首を振る。彼女は何も気にせずに、銀二に身を委ねてうっとりしながら眼を閉じている。言わなくて正解だったようだ。

「出来たぞ。寝るか」
「ですね」
「ふあーい」

疲労から来る眠気に勝てず、よろよろと進んで、部屋に戻ろうとする。

「違う違う、今日はこっち」

今日何度目か、森田に腕をつかまれては引っ張られる。押されながら歩いた先は広いベッド。いつもは部屋で布団で寝るのに、なんで今日に限って?そう疑問に思ったのが顔に出たのだろう、銀二はぽんぽんと優しく彼女の頭を叩いた。

「三人で寝るんだよ、ああ、枕も抱き枕もあるからな」
「え、三人で?!」
「多少は窮屈だけど、温かいしさ」

有無を言わさず、寝かせられて、さっさと両側を固められる。右を向けば銀二、左を向けば森田、緊張するような気持ちもあるが、穏かな二人の顔を見て徐々に眠気が勝っていく。

「・・・ありがとう」
「これぐらい、安いもんだ」
「彼女の笑顔が見れるなら、ね」

額に一つ、髪に一つ、キスを落とされて、暖かな眠りの世界へ誘われる。

「おやすみ」

きっと今日は良い夢が見れるに違いない。



終わり

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あきゅろす。
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