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藤(鉢)
汚れた白猫(銀森)
新緑の季節。
田園風景の中を2人、その格好はのどかな緑色の背景にはまったく馴染まず、異質な存在であった。気にせず2人はゆっくりとした歩調で歩き続ける。日差しが暑いのか、森田は上着を脱いで持ちながら、隣を歩く銀二に話し掛けた。
「どうして、帰りは送って貰わなかったんですか?あの家から駅まで、結構あるでしょ?」
「別に・・・深い理由なんかねぇよ」
ある人の別荘に呼ばれ、銀二と森田はとある田舎に来ていた。その帰り道、駅まで送るとの申し出を銀二は丁重に断って、暖かな陽気の中を歩くことにした。道路を挟んで田んぼの反対側には深さが2メートルほどの幅が広い用水路があり、何が珍しいのか森田は時々そちらを眺めている。
「いいですけどね、オレ、銀さんとのんびり歩くの好きだし」
にっこりと彼は笑った、オレもだ、と言ってやろうかどうか迷ったけれど、なんとなく気恥ずかしくて言うのを止めた、銀二もたまにはのんびり散歩するのも悪くない、そう思っていたから。

「あ、なにしてるんだろ・・・」
前方で子供たちが用水路の柵を越えて、網を振り回している。子供は無邪気で、だからこそ嫌だ、と銀二は早く通り過ぎたかったが、森田は何を思ったのか、つかつかと子供達の方へ向かって用水路を覗き見る。と、そのとき。
「うわっ」
柵の内側にいた網を持った少年がバランスを崩した、咄嗟に彼の手を掴んで引き寄せた。子供達がわらわらと森田に集まってくる。
「危ないだろ、何してんだ」
「だって、ほらー」
「あそこあそこ」
「可哀想でしょ!」
口々に子供達は用水路の中を指差した。そこには泥に汚れた白い子猫が用水路に茂った藻にしがみついて、みーみーと鳴いていた。水嵩はそんなになくても子猫にとっては別だ。小学校低学年ぐらいだろうか、そんな幼い少年達では用水路の中に降りるのは骨だし、持ってる網では到底届きそうにもない。森田はよし、と呟いて柵に上着をかけた。
−おいおいおい。
少し離れたところに立って傍観していた銀二は眉を顰めて、これから彼がやろうとしてることにげんなりした。
−まさか助けるなんて言うんじゃねえだろうな、ほっとけよ。
けれど靴と靴下を脱いで、袖を捲くり始めた彼は、銀二が思ったとおりの言葉をあっさり言った。
「ちょっと助けてきます」
「・・・勝手にしろ」
膝丈までズボンを捲くって少し筋肉質な足が露になる。慎重に、かつ大胆に用水路に降りた、ぐちょりとした泥の感触にうぇっと悲鳴が漏れた。
「おじさん頑張れー」
「お兄さんって呼びなさい!」
子供達の声援に全力で訂正しながら森田は泥の中を進んだ、幸い子猫は動かずにじっとその場で鳴き続けている。
「もう、少し・・・動くなよ・・・」
真剣な眼差しで進む彼を、銀二は遠くから見ていた。
−ったく・・・
たかだか猫一匹でそこまで真剣になれるとは。だがその眼差しに惹かれている自分に気が付いてますますげんなりする。
−ただのガキにも見えるじゃねぇか・・・
だがその子供みたいな真直ぐなところを好いてるのも事実で。頭の中をぐるぐると思考が回る、堂々巡りを中断させたのは子供達の歓声だった。ずっと視界に入っていたはずなのに、何一つ見ていなかったことに苦笑する。森田が猫を抱き上げて用水路の中からこちらを眩しそうに笑って見上げていた。
−笑い返してやればいいんだろうか・・・
結局、困ったように小さく笑えば、森田は満足げに猫を抱えたまま、用水路をよじ登って上がってきた。

「すげー!」
「お兄さんかっこいいー!」
子供達に囲まれて照れ笑いする森田を遠目に、非常に居心地が悪い気分だ。
−ヒーロー気分か、あいつらしい。・・・似合っちまうな・・・正義の味方ってやつが。
悪党なんかよりもそっちのほうがずっとよく似合う、似合ってしまう。それは銀二にとっては嬉しくなんかないが、森田にとってはどうなのだろうか。猫を子供達に手渡して、近付いてくる汚れた彼は。
「きたねぇな・・・」
「すみません、でも」
ほっとけなかったんで、と言う森田はやはり泥にまみれても正義の味方のようで。
「・・・駅まで出れば何かしら店があるだろ、そこでなんとかしろよ」
「はい!」

白い猫は泥に汚れても白いままで、助けを求めるようにずっと動かず鳴いていた。
けれど、お前はどうだろうか。
汚れてしまっても白いままで、しかし助けなんか求めずに一人で何処かに行ってしまうのだろう。

きっとこいつは悪党なんかになれやしない。

一度固く目を閉じて、歩き出す。
やはり歩くんじゃなかったな、とだけ思って。






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あきゅろす。
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