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藤(学舎)
授業妨害(銀赤)
黒板にチョークの音が響く。それに重なる平井の声。教室には生徒の倦怠感と平井の重圧が混ざった独特の雰囲気が流れていた。時計の針はなぜこうもゆっくり進むのか。退屈な授業、しかし残り30分、ソレは突然やってきた。
ガラガラガラッ!!けたたましい音でドアが開いた。

「銀二っ!!」

何事かと振り向けば、赤木が彼にしては珍しく焦った様子でツカツカと近づいてくる。

「…授業中だ、後にっ…」

その表情に驚いて一瞬言葉が詰まったら、それが命取り。そのまま腕を引っ張られる。縮む距離。流れる空気は真剣そのもの。一体赤木にこんな表情をさせるのは何なのか。しかし。現実などはこんなものだと銀二は思うことになる。



「パソコン、壊した」



どうして触った!他の奴に言え!文句が山と出てきたが、「頼む」とじっと見つめられて根負けした。舌打ちを隠さず苛立ちながら、大きな声で「自習っ!」と叫んだ。





「触るなと言いましたよね、赤木先生」

やたらと丁寧な口調で銀二が言う、間違いなく苛立っている。その手はキーボードの上を休むことなく
動いているが、キーボードがどこかきしめいている様子。コンピューター教室には二人だけ。キーボー
ドを叩く音と、二人の会話が響く。

「そうだったけな」
「そうだったけな、じゃねぇ!てめぇ、ロクに使えもしねぇで壊すのばかり上手くなりやがって!」

鮮やかなブラインドタッチを決めつつ並みの人間ならびびりそうな視線を飛ばすが、赤木は涼しい顔し
て受け流した。どころか、何一つ懲りずにがら空きのマウスに手を伸ばす。ぴしゃりという小気味良い
音と共に撥ね退けられた。

「触るな」
「はいはい」

政経だけではなく、情報の免許も持っている銀二はパソコンの使い方ぐらい造作も無い。しかし、どう
も赤木が壊すと良くない。わかってて壊してるんじゃないか、そんな手の込んだ壊し方を毎度やっての
ける。そう。毎度である。放課後、授業前、昼休み、次は来るのは授業中か、そう思いもしたが、流石
にそこまで非常識ではないだろうと思っていた。そうだ、この男は常識の外に立っているのだった。

「井川に頼め、喜んでやるだろ」
「課外授業でいないとさ」
「てめぇの授業はどうした」
「ない、暇だから練習だよ、練習」
「授業中はやめろ、迷惑だ」
「いいだろ、政経なんてつまんない授業やるよりは、1コマオレの授業と変わってやるからさ」

コノ野郎。殴ってやろうか。
そう思い、振り向いたとき。

「それに銀二といる方がずっと楽しい」

空調は効いているはずだ、ここは電子機器の並ぶコンピューター教室なのだから。けれど、思ったより
はるかに近かった顔と、その表情で銀二の体温が少し上がる。しっとりと。

「・・・お前・・・からかってるな」
「当然だ、たまにはオレとも遊んでくれよ、あの子供ばかりじゃなくて」
「・・・」
「おいおい、そう睨むなって」

しばらく一方は睨み、一方は楽しそうに見つめながら時間が過ぎた。埒が明かないと銀二は作業に戻っ
た。作業と時間だけが進みながら、空気は固まったまま。

「なあ」
「・・・」
「悪戯していいか?」
「触るな」
「お前にだぞ?」
「余計お断りだ」

肩を竦めた赤木はその後はもう何も言わずじっと銀二の様子を見続けた。

「終わったぞ」
「お、ありがとな」
「いいか、授業中だけは絶対に触るな、わかったな、触ったら殺すぞ」

その物騒な言葉とは裏腹に意外にも口調は穏やかだった。

「ん、了解」
「・・・じゃあな」

コンピューター教室を出て行く銀二。その後姿を見ながら赤木は一人で苦笑していた。

「歳食うと遠回りしていけねぇや、お互い様だろうけどな」

直してもらうのは二人の時間を作る口実。
授業中以外に触れというのはその肯定。今日わざわざ授業中に出向いた甲斐があった。

次はパソコンを習ってみようか。きっと楽しいにちがいない。




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