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にまぎれて



毎日飽きもせず降り注ぐは大粒の雨。週間天気予報に並ぶは傘マーク一直線。
五月雨を過ぎ、淡い初夏を微かに間に挟んで、梅雨の季節がやって来た。





「早く終わってほしいよぉ……」





湿った声で、名前は嘆いた。
雨に濡れたわけではないけれど、名前は鉛筆片手にすっかりしょげ返っている。机に広げたノートの上に突っ伏す姿は、露の重さで頭を垂れる草花に似ていた。見兼ねてルルーシュは、はぁとため息をつく。丸めた数学の教科書でぽんぽんとその頭を叩いてやった。





「ほら、名前頑張れ。あと一問でテスト範囲は終わりじゃないか」

「もう頭に入らないー……その一問が長いし辛いしキツイし死んじゃう」

「数学の問題で死んだ奴はいないぞ。成績に学生という身分を殺される奴は五万といるが」

「うー……」

「ほら、手を動かせ名前」





ルルーシュに促され、名前は涙目になりながらも紙の上に数式を書き始めた。





ああ、いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないかと思う。数学で死んだ人間なんて世界初だ、きっと人類史上に名が残る。そしたらきっとこの身が犠牲になって今少し数学の問題が簡略化されることだろう!
そしたらきっと数学のジャンヌ・ダルクとして崇拝される。





「……言っておくが俺はそんなことになっても名前を惜しんだり崇めたりはしないからな」

「え!? 私何か言った!?」

「多分、考えがそのまま口から出てたんじゃないか」

「……うそぉ……」



心と共に、シャーペンの芯がぽきりと折れて、雨音しかない教室に乾いた響きをもたらした。










しとしと降りの雨と共に、テスト週間がやって来たのだった。

そいつは仁王立ちになって遊びほうける名前を睨む。大量かつ極悪非道のテスト範囲が、名前に迫ってくる。
さぁ、もりもり勉強しやがれと無言のプレッシャーをかけてくる。
そこに込められているのは果たして生徒への愛か、はたまた普段の憂さ晴らしか、どうか前者でお願いしたい教育者たる者ならば。





とにかくまさしく受難の時だった。





しかし勉強しようにも、特に数学は範囲の最初から終わりまでわけがわからないという駄目っぷり。
ノートは睡眠の結晶として新品同様。
シャーリーやリヴァルに協力を要請するも各々勉強忙しく断られるが、それも当然と言うもの。
真っ白またはミミズ文字のノートを片手に途方に暮れていた名前に、幸運にも救いの女神が現れた。




「……数学? ……まぁ、名前の頼みなら……いいよ。教えてやっても」





と、駄目元で頼んだルルーシュが答えてくれたときは、飛び上がるくらい喜んでしまった。

以来、放課後は毎日ルルーシュの解説を聞きながら教室で勉強している。
同じように居残り学習をしている他の生徒の邪魔にならないように、机をぐるりと反対向きにして、後ろの黒板に書いてもらった数式を参考にしながら、教えてもらっていた。





「名前は諦めたり投げ出す癖が無くなれば普通の頭になるんだろうけどな。最初の頃に比べたら、一人で解ける問題も増えて随分マシになったし。まさか公式から教えなきゃいけないなんて思っても見なかったけどさ」

「馬鹿にしないでよー……多分、私やれば出来る子なんだよ。やれば。所謂眠れる獅子」

「明日やろうは馬鹿やろうって言葉知ってるか?」

「……知らないもん」

「ま、結局俺の教え方がいいせいだな、俺の」

「……」



得意そうに笑うルルーシュに、名前は膨れっ面を示して反論する。

そりゃあ八割方ルルーシュのおかげとも言えなくはない。自称する通り教え方は巧みだし、ひぃひぃ言いながらも頑張れるのは、いつものようにルルーシュと軽口を叩きながら勉強できるのが楽しいから、だけれども、そんなに尊大に言われると感謝する気も失せてくる訳で。











それでも、最近は放課後がちょっぴり楽しみで、ちょっぴり嬉しくてしょうがないこと、それだけは否定できないのだった。










「で、できたぁッ……」



そうこうしているうちに、ようやく数学の答えが書き上がった。

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あきゅろす。
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