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藤(夢)
彼と彼女の休日の朝(森田夢・霧生リク)
※「彼と彼らの恋愛事情」と前半同じです


大きな仕事を終えたにしては、明らかにそぐわない顔をしている男が一人。打ち上げという和やかかつ陽気な雰囲気を一人で重くしているのは、まだまだ若い青年だった。最初は彼も高揚していたのだが、酒が入るうちに、何か別の心配事が彼の中で首をもたげたようだった。
「あん?なんでそんな暗いんだよーほら、飲め飲め」
「・・・ありがとうございます」
結ばれた髪さえ項垂れていて、安田が勧めるビールも一口口をつけて、溜息を吐く始末。
別に失敗したとか、そういうことではないのは、全員わかっていた。森田は今回の仕事の功労者と言っても過言ではない。ではなぜそんなに暗いのか。
「仕事・・・に関して、って顔じゃねえなあ、なに、女か、女だろ?」
嬉々として森田を茶化す安田に船田も平井もちらりと視線を投げかけ、また始まった、うんざりするとばかりに酒を飲み干した。仕事が片付けば、頭を切り替える、酒が入れば女の話、それは安田の昔からのポリシーといってもいい。森田を叩いても埃は出ない、そう思ってた平井は、次の言葉に危うく酒を噴出すところだった。
「・・・忙しくて、全然会ってないです・・・」
「お、おっ!!彼女か!お前彼女いたのか!」
「・・・まあ・・・はい」
言いたくなかったんですけど・・・とそう照れて俯く森田は、もう先ほど悪党面で脅し文句を吐いていた青年とは思えないぐらい、年相応の若者の顔をしていた。一瞬、平井は目を細めて、複雑そうな顔をした。自分でも理由がわからないが。
「・・・銀さん、お父さんみたいな顔しているよ」
「はっ、オレが親父か?笑える冗談だ」
船田が小さく呟いたのを、平井は笑い飛ばした。笑い飛ばしながらも、この感情は、恐らくそういうもんだろうと割り切る事にした。

そうこうしているうちに、巽も嬉々として話に加わって、盛り上がっていく。
「そりゃ、森田なら彼女いると俺は思ってたよ!記者の勘!」
「ウソつけ!!ありゃ女に騙されるタイプって馬鹿にしてたじゃないか!」
「やだな、それ、やっさんのことだって」
「んだとー!!」
森田は苦笑しながら、一思いにビールを飲み干して、それから空になったコップを思い切り、机に置いた。がちゃんという音に、皆一様に口をつぐむ。目が、据わってる。何杯飲んだ、何杯飲ませた、と安田以外が素早く視線を走らせた。
「・・・オレ、彼女に、何か、してやりたいんですっ・・・アドバイス、くださいっ」
きらりと安田の目が光った。悩める若者に説教垂れるのが大好きなタイプだ、安田大先生の講釈が始まったら時間単位で時が過ぎていってしまう。
「そういうときは、教えたとおりの愛の言葉を囁いてやれっ!」
「アイ・・・なんとか?」
「INEEDYOU!」
「はあ・・・あいにじゅう・・・」
「じゃなかったら、愛してるっ!とか!ほかにもだな、むごごごご」
はいそこまで、と巽が後ろから安田の口を塞いで、にっこり笑った。これ以上彼に話させると、長い、ということだろう。あるいは単に良い具合に酒が回った巽も話したいのかもしれない。
「やっぱり贈り物だって。バック、洋服、アクセサリーは外さないし、無くなった方がいいなら花とか、ケーキとかでもいい。好きそうなものをあげれば喜ぶんじゃない?」
ばっく、ようふく、あくせさりー、念仏のように森田が唱える。どうも、そんなものをプレゼントした経験はないらしく、わっかんねぇと頭を振る始末。そんな森田を見て、あっさりと平井は言った。彼の目も、また少し据わっていたから、酔っていたのかもしれない。あるいはそのふりかもしれないが。
「だったら、有無を言わさずヤっちまえ、気持ち良くしてやれば文句ねぇだろ」
・・・。
「うわっ、銀さん、それ言っちゃう?」
「・・・アンタって人は・・・」
「最低最悪だね」
「むごご・・・」
口々に、巽に抑えられっ放しの安田を除いて、非難を浴びて、軽く平井は肩を竦めた。
「っは、そんなんだから!その年で結婚もできねぇんだよっ!!」
ようやく解放された安田が、捲くし立てれば、涼やかに、かつ冷ややかに平井は応戦する。
「できねぇんじゃねぇ、しないだけだ・・・安田、お前と違って」
「んだとぉ!言っていいことと悪いことがあるだろっ!」
仲間割れの危機に、パンと小気味よい音が響いた。
軽く手を叩いたのは、船田だった。
「いいかい。森田君。大切なのは、彼女が君に何を望んでるかだ。彼女の意向を踏まえた上で、言葉でも形でも、なんなら体でもあげればいい。でも恐らく本当に彼女が望んでいるのは、そんなものじゃないだろうけどね。」
「一体なんですか・・・?」
胸元から一枚の、丁寧に畳まれた高級そうなハンカチを出して、掛けていたメガネを外した。丹念にメガネを拭きながら、船田はぽつりと言った。それが、日頃から平井以上に感情を出さない船田の照れ隠しだということを、森田だけが知らなかった。
「傍にいること、だよ」


小さな明かりだけが着いた部屋に彼女は一人で寝ていた。
起こさないように、できるだけ静かに。ざっとシャワーを浴びてから、ゆっくり隣へともぐりこめば、起こしてしまったのか、ぱちりと開いた眼と眼が合った。
「・・・」
「・・・?」
寝ぼけているのか、瞬く彼女。
「てつお」
「・・・は、はい」
怒られるのかと身構えれば、彼女はふんわりと優しく笑った。
「おかえり」
優しくて、綺麗な笑顔。怒っているなんて、とんでもない。そう思った自分を恥じた。
「・・・ただいま」
自分よりもずっと華奢な身体を腕に閉じ込めれば、安心したのか、擦り寄ってまた眠りに落ちていく。
明日は彼女と一緒に居よう。
そう思って、自分も眠りに着くのだった。

「・・・あれ、鉄雄いつ帰ってきたの?」
「彼女、覚えてない?」
「うん、全然。おかえり、それから、おはよう」
朝何食べよっか、とけろりと笑う彼女に、森田は頭を掻いてそれから、言う。
「彼女に任せるよ」
「そういうお任せって困る!けど、今日は残りのご飯があるから・・・じゃあお茶漬けね」
せっせと食卓で準備をする彼女になんて言葉を掛けようか困ってしまう。
「何変な顔で立ってるの?ご飯だよ?」
「・・・変って酷いな・・・今日はオフだからさ、その、一緒にいたいなぁ・・・とか」
「・・・」
菜箸を持ったまま、彼女は驚いてこっちを見る。だんだんと、その顔が奇妙に歪んでいくのをみて、森田は、内心気が気ではなかった。間違ってない、間違ってない。傍にいろって船田さんは言ってた!!そう心の中で言い聞かせて、森田は、彼女に近寄って後ろから抱きしめた。
「あんまり、休み、なかったからさ・・・悪かったなぁ、って・・・その、別にゆっくりしてもいいしさ」
「・・・鉄雄」
「・・・ん?」
菜箸を置いて、うつむいた彼女はそれからしばらくして言った。
「今日は、本当に一緒に、いてくれる?」
「あぁ、もちろん」
ようやく顔を上げて、
「嬉しい」
と言う彼女の眼にうっすら涙が浮かんでいるのを見えた。
「・・・」
好きだとか、愛してるとか、あいにーじゅーだとか、そんな言葉は何も出て来ない。謝ることだってできなかった。ただ腕に力がこもるのを森田は自覚しながらも、止められずに抱きしめ続けた。
「苦しいって、ほら、ご飯、それから、今日どう過ごすか、一緒に考えよう?」
「あぁ、そうしよう」

穏やかな休日がはじまる。


終わり

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あきゅろす。
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