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藤(鉢)
2月14日(アカ平)
否が応でも音が立つ古びた鉄製の階段を上って、二軒目のところ。赤木と書かれた表札が少し斜めに掛けられている所に、彼は立った。風が冷たく、芯から冷えてくる。ドアノブは刺すような冷たさで回せば、やはり古いのか軋む音がした。
「おう、おかえり」
いつの間にか、また来たのか、から、おかえりに、言葉が変っていたが、さしたる感傷もなく、アカギは靴を脱いだ。漂う香りはこの部屋ではあまり嗅いだことの無い酒の匂い。平山はそんなに日本酒が好きではなかったはずだが、部屋には漂うのは間違いなくそれだ。それに外とは違って暖かい。古いアパートでも、彼らにとっては暖かかった。
「なに、これ」
鍋の前に立つ平山は何かを煮ているようだった。匂いもそこからするようで、アカギは小さく鼻をすすった。
「外、寒かったろ。ほら、温まったぞ」
湯飲みに入れて渡されたのは、白く濁った液体だった。酒のようだが、何か細かなものがたくさん入っている。湯気が立つそれは、火にかけられていたからまだまだ熱く、アカギは小さく息を吹きかけて、それから、飲んだ。
「・・・なに、これ」
先ほども言った台詞を、盛大に顔を顰めながら繰り返した。アカギのそんな表情を拝む機会などなかなか無いので、平山は思わず噴出してしまった。噴出した平山も、平素よりも年相応に見えることを本人は気付いていない。
「なにって、甘酒だ」
「酒・・・」
「酒粕が原料だが、酒じゃないぞ?甘くて温まるだろ」
「甘過ぎだ」
口の中に残るやたら甘ったるい味にアカギはまだ顔を歪めている。
「オレはこれ、好きなんだけどな」
しょうが汁いれて、風邪対策にもなるし、と平山は付け加えて、少しずつ飲んでいる。猫舌だからか、少量ずつ飲んでいくのを、アカギはじっと見ていた。
「・・・あ?なんだよ」
平山に言われて、手元の湯飲みに視線を落とした。ゆらゆらする白い甘ったるい液体を見て、それからもう一度、平山に視線を戻した。アカギの顔には何も表情がない。それを良くない、と思ったのだろう、平山は顔を顰めて、ずずっと後ろに退いた。甘酒を一口含んで、それから無理矢理平山に口付けた。舌を絡ませ、彼に流し損なった甘酒がぽたりと口の端から零れていく。口で奉仕させてるみたいだと、少しだけ思った。
ねちょりと絡む水音に、熱い液体の温度が下がる。かわりに熱くなるのは自分達の身体。熱を貰って温まる。なるほど、とアカギは思った。確かにこれは温まる飲み物だ。
「っふ・・・ば、ばかじゃないのかっ!!」
「なにが」
「なっ・・・!」
「なにが、馬鹿なんだ?」
言えるものなら言ってみろとばかりにアカギが笑えば、平山はやっぱり何も言えずに、赤くなるだけだった。
「甘ったるいけど、確かに、熱くなるな」
そう言ってアカギは唇を軽く舐めた。

今の二人にわかるはずもないが、その日は奇しくも2月14日。
恋人達、とは言えないだろう殺伐とした二人の、それでも甘い一夜であった。





2011.2.14
バレンタイン記念


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あきゅろす。
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