藤(庭) Once upon a time in・・・ 平井銀二は自分が物語の主人公であると自負していた。 これは自分のための自分による物語であり、物語の選択権はすべて自分にあると。 壮年になった自分が振り返れば、笑ってしまうようなちっぽけな自尊心で粋がって、生き急いでいたように思われる。 彼が、その考えを改めざるを得なくなったのは、ある事件がきっかけであった。 それは、彼の物語ではない。 物語の主人公の名前は平山幸雄。 ある平凡な男が、平凡ではない事件に巻き込まれる物語である。 once upon a time in・・・ 「有三ちゃん」 むっとしながら振り向いた男の眼には、昨日までなかったサングラスがかかっていた。 「おや、どうしたんだ、それ」 「掛けとけってさ、上司に言われた」 軽く肩を竦めて、サングラスを外す。少しきつめの眼差しが平井の砕けた視線とぶつかった。 「ブン屋です、って顔、してるもんな。色々嗅ぎ回ってます、って公言してるようなもんだ」 「はいはい。だから。仕方なく」 サングラスを平井に取られて、持て遊ばれた。掛けてみるものの、似合っていない平井の様子に、思わず巽は噴出してしまう。平井の顔にややむくれたような子どもじみた表情が浮かんだ。 「・・・そこまで笑うなよ」 「悪い悪い、銀二にはサングラスはいらないよ」 「そうだな・・・」 すっとサングラスを巽に掛ける。吐息がかかるような近さで、そっと囁くのは睦言のような甘さ。 「似合ってるよ、巽・・・男前だ」 「・・・そりゃ、どうも」 未だ慣れない平井の独特の雰囲気に、翻弄されそうになりながらも、巽は手近にあった資料を押し付けることでなんとか自分のペースに戻すことに成功した。 「あ、なんだこれ」 「なんだこれ、じゃねえだろ・・・お前が調べてくれって頼んできたんだろ?」 ぺらりと資料をめくると、見る見るうちに平井の表情が引き締まっていく。 それは、「王」とも呼ばれた男の記録。 日本経済を、政治を、国家を全て手のひらに載せて転がし、牛耳った男。 「・・・鷲巣、巌・・・」 こくりと喉が鳴る。ここに書いてあることは、既にもう平井の耳にも入っていることが大半だ。それでも、何度読んでも高揚する。ここに、自分の目指す先がある。彼を越え、更なる高みへと自分は上り詰めていく。 「眼が輝いてるね」 「おうよ、巽。オレは王って呼ばれる男になる」 「そうかいそうかい、頑張ってね」 あっさり流す巽を尻目に、資料を夢中で読み進める。 世迷言や妄言だと、そう思う奴は見る眼がないのだ。 オレは必ず上り詰めてやる。 そう、夢を見なければ人ではないのだから。 「お前も着いて来るんだよ」 「はいはい。オレは最初に会ったときから諦めてるよ、いろいろと」 巽がさらに紙を渡した。 「なんだ、これ」 「俺が独自に調べた情報ね、まだ誰にも言ってないし、多分、言っても信じてもらえないだろうけど」 「そいつは見せる相手が間違ってんだ、オレに見せりゃいい」 「銀二に見せてから考えるよ」 そこにあったのは、最近、若者が鷲巣邸に出入りしていること。 そこから帰ってきた若者が、皆半死半生であるということ。 さらには。 「雀士ばかり・・・?」 その若者の共通点が麻雀であることがあげられていた。 |