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藤(学舎)
夏への通過儀礼(銀森・千崎様リク)
リビングのテーブルに頬杖をついて、反対の手でこつこつとテーブルを小さく叩いている。夕飯のお礼にと茶碗洗いをしていた森田が洗い終わって振り向けば、銀二はそんな様子で何か悩んでいた。
「銀さん?」
どうかしましたか、と聞きながら目の前の彼の椅子に腰掛けると、彼は直接は答えずに、森田の後ろを見ながら呟いた。
「お前・・・しばらく家に来るな」
「・・・え?」
その言葉に森田は落雷を浴びたがごとく衝撃を受け、がたりと勢いよく立ち上がった。椅子が傾いたが、倒れることはなく、森田はテーブルを叩いた。
「どうしてですかっ、そんな急にっ!!」
延々と続きそうな森田の叫びをうんざりしたように手を振り遮って、顎で森田の後ろを示した。振り向けば、何の変哲もない、真っ白なカレンダーがある。
「・・・え?カレンダー?それがなに?意味がわからない!」
「意味がわからない、じゃねぇよ、馬鹿」
ぐいっと引っ張られて顔を近付ければ、ゴン、とやや鈍い音がして拳骨が振り下ろされた。森田は涙目になって頭を抑えた。
「二週間後から期末試験だろうが」
「・・・あー・・・あぁー・・・」
じんわりと嫌な汗が背中を伝うのは、叩かれたからでは決してない。期末試験。その単語は学生である森田にも教師である銀二にも嫌な響きを持った言葉であった。
「・・・なるほど」
ようやく森田は納得して椅子に座りなおした。それは追い出されるわけだ。自宅に持ち込んで仕事をすることも多いので、森田がいては仕事にならないこともしばしば。いくら銀二のことが好きでも、公私混同はしたくない。
「どんな問題作ろうかね・・・どうせ全部宇海に解かれるんだろうけどな」
腹立たしそうに銀二が零した宇海は、学年一頭が良く、スポーツ優秀、問題児の多いクラスで一番爽やかだが、しかし性格がどこか変わっているクラスメートだ。森田は首を横に振った。試験を全部彼基準で作られたら到底解けるはずがない。
「宇海基準じゃ無理だって・・・オレにもわかる問題にして下さい・・・」
「くくっ、死に物狂いで解いて見せろよ、オレのこと、好きなんだろ?」
にやりと銀二は笑って言った。どきり、と心臓が跳ねる。ごくり、と唾を飲み込んで森田は顔を近づけて囁いた。
「・・・満点取ったらご褒美くれる?」
「満点とは大きく出たな。そうだな・・・取ったらご褒美どころかお前の願い何でも聞いてやるよ」
それは魅力的な言葉で、至極単純で彼の事が大好きな森田は、二週間みっちり勉強することとなった。


勉強し始めて五日で、既に森田は音をあげかけていた。日々の勉強に加え、バイトに試験勉強は大変だったが、何よりきつかったのが、銀二の家に行くことができないことだった。気付くと足が銀二の住まうマンションに向かっていて、苦笑いすることもしばしば。最近は苦笑いどころか深いため息ばかりだ。
「森田?なんか暗いな・・・」
クラスメートの平山やカイジに声を掛けられても生返事ばかり。
「大丈夫だ、なんでもない」
「そういうようには見えないけどなぁ・・・あ、もうすぐ夏休みだな、カイジ、どこか行くか?実家か?」
「あぁー・・・どうだろ・・・わかんねぇ・・・バイトしたり、かな。平山は?」
「オレもまだわかんねぇや、でもどっか遊びに行きたい。森田、行こうぜ?」
嬉々として夏休みのことを語る平山に森田はため息をついた。夏休みよりも前に、期末試験という関門がある。平井銀二の政経で満点を取る、なんて大言壮語。本当は叶えて欲しいお願い、なんてなくて、ただ一緒にいれればそれでいいんだけれど、だからと言ってもう引っ込みがつかないわけで。
「森田?やっぱり変だぜ?」
「あ・・・」
「・・・お前ら、夏休みの前に、何か忘れてないか?ん?」
「げ」
気付けばいつの間にか担任の平井銀二がそこにいて、出席簿でカイジと平山の頭を叩いた。
「うぐっ」
「いてっ」
「夏休みなんて浮かれてんじゃねぇ、お前ら期末で悲惨な点でも取ってみろ、みっちり夏に補習してやるからな」
森田と銀二の目が合う、自分が夏休みだと浮かれていたわけではないけれど気まずい気分になって森田は目をそらした。銀二は目を細めて、それから少し笑った。
「今回の試験問題、簡単なんかにはしねぇからな、覚悟しとけ」
何も言わずに頷いて、望むところです、と心の中で森田は呟いた。



「終わったぁ・・・」
政経の試験は偶然か、はたまた彼の策略か、期末試験の最終日の最後の科目だった。すべて終わって森田はぱたりと机に突っ伏した。皆の声が耳に届く。
「今回の平井先生の問題、難しかったな・・・」
「あぁ、でも自信はあるけどね」
一条と宇海の声がする。自信は・・・あまりない。満点じゃないと意味はないのに・・・けれど試験が終わった、ということがなにより嬉しかった。これで彼に、銀さんに、心置きなく会える。

と、思ったのだが。
「駄目だ駄目だ、採点があるだろ。試験一週間は勘弁な」
家まで行ったのに玄関前でにべもなく追い返された。そうだった、試験が終われば教師には採点作業が待っている。でも少しぐらい一緒にいてくれてもいいじゃないかと、口の中でもごもごと文句を言いながら精一杯の抵抗とばかりにドアの横に座り込んだ。徹夜とまでは行かないが、熱心に勉強したせいで睡眠不足だ、寄りかかってうとうとしているうちに眠り込んでしまった。
「・・・お前・・・やっぱりいたのか・・・」
しばらくして、時間にして30分も立った頃だろうか、がちゃりと、ドアが開き、中から銀二が出てきた。寝こけている森田を苦笑しながら抱きかかえる。家のソファーに寝かせてもまだ森田は起きなかった。よっぽど熱心に勉強したんだろう、銀二は苦笑いして髪の毛をそっと撫でた。
「ん・・・あれ・・・」
ごしごしと目を擦ってむくりと起き上がれば、ソファーの隣で銀二が優しく笑っている。
「お前の分は採点したぞ、見たいか?」
「・・・見たいっ!!」
がばっと起きて銀二に詰め寄った。あれほど頑張ったのだから、きっと、きっと取れてるはずだ、そう森田は信じて自分の解答用紙を受け取った。
「その点数なら上出来だ・・・森田?」
「・・・でも・・・満点じゃない・・・」
90点。普段だったらすごく喜べる点数だが、満点を取るといった以上、満点以外は意味がない。
「上出来じゃねぇか、まさかこんなにいい点数取るとは思わなかったぞ、よくやった」
ゆっくりと髪を撫でてやれば、体ばかり大きくてまだまだ子どもな彼は、少しばかり疑わしそうに言った。
「・・・本当にそう思ってる?」
「思ってる、よく頑張ったな」
「へへ・・・願い叶ったや」
「ん?あぁ、褒美の話か?」
「オレ、銀さんに褒めて貰えればそれで十分嬉しいから・・・それに久しぶりに銀さんと一緒にいれて嬉しいし・・・」
照れ笑いする森田に銀二は沈黙で答えた。不審に思って彼の表情を覗きこめば、ぎゅっときつく抱きしめられた。
「・・・我慢してたのはお前だけじゃないんだぜ?可愛いこと言ってくれるな」
そのままどちらからともなく深く口付けあって、ソファーに沈んでいった。



「森田ぁぁっ!!!」
銀二の怒号が教室内に響き渡った。そう、今日は夏休み前の最後の日。すなわち、今学期の成績が通知表という形で渡される日である。この通知表と担任による説教の御教授を受けなければ、楽しい楽しい夏休みはやってこないのである。
「なんだ、この成績はっ!!」
悲惨、その一言に尽きる。政経は期末試験の甲斐あって、5、なのだが。それ以外が酷い酷い。
「・・・いや・・・その・・・政経は勉強したんですけど・・・ね・・・」
政経を頑張りすぎて他の教科をおろそかにした結果がこれだ。
「・・・よし・・・わかった・・・数学でも化学でも何でも教えてやる、夏休み覚悟しとけっ!!」
滅多に出ない担任の怒った声に大多数の生徒は恐怖に慄いたが、森田だけは少しだけ嬉しそうに「はい」と小さく呟くのだった。





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