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藤(学舎)
馴れ初め(銀森)
幸せだ。
暖かな陽気が森田を包んで離さない。
周りの音はほとんど聞こえず、
安らかな短い、しかし深い眠りに誘われたまま。

「森田」

しかもあの人の声が聞こえる。
なんて幸せなんだろう。

誰かが肩を軽く叩いている。
やめてくれ、今オレはすごく幸せなんだ。
このまま眠らせてくれ…

「森田」

けれど、あの人がオレを呼んでる。
森田はゆっくりと目を開けた。

「おはよう」

優しい笑顔が目の前にあったから、これはまだ夢の続きかと思った。




馴れ初め









「絶対差別だっ…!」

伊藤がわざわざ森田の席までやってきて、森田を恨めしげに見つめた。
苦笑するしかない。

「なんで森田はあんなに優しく起こされるんだ、オレは出席簿で躊躇いも無く叩かれたのに」

森田の後ろの席の平山はため息をついてる。

「せっかく知らせてやったのに…爆睡して起きやしなかったじゃないか」

伊藤と平山が担任の平井先生のあの笑顔を思い出して、身震いしている。何てったって平井先生は自他共に認める悪魔なのだから。森田はそんな様子を見て、首を傾げた。勿論森田も平井先生がどんな性格かはわかっている。テストでは引っかけ問題が山となり、宿題は多く、なぜか政経の授業なのに実技もさせられる。
しかし、それでも、いやだからこそ、魅力溢れる先生で事実男女問わず人気は高い。
森田の憧れの先生であり、あの人がいなければきっとこの学校に入ることは無かっただろう。

「あの笑顔、そんな怖かったか?」
「恐い」

二人揃って言った所で、「はっ」と鼻で笑う声が伊藤の後ろから聞こえた。
一条だ。

「やましいことをしなければ怖くないだろ。お前達揃いも揃って馬鹿だな」

実力テストでは必ず上位に位置する自称優等生の一条は胸を張った。
先生からの人望も女子からの人気も高いが、この3人は一条が大量に猫を被っているのは知っている。

「大体授業も休み時間も終わったのに気付かず、眠りこけるなんて無いだろ普通」

森田はあははと力無く笑った、全くおっしゃる通りだ。
そんな森田にお構いなしに一条は伊藤の後ろ衿をぐいっと掴んだ。

「ぐぇ?!」
「行くぞ」
「引っ張るなっ!どこへ?!」
「カイジ、お前日直だろうが!わざわざ学級委員であるオレが手伝ってやるんだ、ありがたく思え」

森田と平山は力無く二人を見送った。
構って欲しいのにどうすればいいかわからない一条に毎度毎度振り回される伊藤は大変だな、
そう心の中で思う。
それに付き合う伊藤はただただ人が良いのか、あるいはそんな一条を好ましく思っているのか、
おそらく前者だろうが。

「森田、行かなくていいのか?」

時計を見ると昼休みも半ばだ。

「あぁ行ってくる」

先程笑顔で起こされたとき、こうも言われたのだ。

「後で準備室に来い、良いな」

と。
同じく寝てた伊藤は呼ばれなかったのに、どうしてだろう。
何か悪い事をしただろうか。
平山からよくわからないエールを貰って教室から出、ぼんやり歩く。
社会科の準備室なんて滅多に使われないので、本当に何の用事だろう。










「失礼します」

ノックをしたのに返事が無い。
そもそも明かりが着いてないのだが。

「入りますよ〜」

ガラリとドアを開け、何歩か進む、使われてない部屋独特の埃っぽい匂いが辺りに広がっている。
人がいる気配は無い。

「平井先生〜?」
「あぁ、わざわざ悪い」

後ろから突然声が聞こえ、思わず振り返った。
とともにガチャリという何かよろしく無い音が。

「鍵、閉めたんですか?」
「あぁ、人にはそんなに聞かせられない話なんでな」

にやりと笑ったその表情は確かに笑顔のはずなのに、先程起こしてくれた表情とは全く違う。
獰猛な、背筋がぞくりとするような、そんな笑み。

(恐い…っ!)

ようやく平山や伊藤の言っていた意味がわかった。
この人はいつも仮面を被ってるんだ。

「何の、用ですか?」
「用、か…で、なんで授業中寝てたんだ?」

唐突に質問される。

「すみません、バイトが忙しくて疲れてて…」

この学校はバイト禁止ではないのになぜか言い訳がましくなってしまう。

「そりゃ大変だな…」

平井が一歩進むと同時に森田は退いた。
頭の中で危険だと告げる鐘が鳴り響く。

「カイジ…伊藤も寝てましたよ」
「あぁ、あいつは補習だな」
「オレも補習ですか?」

くくっと声を立てて笑われた、もう、逃げられない。

「どちらかっていうと…個人指導だな」

個人指導、何の?そう思ったとき、また平井が一歩進んだので、退こうとした。
が。
後ろには古びた机があってもう退くことはできない。

「…先生、なんか変ですよ?」
「んなことはわかってるさ」

そう言って平井は自嘲気味に笑う、今までの笑顔よりはよっぽどまともな表情だと思った。
けれど。

「悪いな、もう限界だ」

乱暴に机に押し倒された、埃が舞い、本が何冊か音を立てて落ちていく。
胸と顎を押さえられて息苦しい所を無理矢理口づけられた。
嫌だっ…!そう強く思ったのに不思議と気持ち悪いとは思わなかった。
それがどういうことか、森田はまだわからない。
息をしたいと口を開ければ、舌を入れられ口腔内を犯される。

「んんっ…」

どうしていいのかわからなくなり頭が真っ白になっていく。
歯列をなぞられ、唾液を流されて、ただ苦しい。
くちゃと自分の舌と触れ絡んだ瞬間、我に返った。

「っ…痛っ」

平井が一歩退いてようやく息を吸えた。
平井を見上げたまま、後ろの机に両手をつく。

「んっ・・はぁっ…はぁ…っ!!」

潤んだ瞳で睨みつける、平井はどちらともつかない唾液をそっと赤く血が滲んだ舌で拭った。

「何…するんだっ…」

普段の敬語もどこへやら、ただ睨み付けながら唇を乱暴に袖で拭った。
眼から一粒零れた涙は、息苦しさのためと。

「どうしてっ・・・!こんなっ・・・」

信頼して、慕っていた先生に裏切られたための。

「嫌だったか?」
「嫌に、決まってるっ」

まだ整わない息のまま見つめた平井の表情は、後悔も反省も無く。
あるのはただの欲と満足、のように森田には見えた。

「叫んでも良いぞ?」
「・・・なんで、こんなことしたのか聞いてる!」

なんで、か、と平井の口が呟いた。
少しだけ、眉をひそめて、ようやく森田から視線を外した。

「・・・なんでだろうな。お前は・・・」
「・・・」
「特別だから、か。お前だけだ」
「答えになってない」

正面からまた向き合う。

「こんなこと長く教師をやっててなかったんだがな、面接でお前を見たときから惚れてんだ」
「・・・そんなばかな」
「ちょいと順番が逆になったな、好きだ森田」

予想もしない言葉を言われて、きつかった視線をますます鋭くする。
そんなこと、あるはず無い。
あるはずは無い。

「からかってんですか」
「からかう余裕もねえんだよ」

珍しく苦笑いをする平井に、森田は少しだけ視線を緩めた。
が、それが間違いだったとすぐ思い知らされる。

「だから、悪いな」
「っ?!うわっ?!」

謝られて、また押さえつけられる。
今度は肩を強く押されて、身動きが取れない。
抑え付けられてる手を握ろうにも、平井のネクタイがいつのまにか縛られていて何も出来なくなる。

「無理矢理ってのはしたくねぇんだがな」
「嫌だっ!!!放せっ!!」

こうして無理矢理犯されようとしているのに、まだその眼は抵抗を顕にしている。
それが逆に平井を酷く煽って、止められなくしていることに気付いてはいない。

「先生っ!!こんなの絶対嫌、んんんっっ・・・!!!」

学ランのボタンが一つずつ外されていく。
一つ、二つ・・・。
騒がないように、無理矢理口付けながら。
口端から唾液が零れていく。

「・・・いてぇな、抵抗しないのが身の為だぞ?」
「こ・・・こんなこと・・・して・・・教師、クビになりますよ?」
「脅してるつもりか?残念だが、教師職さえ今の俺にはいらねぇんだ」

シャツからのぞく、鎖骨の辺りを噛み付かれる。
軽く、強く。
跡が残るほど。
それからその跡をゆっくり舐められる。

「いっ・・・い・・・嫌だって!・・・こんなの!」

どうしてこんなことになったのだろう。
どうしてこんなに辛いんだろう。

オレはこんなのは望んでないんだ。

「オレはっ・・あんたに・・・こんな形で犯されるのは絶対嫌だっ!!」
「・・・森田?」

もうどうして自分が泣いているのかもよくわからない。
ぼろぼろと流れ落ちる涙のせいで、平井の顔がよく見えない。
こんなに至近距離にいるのに、全然見えない、届かない。

飲み込んだ唾は少し煙草の味がした。
以前、試しに吸ってみたものよりも、もっと苦い味がした。

「・・・嫌じゃないのに、これは嫌だ!!
あんた・・・オレのことわかってくれてるんでしょ?全然分かってないっ!」

担任になるよりももっと前。
受験のときからお世話になっている。
家庭の事情もあって、何でも話せ、わかってくれる恩師だと、そう思っている、今でも。


なのに、どうしてオレの気持ちだけがわからない。


「・・・無理矢理なんてしなくて良いから・・・本当にオレが好きなら考えて下さい。
オレは高校生活三年間・・・教師のあなたと過ごしたい・・・
オレも好きですから・・・無理矢理じゃなくて・・・」


あぁ、オレはこの人に犯されるんじゃなくて、抱かれるのなら良いんだ。




「・・・最悪だ」

平井はがしがしと頭を掻いて、森田の頭をそっと撫でた。

「まったくお前は本当に大人だな。むかつくぐらい正当なこと言いやがる。
・・・お前がそう言うとは考えなかったよ、これっぽっちも。
そうなら良いってのはさすがに虫が良すぎると思ったんだがな」

縛っていたネクタイを解いて、倒れていた身体を起こしてもらう、
そのまま机に座ったままの格好で抱き寄せられた。

「これくらいは許してくれよ?」
「違う」
「何が、だ?」
「最悪なんかじゃない・・・最高、でしょう?」

ははっと平井は笑った、いつもの笑い方だった。
大好きな先生の笑い方だ。



「そうだな。最高だ」

















幸せだ。
暖かな陽気が森田を包んで離さない。
深い眠りに誘われたまま。

「森田」

しかもあの人の声が聞こえる。
なんて幸せなんだろう。

誰かが肩を軽く叩いている。
やめてくれ、今オレはすごく幸せなんだ。
このまま眠らせてくれ…

「森田」

けれど、あの人がオレを呼んでる。
森田はゆっくりと目を開けた。

「おはよう」
「おはよう、ございます?・・・ってうわっ?!」

慌てて時計を確認すると、もう8時を過ぎようとしていた。
もうだいぶこの状況には慣れたとはいえ、
流石に遅刻はよろしくない。

「遅刻じゃないですかぁ!!」
「送ってやるぞ」
「駄目です無理ですそれだけは嫌です、万一誰かにばれたらどうするんですか!」
「構いやしないさ」
「銀さん・・・じゃない平井先生がクビになるのは嫌ですからね!」

ベッドの中でしか呼ばない呼び方が口を出て、
思わず赤くなったのを、どたばたとした動作でごまかす。

一度家に帰ってそれから学校、と思った矢先に腰に鈍い痛みが走る。

「あーだるいー・・・今日の体育は見学で良いや・・・」
「担任の前でそういうこと言うなよ」
「誰のせいですか、誰の」

鞄に乱暴に散らばっているものを詰める。
平井の家から自宅まで、それから学校へと考えると、間に合いそうに無い。

「サボるか」
「生徒の前でそういうこと言わないで下さい」
「誰のせいだ、誰の」
「先生のせいですよ、もう」

ポンと投げ渡されたのはこの家の鍵だった。
閉めて出て来いということだろう。

「森田は今日は遅刻、っと。担任の平井先生に伝えとくから休んで来いよ」

自分で言ってれば世話は無い。
苦笑して、その背中を見送った。
せっかくだから、少し眠って行きたい気もするが、
おはようと起こしてくれる人は今先に出てしまったから。

「よし、行くか」

自分が選んだ高校生活だ、楽しまなきゃ損だよな、
そう思いながら、鞄を持って森田は自宅に向かって歩き出した。








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