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どうせなら、に出したって。



ノートを気息奄々としながらルルーシュに示す。

ルルーシュはそれを受け取ると、うんうんと頷きながら目を通していって、しばらくすると、しゅぽんと赤ペンの蓋を取った。
そして最後にきゅるっと赤丸をつけた。





「うん。その通り。よく解いたな。計算ミスも無いし」

「おわ……った……」

「ああ、おめでとう名前。よく頑張った」

「ああ……あり……がと、ルルーシュ……」





言葉はもう途切れ途切れ。そう言うか言わないうちに、名前はばったりと頭から机に倒れ込んでしまった。
テレビを消すみたいにぷつんと停止、思考は営業終了を宣言した。





「もう……だめ……」





そのまま俯して、まどろみが一気にやって来たので、抗わずに目を閉じることにする。
瞼の裏の闇が優しく目の前を包む。意識はそこに沈んでいく。

繋ぎ止めるのは背後の鉛筆の擦れ、窓の向こうの雨、正面の、ルルーシュが何か書いているのか、チョークの音。

覚醒と眠りの狭間で、周囲の音がより鮮やかに耳に打ち寄せる。










こういうのって、燃え尽きたぜぃまっちろに、って言うんだっけ? そしてその後死んじゃうんだっけ?

今死ぬとしたら、やっぱり、ひとつ未練があるから嫌だなぁ。我が人生に一片の悔いあり、なんて。










もうこれで、ルルーシュとの勉強はお終いかと思うと、ちと寂しいかなって。









「……おい、こんな所で寝るな。名前、起きろ。見てくれ、傑作だぞこれは」





不意にチョークの音が止まって、頭をわしゃわしゃと掴まれた。ああもう、何、と思って顔を上げると、黒板にさっきまであった数列はすっかり消えていて、代わりに絵が書いてある。

デッサンはぐちゃぐちゃだが、まぁるい輪郭に髪の毛が生えていて、とろんとした腫れぼったい目があって、鼻孔がやけに広がった鼻があって、よだれを垂らしている口が判別できる。
誰かの顔のようだ。





「……へぇ。ピカソを思わせる前衛的な絵ですね。誰の顔?」

「名前」

「はい!?」

「……の、さっき寝てたときの想像図」





名前は目を丸くしてルルーシュを見た。





「……いやいやいやいや。私いくら意識喪失しててもこんなひどい顔してないし。しかもよだれ垂れてるじゃないの!?」

「考えうる事実に忠実に描いたまでだ、似てるだろう?」

「似てない! 下手くそ!」





憤慨して立ち上がった名前。つかつかとルルーシュに近づくと、チョークを奪い取る。
そして、自らの手でその隣に別の絵を書き始めた。しばらくしてチョークを下ろすと、得意げな顔をルルーシュに向けた。





「……まさかと思うが、その諸々のパーツの位置が一切合切崩れまくった奴が俺とかじゃないだろうな」

「あったりぃ。題して、『ルルーシュしかみ像』。絶賛ものでしょ」

「お前がピカソだッ! 幼稚園児でももっとまともな絵を描くぞ」

「えー似てると思うけどなぁ。特に寄って寄って皺寄せた眉根が、何か訴えるものを感じさせない?」

「名前に美術の才能が絶望的に皆無だって事は涙が出るくらい伝わってくるけど」

「お互い様でしょーが!」






















「うるさい!」


























二人の会話を切り裂く一つの声。
我に帰って振り返ると、黙々と勉強を続けていた他のクラスメイト達にぎろりと睨まれていた。





「……ああ、すまない」

「……ごめんなさい」





ルルーシュと一緒に頭を下げると、ぶつぶつ文句を微かに呟きながら彼らはまた勉強に戻った。
何だか居心地悪く少しの間黙っていると、教室には雨のさざめきと筆記の音だけが静かに流れていた。相当うるさかったんだろうなぁ、とルルーシュを見遣ると、彼も同じように名前の方を見ていた。

視線が合うと、先程注意されたことも忘れて笑い合ってしまう。

ルルーシュは名前からチョークを貰い受けるとと、こつんこつんと小さく音を立てながらまた何か書き始めた。





『お前のせいだ、馬鹿』





むっとしながらチョークを受け取る。元はと言えばルルーシュの書いた絵のせいじゃないか。
反論のメッセージを黒板に綴る。音には気をつけながら。





『ルルーシュの絵が下手くそ過ぎたせい』





ルルーシュは苦笑いした。掌を差し出すのでまた、チョークを渡してやる。
そしてしばらく筆談が続いた。





『それもお互い様だろ、いいエセピカソだ』



『いやでも一応女の子としてけっこー傷ついたんだけど』



『ごめん、だが俺の顔のあの仏頂面加減はないぞ』



『えーでも本当にそういう顔してるよ』



『嘘だ。いつ?』



『私がスザクとかリヴァルと話してる時とか、あと今までの勉強中にどーしても私がなかなか理解出来なかったとき』



『そうなのか?』



『うん』



『ごめん』



『いや、謝らなくてもいいんだけど……私も大分ふざけて書いたし』





気がつけば、チョークの音はそんなに教室には響いていないようだった。
外の雨の音が、絶え間無くここを満たしているおかげで、背後のクラスメート達は気に留める様子もない。





『まぁ、俺も誇張して書いたんだけどな』



『じゃあ、やっぱりお互い様ってことで』



『ああ。そんな風に遊んでたら、真面目な奴らに怒られるのも当然だな、全く』


『うん。あ、ね、ルルーシュは勉強大丈夫なの? 散々私に付き合ってくれたけど』



『まぁ、がっつりとはやれてないけど、人並みにはどうにか。間に合うかはちょっと微妙だな』



『ごめん』



『名前も、謝るなって。一度引き受けたことだから』










チョークの音がやんだ。










そこまで書いた所で、ルルーシュが突然筆を止めてしまったのだ。
少し何かに躊躇したように考え込むと、やがてこちらを向く。
また、顔を見合わすことになるけれども、もう笑いは沸いてこなかった。彼は随分、真面目な顔をしていたから。





そのうち、チョークが再び動き出すと、こんな文字が黒板に並んでいた。










『もっとも、名前の頼みじゃなきゃ引き受けなかったけど』










どくり。










心臓が、ひとつ、震えた。





え、それって、と、ルルーシュを見つめる名前。ルルーシュは正面を向いてこちらを見ない。どこか気恥ずかしそうに横目で名前の表情を確認すると、今まで書いた筆談を全部黒板消しで消した。

やや白っぽくなった黒板の真ん中に、白い文字をそろそろと綴る。










『名前が、好きだから』



















それを見た瞬間、名前はばっと後ろを振り返った。



幸い、クラスメート達はこちらを気に留める事なく勉強に集中している。










「――っ」









名前は恥ずかしさですっかり真っ赤になった顔で、ルルーシュを睨む。ルルーシュはまだ名前に向き直ろうとはしなかった。
ああもう、突然過ぎやしませんか。いくら筆談とは言え、こんなに人がいる所で。










そりゃあ、嬉しい、とても、嬉しいけどさ。










何も言えない名前に不安になったのか、ルルーシュは俯き気味に、続きを付け加えた。





『だめ?』





だめじゃない。ふるふると名前が首を振ると、やっとルルーシュは頬を緩ませた。
それに調子ついたのか、今度はちょっとだけ嗜虐心の色を含ませて、こう書いた。





『名前は?』





……書けと言うのかこの野郎。



ルルーシュは名前にチョークを握らせる。名前は黒板に向き合う。チョークを縦にして、先っぽを表面につけるけれども、そこからなかなか手が動かない。ルルーシュが心配そうに名前を覗き込む。名前は苦笑う。
恥ずかしさで、なかなか決心がつかないと言うのもあるけど。












文字とか雨とかに紛らわして、この気持ちを伝えるのは何だか惜しいと思った。



















「名前」

「なーに?」

「明日は俺の勉強に付き合ってくれ」

「え……うん、勿論」

「よかった。じゃ、また明日」

「また、明日」





明日、と言えたことがまた嬉しくて、振る手に力が篭ってしまったのは、秘密。

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あきゅろす。
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