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藤(学舎)
耳を巡るお話(カイジとしげる)
三人が食卓を仲良く囲んでいる図が想像できないのは、オレだけだろうか。













耳を巡るお話













「おじさん、いつもありがとうっ」

そう叫んでカイジは自転車に飛び乗った、
前籠には今パン屋のおじさんから貰ったパンの耳がどっさり入っている。
一人暮しで貧しいカイジにとってはパンの耳も立派な食料だ。
ここのパン屋でいつも安いパンを買ううちに顔見知りになり、分けて頂けるようにまでなった。

カイジは早速一つ口に入れ、自転車を漕ぎ出す。
家に帰る途中で、公園の脇を通る。
いつもは気にも留めないのだが、ふと視界に一瞬見覚えのある白髪が。

(…アカギ?)

ベンチに座ってる男は後ろ姿で顔は見えない。
しかしあの特徴的な白髪はアカギに間違いないだろう。
ベンチに座ったまま微動だにせず、何してるのかと思い、思わず自転車を下りて近付いた。

「アカギ?」
「…何?」

下を向いていた男が顔をあげると確かに彼は赤木しげるに違いはなかったが、
しかしその顔はまだまだ幼く、クラスメートの彼ではなかった。

「あ、しげるの方か」

3人の赤木のうち、一番幼い中等部在籍のしげるだった。

「何してんだ?」
「休憩」

見れば服はぼろぼろで、なぜか両手とも握ったままだ。

「大丈夫か?」
「オレは。」

はっきりとそう返って来て、なんとなく状況を理解した。
・・・後気になるのは、一体何人と喧嘩してきたか、ということだけだ。

「あんまり無茶」
「それ何?」

をするな、そう言おうとした言葉はあっさり遮られた。
彼が見つめるのは、自分の手に持つ、先ほどの。

「耳」
「・・・耳?」
「パンの耳だ。いつも貰うんだ」

掲げて見せると、欲しそうな目でこちらを見てくる。
念のため、欲しいのか、と聞くと、頷かれた。
しかし。
仕方ないかとため息ついて、ほらと袋ごと差し出せば、そうじゃないといったように首を振られた。

「何だよ?」
「・・・食べたい」

ようはつまり。

「食べさせろって事か?」
「そう」


カイジは隣に座った。

なんだか雛に餌をやる親鳥になった気分だ。
カイジは右手で耳を取っては、ほいっとしげるに差出す。
意外と上品にパンの耳に噛み付いて、むしゃむしゃと食べていく。
終わればまた催促され、を繰り返していた。
よっぽどおなかが減っていたのだろう。
もう袋の中身は三分の二になっていた。

もっとも自分もつられて食べてしまっているけど。

「うまいか」

頷かれる。
なんだか、すごいものを餌付けてしまった気がする。

「・・・これ全部やるよ?」

なのに、そういうといらないとばかりに首を振られる。
単に、疲れているのかもしれない、止まっているとまた目で催促された。

それにしてもよく似ている。
家族にしてはそっくりすぎる。
そういえば、この前平山がクラスメートのアカギに冗談で、
「お前らクローンか」と聞いたら、真顔で「かもな」と返ってきたので、
もう真実が怖くて誰も聞けなくなった。
しかし、三人で暮らしているらしいことは分かっている。

そうこうしているうちに。

「・・・何やってんだ、しげる・・・それに伊藤か?」

赤木が悠然と歩いてきた。
しげるのその姿を一目見るだけで、得心したようににやりと笑った。

「何人やったか知らねぇが、南郷さん困らせんなよ」

そう言うと、無心に食べてたしげるが一瞬止まり、少しうつむいた。
南郷というのはおそらく彼の担任の中等部の先生だろう。

「パンの耳か・・・ご飯の方が好きだな俺は」

そう言いながらちゃっかり自分も袋に手を伸ばし、口に放り込んだ。

「さて、帰るぞ。多分、アカギが飯の支度してるはずだ」

カイジは思わず口にパンの耳を入れ損なった。
ぽとりと落ちたそれは、多分鳥の餌になるだろう。

「・・・アカギって料理するんですか?」
「俺もこいつもするぞ?・・・味はまぁ、そんなに気にしないし」

それはまずいんだろうか、うまいんだろうか。
自分が料理下手なのを棚に挙げて、アカギの料理している姿を思い浮かべる。

「おいしかった。元気になった。・・・もう一個」

口に入れてやると端を口から出したまま笑う。
そのまま煙草のごとくぷらぷらさせながら、
よっと声をかけて立ったしげるはようやく両手を広げた。
にやりと笑っている。
予想通り血塗れの手で、おそらく全部返り血だろう。
その手を赤木が取って、というより引っ張って、歩いていってしまった。

なんだか意外な三人の姿を見たようで、
カイジは残り少なくなったパンの袋を持って不可思議な、しかし温かい気分に包まれて家に帰っていった。






このとき、カイジはコレが原因であの男がまさかあんな暴挙にでるとは思ってもいなかった。
もっとも、その結果、貧乏くじを引いてしまったのは、カイジではなかったのだけれど。













次の日の昼休み。
5時間目が体育の授業ということで、女子がいなくなったそのとき。

「うあ、っちょ、なん、なんなんだよぉぉ!!!」

教室を出ていたカイジが扉に手を掛けた瞬間、聞きなれた友人の声が教室から響いてきた。

(・・・平山?)

恐る恐る扉をがらがらと開けてみれば。
机の上に組み敷かれている平山がいた。

「は?」

思わず開いた口がふさがらない。

平山は机に顔を押し付けられ、両手はしっかり後方でその男に押さえつけられて、
身動きが取れなくなっていた。
眼鏡がずれてなぜか半泣きだ。

大多数の生徒は避難するがごとく、校庭に一目散に行ってしまい、
残っているのはなんとなく見守ったままの友人達数名のみだった。

残っている友人の、良識のありそうな順に声を掛けてみる。
さすがのカイジもいきなり当事者のアカギと平山に聞ける勇気は無かった。

「森田!良いのかあれ?!喧嘩じゃないのか?!」
「・・・喧嘩、じゃないと思う」

なぜか森田はそこで赤くなって、頭を掻いた。
まさかあの様子に自分と誰かを重ねたなんて口が裂けてもいえない。

「涯!止めてやれよ!!」
「・・・ほんとに無理そうだったら止める」

それはまだ彼が無理じゃないと判断しているのか、
単に関心が無いからなのか、暢気に着替えを続けている。

兵藤に目を向ければ、楽しそうににやにや笑っていて、聞くのは無駄そうだった。

一体、何を彼、アカギは突然こんな暴挙に出たのか、さっぱりわからない。
それは当事者でもある平山も全然わからなかった。

「なんなんだよ!!・・・っひ」

急にアカギはその体勢のまま平山の耳を舐めだした。
かぁっと羞恥に赤くなっていく平山。
お構い無しに、そっと舐めては耳たぶを甘噛みし、挙句口に含み始めた。

「いい、加減に・・・っ」

適度な快楽と友人に見られているという羞恥で涙が零れそうになるのを、
精一杯噛み締めてやり過ごす。
そうでもしなければ、なんだか変な声が出そうだった。

ごつん、という音と、アカギの舌が離れたのは同時だった。
流石のアカギも思わず舌を離して、殴った本人を睨みつける。

何のためらいも無く、アカギを殴ったその人は赤木であり、
その後ろに一条と零がいるところから、この二人はどうも見るに見かねて助けを呼びに行ったらしい。

「何してんだ、お前」
「悪戯」
「度が過ぎてんぞ」

赤木に睨まれ、ゆっくりとくちびるを舌でなぞった。
明らかに赤木に見せ付けている。

「まぁまぁだった」

よくわからない言葉を残して、アカギは教室から出て行ってしまう。
後に残された平山の唾液にまみれた耳をそっと拭ってやる。
悪かったな、と謝って頭を軽く叩いてやれば、
平山はなぜか赤くなって「お騒がせしてすみませんでした」と謝ってきた。

「別にお前が謝らなくても・・・」

なんで耳なんか舐めてたんだろうと、赤木は考え、それからちらりとカイジの方を見て笑い出した。

「え?オレ?」
「くくくっ・・・なるほどね、それでこの悪戯か」

さぁ体育に行った行ったと赤木が皆をせかして、このよくわからない暴挙はあっさりと幕を閉じた。




















「耳、おいしかった」
「噛めば良いのに、お前しゃぶってただろ。別に味なんてしないだろ」
「素材の味がするさ」
「うちではそんなに食べないからな」

自分の目の前で繰り広げられる会話。
おそらく、食パンの耳の話だ、と思う、のだがしかし。





良い事を思いついたようにアカギは笑った。















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あきゅろす。
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