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藤(鉢)
指輪(森銀森、ヤンデレ森田、流血)
なんて事の無い風景がこんなにも胸をざわつかせるのは、
この関係が何も生まないから。







「指輪」





渡された地図を見る。
何度見てもここの公園を通り抜けた方が早く着きそうだ。

急な仕事が銀二に入ったため、代理で森田がその場所まで行く事になった。
仕事内容は不明で、渡された地図の場所で安田が待っているという事しかわからない。

(…なんか場違いだ…)

スーツの男が昼間から公園を突っ切るのは勇気がいる。
しかも今日は日曜でいるのは散歩に来ている老夫婦や、はしゃぐ娘を追い掛ける父親、
それを見守る母親といった家族連ればかり。
自分には縁の無い場所だ、そう苦笑しながら歩いていく。

ふと向こうからカップルが歩いてくる。
また仲の良さそうな恋人達だ、そう思った時、それは視界を横切って行った。


(…指輪?)


嬉しそうにはにかむ女性の左薬指手には指輪がはまっていて、おそらく婚約指輪なのだろう。
男性がその手を取って笑っている。


(指輪…)


なぜだか女性の笑顔と指輪が頭から離れなくて、
苛立ちに似た感情が胸を満たしていくのを森田は静かに自覚していた。






帰宅してため息を着いていると後から帰って来た銀二が難しい顔していた。

「おい、らしく無いじゃないか、安田から聞いたぞ?」

銀二に言われるまでも無く、結局仕事は散々だった。
不要な言葉で先方を怒らせ、交渉は決裂しかけた。
傍に安田がいなければ、完璧にこじれていたに違いない。
しかし銀二の表情はそれを咎めるといった様子ではなく、むしろどうしてそんな事になったのか、
そちらに興味があるようだった。

「すみません…」

何だかすごく苛々してて…そんな言い訳が思いつく。

(…まるっきり子供じゃないか)

「何かあったか?」
「…別に何も」

そう本当に何も無い。
それなのに。


(女性の笑顔と指輪がちらつく…)


「俺には話せないか?」
「…そういうわけじゃ…」

銀二に隠しているわけではない。
自分でも何が原因かわからないから。

しかし銀二には隠し事をしているように思われたようだ、
現に明らかに興味を無くしたふうを装ってソファーに座り新聞に手を伸ばしている。

「考え事もいいけどな、俺はお前を高く買ってるんだ。そうつまらないことでミスするなよ?」

つまらない。
つまらないことなのだろう。

それでもオレは。
オレは。



(銀さんが・・・どうしようもなく好きなんだ・・・)



体を突き抜ける衝動に身を任せて、そのままソファーに無理矢理銀二を押し倒した。
手から新聞がパサリと落ちていく。
けれども銀二は一瞬の驚き以外はまた普段通りの余裕の表情になっている、それがまた腹立たしい。

「どうした?」
「・・・」

何も言えないまま、体だけは勝手に動く。
押し倒して、上に乗って、それから教えられた通りにネクタイを外していく。


ほら、あんたが教えてくれたから、だいぶうまく早く脱がせられるようになりましたよ?


そう思いながら行為を進める。
今自分がどんな表情でそうしているかそれすらわからずに。
銀二はじっと推し量るように見つめてくる、その瞳に醜い自分が映りそうで、無理矢理口付けた。

「・・・んっ!」

このまま呼吸が出来なくなってしまえばどんなに楽だろう、そう思って何度も何度も角度を変えて口付ける。

「・・・っおいっ!!」

さすがに様子がおかしいと思ったのか、肩で息をしながら銀二が森田を少し押した。
交じり合った唾液が二人の間を繋いで切れた。
肩を掴まれながら、至近距離で問われる。

「はぁ・・・本当にどうした?・・・今度は言って貰うぞ?」

心配されているとは分かりながらも、だからこそやめることが出来ない。

「・・・好きです・・・銀さん・・・好きなんです」

答えになってない答えをうわ言のように繰り返しながら、そっと自身の唇を舌で舐め取った。
ネクタイを放り投げて、シャツのボタンを外しに掛かる。
その手をさっと掴まれた。
かの人の大きくて細い、左手だった。



(・・・左手)



「そんな顔しながら言うもんじゃないぜ?」

左手で掴まれて、右手は頬に触れられる。
心配されている、その温もりが辛い。



(左手の・・・薬指・・・)




貴方もそこに指輪をしたんですか?
貴方もそこに指輪をするんですか?




愛憎入り混じって自分の右手を振り払った、必然放されるかの人の左手。
それを取って、口付ける。
いや、口付けるだけなら飽き足らず、ゆっくりと味わうように舐めていく。

「・・・おいっ・・・」

無表情なまでの森田からのぞく赤い舌、舐められていく左手。
少しずつ高まる異様な熱、故に銀二も止めるに止められない。
この先に何が待っているのかそれを見極めない以上根本的な解決にはならないとわかっているから。

「好きです・・・」

小さな声で呟かれる言葉はひどく異質。

「好きなんです・・・」

くちゃり・・・音を立てていたのに、急に止んだ。
代わりに。


「・・・好きなのに」



(左手の薬指なんか無ければいい)



がりっという鈍い音がしたのと、銀二に痛みが走ったのはほぼ同時だった。

「・・・っぐあぁっ・・・っく・・・」

何が起きたのかわからずに、ひたすら痛みに耐える。
目を瞑って感覚が慣れるのを待つ。
そうしてようやく薬指を噛まれた、否、噛まれているということがわかった。
今までの愛撫が嘘のように、本当に噛み千切るのではないかと思うぐらい。
強く激しく。
もういい加減にしろ、そう怒鳴って殴ってやろうか、そう思って目を開けると森田と目が合った。


・・・血が、滴る。

薬指からぽたりぽたりと。


角度を変えてまた噛まれる。
何度も何度も。
それなのに。

「やめろ」

静かに銀二が告げた。

「泣くぐらいだったらやめとけ」

ようやく森田は自分が泣いていることと、それから。

(・・・血?)

口の中いっぱいに広がる鉄の味。

(・・・誰の?)



・・・銀さんの?



唾液と血が交じり合って、ひどく苦い、飲み込もうとして思わず震えが走り、咳き込み始めた。
自分は何をした?
それを理解してしまってひどく震える。
涙と唾液と血液で二人とも濡れている。

「あ・・・あぁ・・・ごめ・・・ごめんなさい・・・っ」

ぐしょぐしょになりながら森田は呆然としている。
銀二はソファーから右手を軸にしてようやく起き上がった。


また、血が零れていく。

「どうしよう・・・オレ・・・オレ・・・」
「良いからとりあえず落ち着け」

銀二は冷静に自分の状況を確認している。
左手薬指の第二関節のやや下、唾液のせいで滲んでいるが出血の量は少ない、
その下から骨がのぞく、などという事態は無く、この分ならすぐ止まるだろう。
これぐらいなら怪我にも入らない、が。

(・・・しばらく跡になるかもな)

森田の様子は先ほどとは打って変わってひどく慌てている、今になって自分のした事を理解したのだろう。

(そこまで追い詰めるような事を、俺はしたのか?)

しかしようやく普通の森田に戻ったとも言えなくない。

「ごめ・・ん・・・ごめん・・・なさい」

泣きながら、どうしようとパニックになっている。

「全部話すんだ。いいな?」

それなのになぜかその問いだけには答えられない。

「わかんないんです・・・どうして・・・オレ・・・」

パーツのように落ちているのは、指輪、薬指、ひどく幸せそうな女性。

「好きなんです、銀さんが・・・」
「そりゃわかってる」
「なのに・・・オレ、何にも・・・」

あぁ言葉にしてようやく自分で気付いた。
もっと早く気付いていればこんなに苦しい思いをしたかったのに。
こんなに好きな人を傷つけなくて済んだのに。

「こんなに好きなのに・・・何も残らない・・・」



男女ではないから決して残すことは出来ず。
自分達以外の誰かに継げるはずもない。

この関係もこの仕事もこの環境も、
全てこの刹那しか存在することの無い、
いつ消えてしまうかわからない、
それなのに形の無い物ばかりで。



「・・・ごめんなさい・・・」

銀二はあえて痛む左手で森田の頬に触れた。

「・・・指輪ならあるぜ?お前が今盛大にくれただろうが」

肌に刻み込まれた傷跡は当分消えそうにない。
責められているのかと思って森田はまた泣き始めた。

「なんで泣くんだ、泣くぐらいならやるなって言っただろ。責めてない」
「でもっ・・・!」
「これはありがたく貰っておく。なんなら跡が消えたらまたくれてもいい、貰ってやるよいくらでも」

ひどい罪悪感に苛まれている森田をそっと抱きしめて言う、彼の不安が少しでも消えるように。

「そういや今日は森田ばっかり言ってたな・・・まったく・・・好きだ、どうしようもないくらいにな」














「銀さん、その薬指どうしたの?」

後日、安田がしげしげと絆創膏の巻かれた銀二の指を見て聞いた。

「1、犬に噛まれた、2、指輪の跡が残っている、3、森田のせい、どれだと思う?」
「・・・3?」
「ハズレだ」

首を傾げる安田を横目にする森田にはもちろん、正解は全部だということが分かっている。
よって当たるはずが無い。また、森田を責めているわけでもない。

(オレ、犬みたいなんだろうな・・・)

それはともかく。
自信満々に左手を見せる銀二を見て、
何も無くても今この瞬間に確かに愛されている自分自身を感じ、ひどく幸福だった。









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