藤(庭) time once lost(銀森) 「銀さんっ、銀さんっ」 ぱたぱたと抱きついてくるこいつを表面上は適当にあしらいながら、じっと見つめ考える。 「…銀さん?」 こいつもじっと見つめ返してきた。随分真面目な顔だ。ああ、こいつ、男前になったな、かっこいいじゃねぇか… 「…何考えてるんですか?」 「さあ」 当ててみろよ、そう言ってやれば。 「オレのこと」 「随分自信たっぷりだな」 悔しいかな、合っている。いや、それすら本当は悔しくなんてない。 「…オレのこと見ながら、違う人のこと考えてるなんて…許さない」 ソファーに深く腰掛けたオレと隣に浅く腰掛け身を乗り出しこちらを見る森田。どこまでもまっすぐ、見つめてくる。けれどその目はどこか暗い物も帯びている。 「…たまんねぇな…その目」 初めて会ってから何年経ったか。道を違えてから何年経ったか。こいつは一人どんな道を歩いて来たのか。どんな経験積んでそんな目をするようになったのか。 オレはその間少しばかり寂しい時間を過ごしたのをお前はわかってんのか。 「オレを見てるんだろ?オレもお前を見てんだよ」 あの時間は今の時間のために必要だったというだろうか。 「…もう勝手に離れるんじゃねぇよ」 思わず零れた本音を取り繕う気力はもうない。 「離れませんし、離さない」 「…ならいい」 抱き締められ相手の体温を感じる。なのに抱き返すことを躊躇う哀れな自分。 こんな感傷は捨ててしまおう。大切なのは失った時間よりも今ある時間。 ゆっくりと抱き締め返す。もう手放さない。 time once lost (一度失われた時間) [*前へ][次へ#] |