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藤(庭)
the Star Festival(赤平)
何かが擦れる音が聞こえた。赤木はふと上を見上げた、音はそこからしている。人の波に飲まれながら、けれど、誰ともぶつからずにただ上を見つめる。往来の真ん中でただ立ち尽くしているのを、不審に思ったのだろう、自然と人が避けている。酷い喧騒の中でも、プラスチックの擦れる音は赤木の耳に届いている。揺れているのだ。

赤く、波打つように。風に、気ままに。

七夕飾りの真っ赤な吹流しがゆらゆらと、さらに見上げれば短冊が着いているのが、ぼんやりとわかった。その吹流しに手を伸ばす。届くか、届かないか。少し背を伸ばせば、届きそうだ。かかとをあげて、垂れ下がる飾りへと手を。

「あっ・・・赤木っ!」

喧騒の中に、どこかで聞いたような切羽詰った声が聞こえて、思わず飾りを掴んでしまった。そのまま、軽く引っ張るが、幸い飾りは落ちはせずに、非難するかのように激しく揺れている。

「あ・・・」

けれども、吹流しの反撃なのか、さくり、と手が切れた。じっと手を見つめる。うっすらと血が滲んでしまっている。

「こんな人混みでっ、勝手にふらふら歩くなっ・・・お前、怪我したのか?」

駆け回って探したのだろう。肩で息をする平山が手を取って、それから苛立ったように、傷ついたほうの手首を掴んだ。なぜ、彼が怒っているのか、苛立っているのか、そして、どうして泣きそうなのか、赤木にはよくわからずに、ただされるがままについていく。途中、何人かとぶつかって非難を浴びた。

「すごい人だな・・・おい、どこ行くんだー」

返答は得られない。掴まれた手首が、痛いな、と赤木は思った。それに手のひらが少しひりつく。どうしてひりひりしているんだろうと、思ったときに、平山は急に止まった。屋台や竹飾りが並ぶ賑やかなメインストリートから外れた、裏通り。人もまばらで、誰もこちらに注意を払う者は居ない。平山の肩が落ちて、震えている。

「寒いのか?」
「っ、今、夏なんだぞ?寒いわけ、ないだろうっ」

振り向いた平山の目には涙が溜まっていたのだが、サングラスに隠されてしまう。ずっと手首を圧迫されていたせいで、手の切り傷からは出血量が増えていた。それを、平山はべろりと舐めた。慈しむように、丁寧に舐め取っている、くすぐったい。まさか彼がそういう行動に出ると思わなかったので、赤木は少しだけ驚いた。

「ひら、やま?」
「・・・消毒、だ、ほら絆創膏」

ぺたりと絆創膏を貼られてしまう。もう平山は泣いておらず、悲しそうに微笑んでいた。手を動かせば、絆創膏のせいで動かしづらかった。

「気をつけろよ?」
「おう、わかった」

平山は、怪我をしていないほうの赤木の手をそっと掴んだ。人の目につくのが嫌で、手を握らなかった結果、赤木は一人で勝手に行ってしまい、迷子になってしまったのだから。探すのに、随分時間が掛かってしまった。だから、仕方なく、なのだ。赤木は、そんなこと何も気にしていないようだが。

「はらへったなあ・・・」

匂いに釣られてふらふらとメインストリートに戻っていく赤木。その手を離さないように、平山も着いていく。

「すごい人だな」
「七夕祭りだからな」
「七夕かあ」

七夕、たなばた・・・と口に出す赤木をまっすぐ見れずに平山はうつむいたが、他の人にぶつかってしまい、仕方なく顔を上げた。と、赤木はまた立ち止まってしまう。

「おい、赤木」

そして、怪我をしたほうの手を上とかざす。その先にあるのは、何メートルもある竹飾りに、括り付けられた吹流し。プラスチックの吹流しが風に揺られて少しだけ歪な音を立てている。平山の耳にそう聞こえるだけで、赤木の耳にはさらさらと心地良い音に聞こえるのかもしれないが。

「綺麗なもんだ」
「・・・あぁ」

赤い吹流しが揺れるのが、どうしても気になるのだろう。赤木は手を伸ばして、触ろうとしている。

「赤木、触っちゃ、だめなんだぞ」

諭すように言って、腕を下ろさせた。赤木は、「わかった」と返事をして、それから辺りを見回して、驚いたように言った。

「しっかし、すごい人だな・・・」
「・・・あぁ、だから・・・」

どこかに行ってしまわないように、ずっと手を握ってるから。

七夕が過ぎても、離れ離れにならないように。
あの川を、赤木だけが渡ることの無いように。

「はらへった」
「あぁ、色々あるぞ、たこやきとか、お好み焼きとか」
「任せるから、旨いもん頼むわ」
「はいはい、旨いのな」



1999年の七夕のことであった。


終わり

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