愛と涙のスウェーデンリレー1
振り返れば、ルルーシュ・ランペルージが口を真一文字に結んで立っていた。
「……おい、さっきの話、どういうことだ」
「ルルーシュ……聞いてたの」
変に尖った口調で、その瞳に怒りが揺らめいているのに気付いた。
激しく燃え上がりはしていないけども、冷静にそしてじらじらと私とルルーシュを相照らす。
ルルーシュは、あまり自分の感情を表に出す方ではないと思う。
それでも、怒るときは怒る。例えばミレイ会長のルルーシュいじりが極まりメイド服で校内ランニング一周させられた時や、ナナリーちゃんに告白した馬の骨がいた時。
それでも言葉遣いが粗雑になったり暴言が増えるだけで、かわいいというかむしろ面白いものだったから、よしよしと頭を撫でて宥めてやったものだけれど。
今の彼の様子は、嵐の前の静けさというか台風の目というか、もっと深く恐ろしいものに思えてぶるりと背筋が震えた。
「シャーリーと二人三脚の組を代わるって、お前、どうして」
「話、聞いてたの? ……じゃ、まぁ、そういうことだからルルーシュ。シャーリーと仲良く頑張りなさいよね!」
「……迷惑、だって言うのか、俺が」
ルルーシュは、私の腕を掴んだまま悲しそうに目を細めた。
『迷惑してるのよ、私も、ルルーシュも』
私はその手を振り払って、彼を睨み付ける。
「お互い様でしょ、そんなの」
『迷惑ですよ、俺にとっても』
「聞いていたのか、昼休みの……話」
「……うん。立ち聞きして、申し訳ないと思ってるけど。
でもさ、本心でそう思ってるのなら……やめようよ、こういう、友達ごっこ」
本音を隠したままの付き合いなんて、辛すぎる。
私には、堪えられない。
「友達ごっこな訳ないだろ! ……実は、あれは、会長に昼休みの写真をばらまく、って脅されたんだ。それで……!」
「あー、まぁ、そうじゃないかとは思ってたけどさ……いいのよ、もう、別に」
納得した風を見せるも、私の口調は完全に冷え切っている。
どんな言い訳を理路整然とされようと、心の中の疑念は晴れることはないだろう。
(この午後は、ずっと頑張って来たけれど……これからもおんなじように付き合えるのかな、ルルーシュと)
「別に、って……! それでいいのか、お前は」
「ルルーシュがそう言うのなら、信じるし……」
「信じてないだろ、これっぽっちも」
「……」
「俺を見くびるな」
そう凄まられましても。
私が答えに窮して俯くと、ルルーシュにも困惑が移ったようで、ばつが悪そうに顔をしかめた。
だが、重苦しい沈黙が流れた後、しばらくして、ルルーシュは俄然真面目な顔つきになる。
「……俺は、お前が好きなんだ」
「へぇ、そうなの…………はぃ?」
好き?
私を?
ルルーシュが。
「俺はお前のことが好きだ。だから今日は色々と……絡んだ、し、例え既成事実になるって言われても、晒しものになんかしたくなかった」
「だ、って、そんな……急に言われても」
「……だよな、すぐになんか、信じられるわけないよな」
「いや、信じる信じないな問題じゃなくて」
タイミングの問題なんですよねタイミングの!
(あぁしかもそんな、告白なんて初めて、だからどうすればいいのか……しかもルルーシュに!)
どう反応すればいいかわからなくておろおろしていると、グラウンドの準備が整ったことを告げるアナウンス。
いよいよ最後の競技が始まるらしい。
びぃんとスピーカーで拡張された声がフィールド中に轟いて、こちらも身震いをひとつした。
「あぁ、リレー始まっちゃうね! 話はまた後で……じゃあね、ルルーシュ!」
チャンスだ、このまま競技に向かってしまえば告白なんてうやむやにできるかもしれない。
だってね、そんな、私に色恋ごとを今すぐ処理しろ何て、無理ですよ不可能ですよ!
三十六計逃げるに如かず、と名誉の敵前逃亡を計る私はくるりとルルーシュに背中を向けた。
「……もし……! このリレーで勝って、生徒会が優勝したら」
「……?」
「……信じてくれるか、俺の告白を」
「な……!」
風雲を告げるように木々がざわめく。
頭上の灰色の分厚い塊が、天蓋となり空と地とを大きく隔てた。
生徒会役員のご奉仕権に昼休みの写真に告白の信憑まで色々なものがかかった二人三脚リレー。
ついに火ぶたは切られてしまうようだ。
一組目、カレン&スザク組100メートル。
二組目、会長&リヴァル組200メートル。
三組目、シャーリー&ルルーシュ組300メートル。
四組目アンカー、私&男子人数不足のため助っ人、400メートル。
走者の順番が後ろになるごとに、走る距離が増えていくというのがこのスウェーデンリレー。
本来の陸上競技には入っていないものの、学校の運動会などではよく見られる競技だとか。
「スウェーデン」の名を冠しているように、百年ほど前にその国で流行していたらしい。
我々生徒会チームの優勝は、このリレーにかかっている!
現在第二位。
一位は、借り人優勝をかっさらってくれた卓球部。
一位になりさえすれば、優勝チームに与えられる生徒会ご奉仕権も昼休みのひざ枕写真大公開も立ち消えに。
まさに天王山、正念場だ。
しかし、なにゆえに、我がアッシュフォードのスウェーデンリレーは、「男女二人三脚」スウェーデンリレーなのか。
「アッシュフォードの娘も、なかなか乙なぁことをするのぅ」
「もう完全に会長の趣味大爆発だと思います。
二人三脚ならまだしも男女ペアなんて……!
その弾みで起こる様々な色恋事件を期待してのことに違いありません!
(実際私にまで既に起こってるし……)
ところで、ですが……どうしてまだいらっしゃるんですか陛下」
「うむ、乗り掛かった船だ、ブリタニア皇帝たるもの、戦は最後まで見届けねば」
「たかが学生の意地の張り合いより、どうか必死に闘っているEUか中華連邦との戦線をお見届け下さい!」
私は何故か身長差頭三つ分は裕に越えるスケールの大きなおじさまと、肩足を繋がれたままちまっと並んで体育座り。
生徒会の女子は私を合わせて五人、男子は三人ぽっち。
運動の苦手なニーナは自主的に不参加を申し出て女子は出場枠の四人にはまったけども、いかんせん男子が一人足りない。
そこであぶれた馬術部男子を一人借りて来ることになっていたが、いくら待っても待機場所に彼は来なかった。
孤独による被害妄想だろうか、男女ペアなので周りがカップルめいた雰囲気を醸し出し、あぁもう遅いなぁ何やってるのかなぁと一人でうろうろいらいらし始めた頃。
「遅くなって相すまぬ」
何とも頼もしいガタイの割にはおめめがかわいい縦ロールのおじさまが、助っ人として御登場されたのである。
「もう驚きませんけど、陛下……シュナイゼル殿下やコーネリア総督はどうされたんですか。
心配してるでしょうに」
「うむ、撒いて来た」
「まっ……!? ……いいえ陛下、もう驚きません」
「後一時間もすれば、捜索隊も出てお祭り騒ぎになるやもしれん」
そう大口を開けて笑う陛下はいかにも楽しそうで、こんな阿呆……失敬、お茶目な帝王に征服されたエリアの方々が何だか可哀相に思えてきた。
「……所で、風の噂で聞いた話だが、我が息子に告白されたそうだな」
「!! 何で知ってっ」
「ブリタニア皇帝に知らぬ事など無い。
……して、返事は」
「は、はぁ……」
冷や汗一滴。
あぁもうなんで息子の父親に、しかも息子に言う前に、その答えを迫られなければならないのでしょう。
陛下、あなたはいい年こいて女子高生ですか!
「正直……わかりません……何て言うかタイミングもタイミングだし、あんな所で突然言われたばっかりだし、それに直前にはいろいろと誤解も……!」
「そんな事言って、君は自分と向き合うのを逃げてるだけだろうが、え?」
「!」
出し抜けに陛下らしからぬことを言われて、私ははっと陛下に向き直った。
ずばり心臓のど真ん中を、射ぬかれた気がした。
「それに、タイミングのことなら気にするでない。
わしが、マリアンヌにそのようなことを告げたのは、賊のクーデターの真っ最中であった」
「クーデター!?」
「そうよ。マリアンヌなどは首謀者、当時のナイトオブワンを斬って来たばかりで、血まみれだったのう」
感慨深そうに目を細める陛下、それを見て、ああ確かにこの人は皇帝なのだなぁと思った。
そんな血みどろの争いの時に……! 常人の神経と器のでかさではない、勿論いい意味で。
流石のルルーシュでもそんなことはしないだろう。
そしてそれを受けてしまうマリアンヌ様も……流石、「閃光」の二つ名を冠した戦う后妃様。
「まぁ、そういうことだ。あまり場所だのタイミングだの気にすることは無い。そんなものあやつに望んだところで無い物ねだりというものだろう」
「た、確かに……」
「儂は君とあやつにくっついてほしいが、強制はするべきではないな」
「そんな、私なんかが……」
「あまり考えずに、自分の気持ちと対話すればよい。
……お、そろそろ始まるようだの」
頬が熱を吸い込んでいるのを感じながら顔を上げると、ぱぁんと開始を告げるピストルが鳴り響いた所だった。
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