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藤(庭)
企画<幸雄編1〜4>
1.安平

細い細い一本の糸

細くて、軽いので助かった。そう安岡は心の底から思った。そうでなければ、家まで運ぼうなどとは思わずに、どこか途中で捨てていただろう。たまたま彼が今の相棒で、偶然彼が飲みすぎて酔っ払って、仕方なくここまで連れて来てやったのだ。すべては偶然の産物。他意はない。そう安岡は自分を信じさせようとしていた。狭くてボロい自分の家に平山を半ば転がすように寝かせる。ぐでんぐでんに酔っ払った青年はこつりと頭をちゃぶ台の足にぶつけたことも気にせずに、幸せそうに眠っている。

「ったく、この・・・」

馬鹿が、という言葉は、むにゃむにゃと幸せそうな表情を見ているうちに、なんとなく消えていった。もやもやとした感情を、髪を掻き毟って紛らわせる。サングラスが曲がりそうなので取ってやれば、寝ぼけて彼はその手を取った。ぱちぱちと何度か瞬いて、ふにゃりと笑う。あのアカギとは似ても似つかないような笑顔で。お酒が入って上がった体温に消したばかりのもやもやがまた顔を出す。

「・・・んぅ・・・やすおか・・・さん・・・?」

ちくしょう、と小さく呟いて安岡は乱暴にサングラスを放り投げた。いくらか値段の張った、彼のお気に入りは抗議するような音を立てて、畳の上に転がった。壊れなかっただけマシだろう。

「はぁ、んぅっ・・・」

無理矢理口付けて、彼の一張羅に手を伸ばす。その頃には彼も目が覚めてきたようで、驚いて声を発しようとするが、それも阻んだ。なぜか、彼は抵抗らしい抵抗を止めて、ほんの少し困ったような泣きそうな顔で、笑うのだ。無理矢理しようって言うのに、なんでそんな顔をするのかわからずに、夢中で抱いた。

すべては偶然の産物で、何一つ必然なものはない。

だから、この行為もきっとただの偶然の集合体。偶然に偶然を重ねた結果。

その結果がどれだけ希少価値の高いものだったか、安岡は知らなかった。


終わり



2.アカ平

敬語責め

「弟さん、礼儀正しい子ね。格好も普通で真面目に働いて。貴方もそんな格好してないで、見習わないと」

何を言っている。
何を言っている、このおばさんは。どこから訂正していいか分からずに、口がぽっかり開いたままよろよろとボロいドアを開けた。当然、アカギがおかえり、なんて言うわけでもなく、ちらりと視線をこちらに送って暢気に煙草をふかしているが、しかし。なんだ、今さっきの言葉は。このボロアパートの近所のおばさんたちは、何を見ているというのだ、一体。じっとアカギを見つめる。

一つ。
まず、オレとこいつは兄弟ではない。便宜上赤木という表札は掛けているが、ここはオレの家で赤木の家ではない。そして、オレはこいつの名前を語っているが(それについての罪悪感は多少は持っているが)赤の他人である。

二つ。
こいつは礼儀正しくなんかない。アカギが礼儀正しいことなんて、少なくともオレの前ではただの一度もなかった。

三つ。
格好も普通。・・・確かに、オレよりは、普通、かもしれない・・・少しボロい服だけど。

四つ。
真面目に働いて。・・・確かに、工場勤めをしている、詐欺まがいのオレよりは、真面目、かもしれない・・・

五つ。
アカギを見習え。・・・見習わないといけないかどうかはともかく。オレはこいつにならないといけない。

あぁ、そう考えると、確かにあのおばさんの言うとおりのような気もして、オレは呆然と立ち尽くした。自分の方が酷く真っ当な気がしていたのに、それは世間的には違うのか。いやいや、そんなことはないはずだ。

「何百面相してんの?」
「お前・・・外面はいいんだな・・・おばさんが礼儀正しくて真面目だって・・・お前が悪魔だって知らないからそんなことが言えるんだっ・・・!敬語の一つも使ってみろっていうんだ」

ふぅん、とアカギは煙草を灰皿に押し付けて、にやりと笑った。そして、こいつの口から聞いたこと無いような不思議な言葉が飛び出してきた。

「敬語、ですか。くくっ・・・オレだって礼儀正しくするときもありますよ。今から見せてあげますよ、幸雄さん」

幸雄さん・・・って・・・誰のこと・・・?凡夫、二流、オレの似非、よくて平山か平山さんとしか呼ばれたことはなかったはずで、咄嗟に自分の名前に反応できなかった。それよりも、なんか今とてつもなく、悪寒の走る丁寧語を聞いた気がするんだが・・・

「どうしたんですか、幸雄さん?もう根をあげるんですか?」
「ふぁっ・・・あぁっ、やぁっ!!」
「そんなそそるような顔で啼かないで下さいよ、止められなくなっても知りませんよ」
「っ!あ、ああ、あかぁ、ぎっ・・・やぁ、めぇ!」
「何をですか?何を止めて欲しいですか?本当にやめていいんですか?」

今回の教訓は、敬語になったからって優しくなんかちっともされないということだ。それよりも、背筋に悪寒が走ってしかたなかった。アカギの敬語は余計に怖いということを、身をもって知って、オレはそれ以来アカギに敬語で話せなんて言う事はしないことにするのだった。


終わり


3.銀平(※若銀)

現実はいつだって痛いもの

「痛い、痛いって、はなせっ!!」

はっ、と鼻で笑われて、平山はようやく離して貰えた頬をさすった。抓られていた頬は赤いサングラスに合うような綺麗な跡になったが、鏡がなければ見えないだろう。

「アカギの似非の方か。適当な情報掴まされたなぁ・・・」

黒髪を立てた平山と同じくらいの歳の男は、そう言って軽く首を回した。ちらりと平山に送る視線は冷たいもので、意味なく抓られた頬がジンジンと痛み出した。

「出会い頭に暴力って最低だな、平井」
「うるさい、殴ってないだけマシと思え。こっちは今度こそアカギかと思って、わざわざこんなシけたとこまできてやってんだ。それがお前じゃ話になんねぇんだよ」

古びた雀荘の裏の路地。白髪の青年で麻雀が強いという奴がいるという情報でも聞いてやってきたんだろう。

「お生憎様、オレはアカギじゃねぇよ、もうアカギなんて知ったことか・・・!」
「そうそう」

ぐいっとスーツの襟元を掴んで引き寄せられる。近付く顔と顔、不敵な笑み。

「お前は絶対アカギにはなれない、まぁどう足掻いても似非がいいとこさ」
「このっ・・・!」

いくらわかっていることであっても、面と向かって言われれば、頭に来る。一発殴ってやろうかと暴れても、力の差かあっさり押さえ込まれて、壁に押し付けられた。

「だから、せいぜい平山幸雄として頑張んな、そうすりゃ、オレの仲間にしてやってもいいぜっ・・・!」
「んぐっ・・・ぁっ・・・」

噛み付くようなキスを与えられて、結局その言葉をよく理解したのは、もっと後になってからだった。


終わり


4.森平(学パラ)

誰のための罰ゲーム

「も、森田・・・あの・・・お・・・お前のことが、好きだ・・・」

本気にして頭の中が真っ白になりかかった。男友達からこんな緊迫した空気の中で聞く台詞ではなかったはずだ。今、平山はなんて言った?そんな冗談みたいな・・・あぁ、冗談なのか。

「罰ゲーム、か?」
「・・・う」

はぁと盛大にため息を零した。10分休みの下駄箱で告白なんて、滅多にあるはずないのだ。それこそ、誰かの罰ゲームとかそういう理由しかない。

「誰?平井先生?赤木先生?」

教師らしからぬ二人を思い浮かべれば、出てきた教師の名前は珍しい人だった。

「違う・・・天、先生・・・」
「天先生・・・?」

大柄で傷だらけのよく笑う先生を思い出す。変わった先生が多いこの学校で、たまにその存在は空気と化すが、やっぱりあの人も十分変わっていた。そして、その天先生とよく絡んでいるのは、先程思い浮かべた悪魔の片割れだ。

「はぁ・・・まぁ、影でこそこそ見て楽しんでるんだろう」
「恥ずかしい・・・悪い、こんなこと付き合わせて・・・忘れてくれっ・・・!」

ちらりと下駄箱を見れば、隠し切れない影が二つ、動いている。呆れてため息がまた零れるが、真っ赤になって涙目な平山にじゃない。こいつも被害者なのだから。

「平山」
「え?」

こそこそ、と耳元で恥ずかしくなるような言葉を呟いた。オレだって顔が赤くなる。友達に言うようなことじゃないだろ、これは。しかし、これであいこで、少しは意趣返しになるかと思ったけど・・・よく考えたら、これ、誰のための罰ゲームだ?

「・・・平山なら、悪くないかも、な、なんて」

終わり


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