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藤(鉢)
一人の夏(赤平)
ビルやマンションが立ち並び、アスファルトから照り返される熱は、太陽から与えられる熱と相まって一層夏の暑さを際立たせる。こんな都会でも蝉は鳴くのをやめずに、精一杯命の限り鳴き続ける。

「夏、だな…」

なんとなくざわめき立つ心を鎮めて、今日の日付を考えれば、まだ8月に入ったばかりでまだ夏は続く。8月1日。そうだ、今日は彼が死んだ日だ、と、自分の中でまだ覚えていたことに新鮮な驚きを感じる。人の死なんて自分の生きてきた世界ではそんなに重いものではなかったのに、彼の死だけはまだ覚えている。

夏を一緒に過ごした記憶は無い。彼と居たのはまだ初夏になる前のほんの少しの時間だけ。忘れてしまうほど短くて生温い時間だったのに、それでもまだ覚えているのは、自分が彼のことを少しは特別に思っていたからだろうか。

「そんなこと、実際は言ってないだろうな…今だったらどうかな…」

例えば。
好き、とか。
特別だ、とか。
愛してる、とか。

そんなこと、言うどころか当時は思ってもいなかった。けれども、今振り返れば、確かにそこには一欠けらの愛情が、彼に対してあったのではないかと。あるいは憐憫か同情か、それでもそんな感情を誰かに向けたことはなかったから、やはり、彼は特別なのだろう。

「化けて出てきてもいいんだぜ?凡夫」

凡夫って呼ぶな!

「じゃあニセアカギか?二流か?」

俺には平山幸雄って名前があるんだよ!

「幸雄」

そんな会話を遠い昔にした気がした。少しだけ、彼の声が甦る。まだ消えてない彼の記憶。彼の名前を呼んだことはあっただろうか、あぁ、そうだ、真面目に呼んでやれば、少しだけ赤くなって俯いてた。

今日だけだ。今日だけ彼のことを思い出し、明日はまた忘れて生きるのだ。そうして来年の今日、覚えていたことに驚きながらもまた生温い記憶を思い出す。それが赤木しげるなりの悼み方だと、そう自分に言い聞かせながら。

これから先も、ずっと一人で。


終わり


2010.8.1 幸雄追悼文

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あきゅろす。
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