愛と涙のスウェーデンリレー2
緑の巨人ハルクならぬ超人スザクが走ることを許されたのは、スタート直後のわずか百メートルだけだった。
「いくよ、カレン。頑張ってついて来てね!」
「えっ……ちょ……! スザク!? きゃああああぁああぁあああ!?」
それでも速い速い!
かたっぽの足に病弱なカレンがついているのにもかかわらず、容赦の無い走りっぷりは疾風の如く。
天狗が羽で地を滑っているのかと見間違う程。
協調性が鍵の二人三脚のねらいなんか無視ですよね、というのは言わぬが花。
それにどうにか足がもつれながらも振り落とされないカレンも……驚異の身体能力?
火事場の馬鹿力?
もしかしたら病弱ではないのかもしれない。
「リヴァル……あとはまかせた!」
「よっしゃーっ! 行きますよ会長!」
「おっけー! せーの、いち、に、いち、に!」
スザクが次の走者ににバトンを渡した頃は、まだ他のチームは半分も百メートルを走り切っていなかった。
スザク、恐ろしい子!
リヴァル&会長組がスタートとしてようやく本来の二人三脚らしさを取り戻す。
掛け声。心を一つに。
会長と肩なんか組んじゃったりして、リヴァルは役得だろう。
とにかく、スザクが作ったリードをどれだけ守れるかが勝負の鍵だった。
確実に確実に削られている。
「ル、ルーシュ! 頼んだぜ」
「よし、シャーリー、準備はいいか!?」
「大丈夫! 行こうルル!」
二人が肩を支え合って走り出す。
足の運びは滑らかだった。フィールドの凸凹なんかものともせず、軽やかに300メートルの距離を消化していく。
驚くほど息がピッタリなのは明白、仲のよさを彷彿とさせる……って、何言ってるんだろう。
これじゃあまるで嫉妬しているみたいじゃないか。
意識しすぎだ、……ばかみたい。
しかし二人の阿吽の呼吸でも、ぐいぐい差は縮められ、現在一位の卓球部と今度こそ本職の本領を発揮すべく陸上部が追い縋っていた。
「おい、助っ人が来ないんだろう? 俺が変わりに続けて走っても……って! 何故貴様がここにいる!」
「久しいのぅルルーシュ、元気にしとったか?」
あぁもうお忍びの意味がありませんよね陛下。
(大方元々の助っ人にギアスでも使ったのだろう……小賢しい奴よのぅルルーシュ)
「あぁ儂は急用を思い出した。見届けられないのはちと悔しいが、せいぜい頑張るがいい。
ほれルルーシュ、儂の代わりにこの子と走るがいい」
「言われなくても……! 時間がないんだ、いくんならさっさと行け糞親父!」
「結んでやろうか? ほぅれ足を出せ」
「いらん!」
ルルーシュは目にも留まらぬ速さで私と足を結び直すと、目の前の親子喧嘩に目を白黒させている私を担ぎあげた。
「いくぞ、妥協はしない、目指すは一位だ」
「お、おう!」
勝利と全ての大団円に向かって、私たちは一歩を踏み出す。
「あぁもうルルーシュ速い、速いってば! 足がもつれる、足が……! もっとゆっくり!」
「そんな余裕があるか、後ろを見ろ! もうリードなんて、ないも同然だぞ!」
「嘘ぅ!? ……いやーっ! 本当!」
振り向けば、もう確かに卓球部と陸上部がこちらの二人分の背中にぴったり張り付いている。
今やどっちが男でどっちが女なのかわからないほど真っ赤に顔を歪ませて、まさしく鬼の形相、もしくは般若。
人でも取って食いそうな気迫。
「嘆かわしいなぁもう! そんなに優勝が欲しいのか、そんなに生徒会にご奉仕して欲しいのかぁ!」
私はちょっぴり泣きながら叫んだ。
「利害の一致で必死の追い上げ、と言うやつか。
女子と男子で、奉仕の生徒会メンバーを折半するつもりか……!?
……なら、やはり狙いは……俺か……」
「自分で言うな自分で! まったく……動機が不純だよね! 運動会なんだからもっと爽やかに勝負すればいいのに!」
「この期に及んで何を言う。もう爽やかさなんてあるか、勝てばいいんだよ勝てば!
……おい、もうちょっと足を上げろ! 転ぶぞ!」
「ルルーシュこそ……!
もう息切れてるじゃない、大丈夫なの!?」
「四百メートルなんてほとんど一周分じゃないか、長すぎるんだよッ!」
「うわぁあ並ばれたぁ!」
「スピード上げろスピード! のろま!」
「なにおぅもやし! ちゃんと合わせなさいよっ!」
二人三脚の要、一心同体と言うよりむしろ売り言葉に買い言葉、息ピッタリには程遠いかもしれない。
それでも必死に走る。
生徒会にとっての大団円をもぎとるべく!
「こんにちは……生徒会のニーナ・アインシュタインです……。
今から、ミレイちゃんから頼まれた最後の特別ルールを読み上げますね。
『アンカーの人は、ラスト百メートルのラインで紐を解き、男子が女子を抱え上げたままゴールしてください♪言うなればお姫様抱っこねぇ! 男子諸君は強靭な膂力を女子に見せ付けるべし! ガンバ!』
……ということです」
また会長ったら手間のかかることを!
「……チッ、ほらじっとしてろ!」
「お姫様抱っこ!? 公衆の面前で? てか本当にやるの!? それよりルルーシュ出来るの!? ……きゃーーーッ!」
ふわり、身体が宙に浮いたかと思うと、自然と自分の腕はルルーシュの首に巻きつく。
一方彼の両腕は、しっかりと私の背中と膝を支えた。
彼の肩に顎を乗せて完全に身を委ねると、ルルーシュはまた走り出す。
よたよたと若干覚束ないけれども、それでも力強く。
「はぁ、はぁ、はぁ……あと百メートル、百メートル……」
「ごめんねルルーシュ、重いでしょう!」
「どうってこと……ない! は、はぁ、ちくしょう……」
「……あ、ルルーシュ! ちょっと差が開いたよ! なんかあっち躊躇ってたみたい」
「恋人同士って訳でもないのに、恥ずかしいんだろう!
俺らにはっ……はぁ、恥なんてないからなっ……! と言うよりかきなれてる」
「で、ですよねー」
「……あと、躊躇う理由もないから……な!」
「……!」
「あと、十メートル、……五メートル、さん、にぃ、いち……」
ついにルルーシュの胴体で切られるゴールテープ、歓声とともに、
「きゃあ!」
……ルルーシュのやろうは私を放り投げやがいました!
「いったぁい……こらぁルルーシュ! いくら疲労困憊だからって最後の最後に投げ出す奴があるかぁ!」
打ち付けた身体の側面をさすりながら、地面に突っ伏したままのルルーシュに近寄る。
(結局頑張ってももやしはもやしか……)
大の字になって寝そべり、動かないルルーシュ。
持久走の時程ではないが、まるで屍のようだ。
つんつん爪先で、頭をつついて生存を確認する。
「ルールーシュー……生きてる? 起きてよ、踏まれちゃうよ」
「あぁ……優勝したな、生徒会」
「そだね。これで一見落着、おめでとー」
「……これで信じてくれるか?」
「え?」
むっくりルルーシュは起き上がる。
「さっきの……言葉」
ルルーシュの目は先程リレーで頑張ったように真剣そのもの。
否定することはできない。
「…………まぁ…………そだね」
私にはそれがまぶしすぎて、いつの間にか雲など吹き飛んでいた青空に、目をそらすしかなかった。
「ありがとう」
曖昧な返事でも、ルルーシュはそう笑うもんだから、私はますますどうすればいいのかわからなくなるわけで。
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