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藤(庭)
Slow time…(赤平)
※赤木さん×幸雄さん


コーヒーの豊かな香りと心地よい日差し、静かな日曜の始まりが、しかし、あっさり崩れ去った。

「よっ」
「よっ、じゃない…」

ガタガタと不審な音がするドアをあけてみればにんまりした笑顔の赤木しげるで、思わず平山は脱力した。仕方なく赤木を招き入れる。

「今から朝ご飯なんだけど…」
「お、悪いな」
「…食う気か」

幸いご飯が余っていたのでよそってやれば、やれ刺身が欲しいの酒が欲しいだの。自分にはコーヒーとパンに目玉焼き。彼の訪問で少し冷めてしまったけれど。

「朝からあるか、そんなもの」
「だと思ったさ」

精一杯の譲歩としてインスタントの味噌汁とふりかけをつけてやったというのに少し口に運べば彼はもういらないと言ってソファーに寝そべった。何しに来たんだろう、などという疑問はもうとうの昔に消えてしまった。平山と赤木の付き合いは何十年か前にスタートして以来変わらない。赤木はたまにこうして平山の家を訪問しては何をするでもなくそこにいる。詮索はしない、そういう時期はとうに過ぎた。

「…平山」
「ん?」
「煙草切れた」
「…行かないぞ」

ゆるゆると時間が過ぎる。赤木の隣に座って本を読む。あぁ、この本は読んだんだった、ラストもしっかり覚えている。有りがちな展開の有りがちな物語。

「ご飯は?」
「朝食べただろ」
「昼は?」
「…何がいいか一応聞いてやるよ」
「…うーん?…ふぐ」
「却下だ」

じゃあ何でもいいや、という赤木の声で本に落としていた視線をあげる。時間はゆるりと過ぎていて、お昼時になっていた。

「…飯にするか」
「いらない」
「じゃあやらない、お前には。俺は食べるぞ」

ソファーから立てば腰の辺りの洋服をぐっと掴まれそのまま引っ張られる。気付けば身体は赤木の上に覆い被さっていた。一瞬、ひやりとしたものの、それ以上は驚かない。人間ある程度慣れでなんとかなる。

「もう少し驚いてくれないのか、平山幸雄」
「来るたびにそれじゃあ慣れるんだよ人間は」

顔が近い。が特に何の感慨も湧かず。

「これでも?」

唇が合わせられても。

「それでも、だ」

慣れてしまった。そうして戯れつくだけ戯れついて、赤木の気が済めば彼はまたどこかに行ってしまうことにも。

「うーん…」
「何悩んでるんだか…良からぬことだろ、どーせ」
「くっ、そうとも限らないさ」

赤木は平山をぎゅっと抱き締めてそのままソファーに沈んだ。戸惑ったのは平山だ、彼からこんな丁寧に抱き締められたことなどあっただろうか、いや、ないっ!

「お、おいっ」
「そう、その顔。それが見たいな」

優しく告げられたら言葉が続かなくなる。年月を経たからこそ築ける新しい関係もあるのだとようやく気付き始めた。時計の針は変わらないスピードで動き続ける。

「…まあいいか…」
「だろ?のんびりもいいさ」
「お前が言うか…」

ゆったり流れる時間に身を任せて肩の力を抜けば、静かな彼の心音が心地よく響いた。




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