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陛下と自販機
ありがたきもの。

舅にほめらるる婿。
また、姑におもはるる嫁の君。
男・女をばいはじ。
女どちも、契り深くて語らふ人の、末まで仲よき人、かたし。

――「枕草子」

めったにないもの。

シャーリーを誉めるニーナ。
また、ミレイ会長に可愛がられて(色んな恰好させられて)素直にしているルルーシュ。
スザクとユフィのことは、言うまでもない。
日本人とブリタニア人、庶民と皇族と言う隔てがなくても、あそこまで中がいい人達は、とても珍しい。



そして、もう一つめったにないもの。

――庶民の自販機の前で立ち往生している皇帝陛下。


(どうしたもんかね……!)


しばらくずっと、その背後で声をかけるべきか否か思案している。

お昼時の一シーン。
そこでルルーシュにお弁当を、「食べさせてくれ」とか、「やっちゃって下さい」とか、「あーん」とか、純な乙女に突き付けられたる無理難題、恥ずかしさのあまり自分を見失うのも当然の話だった。


「わ、わ、わ、私っ、jjjjjjジュース買って来るから! そいじゃ!」


そんな苦し紛れの言い訳をルルーシュに吐き捨てると、風の速さでその場から逃げだした。
通りで林のような人の群れをかきわけつつ、辺り一辺の炎天下を駆け抜け、ひたすらに行く宛も無く逃げ、気がつけばたどり着いていたのは競技場の端も端。
木立が隣接してこんな昼間でも一面に陰が落ちていた。
湿っぽくて人気もない、まるで世界の縁の部分。


「……喉渇いた……」


自分を取り戻したのは、それを自覚したのと一緒だった。
あんな暑い中を駆け回っていたのだから、そうなっていたのも無理からぬ話だ。
ルルーシュにした言い訳通り、本当にジュースが飲みたくなって、木立に沿って歩き始める。
一周すれば元の場所に戻れるだろうし、時間潰しにもなるだろう。
昼休みの終了ギリギリに、何食わぬ顔をしてほいほい帰ってくれば、まぁルルーシュも何も言えないだろう、と思って。

散策気分でふらふら歩いていると、数十メートル先にぽつねんと自販機が立っているのが見えた。
何て場違いな! そして何てタイミングのいい!
内心ちょっと喜んで自販機に駆け寄ると、既に先客が並んでいた。
こんな人気の無いところに、と少し怪しく思えたが、もしかして、この人は表の自販機の売れ残りが全然無くてここまで来たのかもしれないと、あまり考えずにその後ろに並んだ。

大きな背中から垣間見える、自販機のボタンの緑のマーク。
これは実は穴場かもしれないと、うきうきしながら待っていた。

――だが、先客は一向に前を退く気配を見せない。

全く動かないまま、額に汗がじとじと湿ってきたのでわかった。
何飲むのか迷ってるのかなぁ。
いや、でも、私が来る前に並んでいたなら、ちょっと尋常でなく悩みすぎじゃないだろうか。
それとも、具合が悪いとか。
と、何となくその先客を見上げると、彼は身長も肩幅も大分大きい人で、大きな横ロールが連なる山の如く、目の前にそびえ立っていたわけで。


(威厳たっぷりのロールヘア……)


そんなみょうちきりんの髪型を見て、この国の国民なら思いつく人物は一人しかいなかった。


(皇帝陛下ッッ!??!)


衝撃は雷挺の如く、人知れず脳天から爪先を貫いた。




*風林火山で、言葉遊び。


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