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走れメロスと



開会式で、ルルーシュは激怒した。
必ず、かの傍若無人のミレイ会長の企みを破綻させてやらねばならぬと決意した。





ルルーシュはいわゆる副会長である。絶対的権力者ミレイ会長に無理難題を押し付けられ、のっぴきならなくなれば女装さえする羽目になった。



その彼女が運動会の優勝チームに、生徒会メンバーを一人差し出すとのたもうたのである。
明らかに自分をターゲットとしたこの宣言にルルーシュは恐れ戦いた。そして奸計を巡らせた。
今では彼が、悪智恵を遺憾無く発揮し、どんな手を使ってでも優勝を奪おうという奸佞邪智の王である。





しかし、ルルーシュは疲労もした。

何故か綱引きやら棒倒しやらに参加していた、かの邪知暴虐の皇帝と宰相に敢然と立ち向かったからではない。





ルルーシュには竹馬の友がいる。ナンバーズの軍人枢木スザクである。
彼が正義感に溢れすぎたばかりにその運動神経を恐れられ出場種目を制限されてしまったのは突然の不幸であった。
意気消沈する間もなく彼の穴を埋めるため、持久走にルルーシュは駆り出さのだった。
彼は頭はいい。
しかし運動に対しては、彼は人一倍もやしっこだった。





「しかれども、走れ! ルルーシュ! 我らと交わした、せめてビリにはならないという約束を果たすために!」

「……メロス風な説明、どうもありがとう」

「面白かった? よかったねルルーシュ。ビリから三番目でゴール出来て」

「もういい、死なせてくれ……」





そう言って、ルルーシュは柔らかい草の上にごろりと寝そべって、こちらに背を向けた。



厭味に反論する気力も無いなんて、何と珍しい。
相当身体が限界のようだった。
さらに、プライドの高い彼が、それを隠そうともしないなんて。私は目を丸くした。





ここは、学校の中庭。運動場の喧噪からはすっかり遠ざかって、心地よい静穏が流れている。相対的に時間はゆっくりと進む小空間。木陰の斑が、ゆらゆら優しくたゆたう。





持久走2000メートルを走り終えて、すぐに意識を手放した哀れなルルーシュ。
どうにか目を冷ました後もいっぱいいっぱいに疲労を抱え、歩くこともままならない彼を見兼ねて、



「もう、持久走ぐらいですーぐ駄目になっちゃって。しょうがないから、動けるようになるまでどっかで休ませといて。サボりは特別に許す。中庭なんか今誰もいなくていいかもよ〜? じゃ、よろしくね〜」



と、ミレイ会長は私に勅令を下し、半ば無理矢理、使い物にならなくなったルルーシュを任されることになった。
そして、言わば死に体を引きずるようにして、ここまで連れて来た訳である。





「あーあ。ルルーシュを背中に担いだせいで、今度は逆に私が疲れたんだけどな」

「……」





返事が無い。
まるで屍のようだ。





あまりにもルルーシュの状態は悪い。
まさか、熱中症とかそういうのじゃないよね。
何か、こんなに暑いのにあんまり汗をかいてないみたいだし、顔色は蒼白だし。そっと覗き込むと、長い睫毛に縁取られる瞼は力無く閉じられて、苦しげに小さく開けた口で息をしている。









ああもう、そんなんだったら、本当に心配してしまうじゃないか。









「……ごめんルルーシュ……本当に大丈夫?」

「……ペース配分を……間違えた……」

「頑張ったと思うよ。中盤まではそこそこ皆についていってたし、結局ビリでもなくて、ビリから二番目でもなくて三番目だし」

「最後に一人抜こうと思って……欲が出た……」

「うん。ちゃんと見てたよ。けっこー面白かった。見物だった」

「……そうか……」

「何か欲しいものある? 濡れタオルとか、冷たい飲み物とか、クラブハウスから取ってこようか」

「……じゃあ……」





ルルーシュはそのままの体勢から首だけこっちに戻して、ちょいちょいと手招きした。その通りに近くに寄って、口を耳元に寄せてやる。





「何?」

「……ら……」

「もっかい言って」

「……枕」

「は?」

「枕が欲しい」






ルルーシュは、熱に潤んだ瞳で私を見る。





ええっとですね、恐らくこの状況で、望まれてるのって、――ひざ枕ですかね。

あまりにもベタすぎやしませんか、ルルーシュ君。そして恥ずかしくはないのですか、ルルーシュ君。
しかし、今までにない、私に嘆願するような視線が妙にこそばゆく感じられてしまう。



ちょっと心がふらふらと動く。








「……ホレ」










――まぁ、仕方が無い。
今回は白旗を上げてやろうか。










私は膝を折った。そしてルルーシュの頭を掴んでその上に乗せてやる。細やかな髪の感触が、くすぐったい。そして、ルルーシュの驚いて皿のように広がった瞳と、真上から見つめることになる。






「……てっきり断られると思っていたが」

「今回だけだからねー。ビリにならないっていう約束ちゃんと守ったから」

「そうか……」





ルルーシュは安らかな表情を浮かべる。





「やはり、約束は守るべきものだな、……頑張って……よかったよ」






そう言うか言わないうちに、緩慢な動作で彼の瞼は落ちていった。

そのまま沈黙したかと思うと、やがて規則的な呼吸音を立て始める。

寝息がすぅすぅと葉擦れの響きの中に溶けていった。





「……さらに寝るなんて、ますますベタすぎやしませんか……」





意外にこの正座体勢、続けていると疲れるなぁ……。


しかし自分も寝てしまおうかと思っても、眼下の彼の寝顔に考え直させられる。





ガラス細工のようにあまりにも綺麗で端正でどこか危うげでいるから。
手を離してしまったら、目を離してしまったら、壊れてしまうんじゃないかと心配で。






もう少しだけ、眺めているのも悪くない。
彼の頭に触れている腿部分が、少しだけ暑くなってくるのはルルーシュの体温が移ったせいだけではない気がした。

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あきゅろす。
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