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大人はかってくれない



「ごめんなさいお姉様。私のワガママで……スザクの運動会に付き合わせてしまって」

「いいんだよユフィ。今日は全部ギルフォード達に任せて、お前とゆっくりしようと思っていたからな。……ただ、あまり枢木枢木言うな」

「はい……それはそうと、どうしてシュナイゼルお兄様も、お父様も学園の運動会に?」

「父上が庶民の運動会を一度見てみたいって仰ってね。たまには息抜きに、本国から出てみるのもいいかと思って」

「庶民の運動会とやらを見物するのもぅ、まぁた、一興……。シュナイゼル、あの人だかりは、何か?」

「はい。……綱引きに参加する一般の人のようですね」

「ふぅぅむ……面白そうだのう……」










「なぁ〜、扇よぅ、何で俺たちがブリタニアの学校の体育祭なんか見に行かなきゃいけないんだぁ?」

「玉城、お前ちょっと酒臭いぞ、昼真っから飲んだのか? 全く、いい年して……。カレンを見に行ってやらないといけないだろ。ナオトもいないし、お母さんだって……来てくれる人がいないって言うのは、案外寂しいもんだよ」

「まぁ、そりゃそーだけどよぅ……あー、見ろよー! 綱引きだって。俺たちも参加できるらしいぜっ! やろぉーじゃねぇか扇ぃ! 黒の騎士団の腕っ節を見せつけてやろぉ〜ぜ!」

「え、そんな、イレブンの俺たちが行っても……わ、わ、引っ張るなって!」










「ねぇルルーシュー!」

「喋るな、気が散るだろ!」

「何でいち学校の綱引きに、皇帝陛下や宰相陛下に総督まで参加してるのよ!?」

「……知らん俺に聞くなッ!!」

「ルルーシュのこと見に来たんじゃないの!?」

「んな訳あるか、そんなのこっちから願い下げだッ!! じゃなくて、どうにかしろっ、押されてるぞ!」










遂に、最終決戦の火蓋が切られた。





ミレイ会長の一声のせいで、綱引き優勝ポイント獲得の前に立ちはだかったのは物好き父兄らのオトナ軍団。



我々生徒会は最大戦力スザクを失い、人数調整のためいくばくかの助っ人は与えられたものの、やはり力の差は歴然、二本勝負のうち既に一本を取られてしまった。
背水の陣で向かう二本目、どうにか全力で持ちこたえつつも、赤子の手を捻られかけているようなもの、最早臨終寸前であった。



別に主役は生徒なんだから私達を立ててくれたっていいのに……。何とオトナゲナイ!





そんなオトナゲナイ大人達と対峙してまず、驚いたことは、ブリタニア人の中でも派手な、白にブロンドにマゼンタにピンクの髪色を持った家族らしき一団がいたことだった。

でかいカールの端が見え隠れしているおじさん。
すらりとした長身に非日常めいたブロンドの輝きが映える若い男。
美しさの中にどこか厳めしさを醸す女性。
そして天真爛漫さが服を着て歩いているかのような可愛らしい少女。

私がはっと気づいてルルーシュの顔を見ると、やはり目を皿のようにまん丸くして絶句していた。





「ルルーシュ……あれって……」

「ああ……一応帽子とサングラスで目立たなくしているようだが、皇帝にシュナイゼルにコーネリアにユーフェミアだ……」





一応、私もルルーシュの生い立ちや、家庭事情のことは知っている。
そんな中、家族揃って呑気に運動会見物とは、一体どういう風の吹き回しだろう。皇族って言うのはよっぽど暇をもてあましてるんだろうか。



「さらにどうして扇と玉城までいるんだ……いくらアッシュフォードがイレブンにもオープンな校風だからって……なんで騎士団がブリタニア皇族と綱を引っ張るんだ……」

「え、ルルーシュ、何か言った?」

「……い、いや、何でもない。とにかく、あいつらがいるとわかった以上ますます勝たねばならない。いや、勝ってやる。皇族だろうが何だろうが、そちらからわざわざ来てくれたとなれば好都合だ! ……俺はここでも、ブリタニアをぶっ壊すッ!」





――そう血気盛んに宣言したものの、結果は先ほど述べた通りである。





決勝のハチマキはラインすれすれを彷徨い、綱を握った手は汗が滲んで滑りかけていた。じりじりと照りつける太陽が士気も体力も奪い、引き摺られる足下に僅かな土埃が立つ。せめてもの慰めにと風が吹くのを待つが、その替わりに周囲では歓声とも野次ともつかない声が飛び交い、運動場を揺るがしていた。



あと一つ負けたら終わり。立っているのは敗北の淵ギリギリ。圧倒的不利な状況。
しかし、わかってきたことが一つだけあった。



「ねぇ……ルルー、シュ」

「ああ。……お前も気づいたか?」

「うん。あっち、一回目に比べたら、何か全然力が出てないね……さっきはもっと、圧倒的だったのに、どうにか、持ちこたえられてる」

「飛ばし、すぎたんだろう。かなり疲れてきてるみたいだ。この暑さと、あと年だしな。このまま持久戦に持ち込めば、どうにか、若さで勝てる、……やも」

「うん。そして疲労も極まった三本目は……」

「俺たちで取れる」

「うん!」





少しだけ力がみなぎって来た気がして、ぎゅっと綱を握り直した。

大人がどんなにオトナゲナクても、本物の若さには叶わないだろう。どんなに若人を演じても腰や肩や節々の痛みには抗えないだろう。

人は平等では無いだろうが老いは平等。若人万歳、青臭さ万歳、そんな高校生に、消耗戦で勝てるなら勝ってみろ。










塹壕戦もかくやと思われる程の膠着状態が続いた。しかしこちらの手応えは強くなって来ている。ハチマキは少しずつこちらに戻りつつある。



すると、あちら側の先頭、向かい合っている男が、酒でも飲んだのか赤ら顔をますます赤くして何か叫んでいるのが微かに聞こえた。





「くっそーっ、あと一歩なのに!! 後ろのお前等、気合いがたんねーぞーっ! 俺に合わせて、声を出せーッ! ニッポン! ニッポン! ニッポン! ニッポン!」

「わ、わ、馬鹿玉城、やめろ!!」

「どうします、父上」

「下々のお遊びにぃ、とことん付き合ってやるのも上に立つ者の努ぉめぇ……ニッポォォォォオォォン! ニッポォォォォオォォン! ニッポォォォォオォォン!」

「まったく、ナンバーズ風情が生意気な……」

「まぁまぁお姉様、今は私達一般人な訳ですから! ニッポン! ニッポン! ニッポン!」





唐突にも相手側から、いくつもの「ニッポン」の雄叫びが響く。
場違いにも程があるというか、参加してていいんですか皇帝陛下。面白がるにも程がありますよ。

しかし、これでどうしてだか相手に力が戻り始めたのであるから笑えない。ハチマキが再びあちら側に動いた。





「今この場のシュールさに気づいているのは俺だけだろうな……黒の騎士団とブリタニアが一緒になってニッポンニッポン言うなど」

「ねぇ、ちょっとルルーシュ、よくわかんない、独り言言ってないで、どうにかしてよっ! なんか、飲まれてきてるんですけど、こっちが!」

「チッ……かけ声によってもたらされるテンションの、相乗効果かッ、……面倒だ」

「やっぱり、っ、こっちもなんか声出すべき? 対抗して『オール・ハイル・ブリタニア』とかっ」

「そんなことを俺が言う訳無いだろう! ……くそっ、なにか無いか、あいつらに対抗でき、かつ効果的なかけ声がッ」

「こんな所で、なや、まないでよー! もう普通に、いちに、いちに、でもわっしょいわっしょいでもなんでもいいからー!」

「だがしかし――」

「うわ、わわわわわわわっ」






不意に、ずるりと、足が滑り身体が傾いた。






それを機に握力が音を上げ、綱が手の内からすり抜けていく。
体勢を崩して、また後ろに吹き飛んでいく。
ただしスザクの力でもたらされた時よりも勢いはないので、ダイブするはルルーシュの正面。





「馬鹿! お前――」









ルルーシュが何か叫ぶのを遠くに聞いた。










「わわわわわわわ――」





そして、背中に柔らかい感触。やたら尖って痛く感じるのは鼻だろうか。
背後で数人の悲鳴が聞こえた。
見なくても予想できる。ルルーシュに受け止められた身体がさらに沈んでいくことからもわかる。

私がコケた衝撃は水面に立つ波のように、どんどん後列に広がっていったことだろう。





最後に後頭部とルルーシュの額がぶつかってこちんと音を立てたのと同時に――ピストルの音が響いた。





「勝者、父兄チーム!」










審判が声高に宣言し、運動場が一気に沸いた。



負けたと思う前に、一日分のエネルギーを使い切った気がして、もう起きあがれなくなっていた。後ろでルルーシュが下敷きになっているのは知っているけど。何やら呻いているのも耳に入っているけど。

あと、それに正直しばらく目も開けたくなかった。おそらく、ドミノ倒しになっているだろうから。自分のせいで。





「ああ……ごめん、本当にごめん……もう、見ない。見たくない」

「それはお前の勝手だが、とりあえずどいてくれ……! 重い」




















「我々に対する無意味な対抗心のせいで、判断が遅れた結果だよ、ルルーシュ?」



そんな涼やかで落ち着いた、若い男の人の声が、歓声の坩堝に紛れて聞こえた気がした。

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あきゅろす。
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