黄昏に舞う紅 ――暗い暗い闇の中。 光も無ければ、音も無い。 ゆらゆらと波のようにたゆたう意識もまた、無であるかのように静止している。 何も考える必要などない。 そうして随分と長い時間を過ごしてきたのではないだろうか? どれくらいの時が経ち、どれ程の季節が巡ったのか。それを考えることも、もはや止めてしまった。 もう全て終わったのだと、無意識に思う。 此処に自分が在る意味も、とうの昔に失ってしまったのだから。そう恐らく笑って、ゆっくりと無へと意識を誘う。 完全なる無に還ろうとしたとき、たった一つしかいなかった空間の中に、別の意識体が生まれた…、気がした。 ――生まれた、というよりは現れたといった方が正しいのかも知れない。 その自分とは違う意識体に意識を集中させると、初めは靄のように不安定だった輪郭が、はっきりとした容で映し出される。 哀しげに俯いたその顔には、何かが伝い、濡れていた。その姿がひどく懐かしく感じられて、ふいにその頬に手を伸ばした。 『…ッ』 手に温かさが染み渡り、目を細める。 そうしてようやく、俯いたままの意識体が――青年が顔を上げる。頬を伝うものは涙というものだったと、頭の片隅で思う。 青年は自分を見るなり、更に顔を哀しげに歪ませた。 「――シキ」 無の空間にこだましながら生まれたコトバに、思わずたじろぐ。 ずっと昔に捨ててきてしまった――モノ。思い出そうとしても、思い出せない。 まるでそれが何かを理解ってしまうことが、恐いかのように。 「眼を…、け…て…」 そこコトバを最後に、青年はまた俯き沢山の涙で頬を濡らしていた。 『…ッ!』 再び触れようとした瞬間、耐え切れないほどの痛みに身体が苛まれる。 暗い路地、交わる剣、感覚や鼓動。今までに見たことも無いような、何者にも屈しない鋭く光る眼光。 ――欲しいと思った。 どうしようもなく、この手で壊してみたいと思った。 『――ア、キ…』 next→ 2011/5/27 |