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birthday-02




「……映画?」
「そう

加持にチケットを貰った翌日、教室の後ろから三番目の窓際の席。
終礼が終わり、下校の準備でクラスメイト達がざわつく中、渚はシンジに早速声をかけていた。

「6日当日は君の誕生日パーティーがあるし、できれば前日の5日にどうかなーって思うんだけど」
「……」

渚の言葉に、シンジはぱちぱちと目をしばたかせる。
自分の誕生日パーティーが開かれること自体は、既に二週間ほど前からミサトにより聞かされていたのだが、渚がその予定を意識した上で「出掛けよう」という提案をしてくるとは思わなかったのだ。

「……あの、シンジくん? ひょっとして、何か予定あったりした?? 」

返ってこない反応に不安になったらしい渚は、シンジの顔色を覗うように首を傾けるが、その心配を払うようにシンジは首を横に振る。

「……いや、5日なら空いてる」
「じゃあ、決まりだね」

安心したように笑顔を見せた渚につられ、シンジも素直に微笑みを見せた。
パーティーの計画を知ったとき、充分嬉しかったのに、更にその前日にも渚と特別な時間を過ごす約束をする事になるなんて。
楽しみが倍に、いやそれ以上に大きくなった気がして、自然と口もとが緩んでしまう。

「わかった」
「うん!じゃあ待ち合わせは……」
「渚君」

唐突に抑揚の薄い声が割り込んだので、盛り上がりかけた会話は中断された。
声がした方向へ二人が振り向くと、そこにはいつの間にか通学鞄を両手で持った少女が立っている。

「綾波」
「なんだよー、今僕ら忙しいんだけど」

唇を尖らせて抗議する渚へ向けて「そう、ごめんなさい」と感情の伴っていなさそうな短い謝罪をしてから、綾波は黒板の側に掛けてある丸い時計を指さした。

「そろそろ、時間よ」

時間、とは『ネルフ施設で行われるテスト及び実験開始時刻に間に合う時間』の事を指す。
赤木リツコ博士を中心として実施されるそれは、普通の適格者とは異なる綾波レイと渚カヲルの身体メンテナンスも兼ねている為、主にこの二名はセットで同日に呼ばれる事が基本だった。
窓から顔を出して校門を覗けば、既に本部が手配したらしい送迎用の車が待機していて、渚はウンザリとした表情で溜め息を吐いた。

「しょうがないな……ごめんシンジくん、詳しい事はまた今度!」
「あ、うん…」

名残惜しそうにシンジへと手を振りながら、渚は綾波と並んで教室を出て行く。
シンジはその後ろ姿を見送り、帰宅の準備を再開させるために再び席についた。そこへ、背後から「ねえ碇くん!」と明るい声を掛けられる。
声の主は、クラスメイトではあるけれど、シンジはあまり話をした事のない女子生徒三人だった。

「なに?」
「碇くんって、渚くんと仲いいよね?」
「…? うん、まあ…」
「ね、あの噂って本当なの?」
「ウワサ?」

彼女たちの好奇心に満ちた表情を見たシンジの思考が、一瞬停止する。
『渚との関係がバレたのか?』という不安が過り、僅かに目が泳ぐ。

「渚くんが綾波さんと付き合ってるって、本当?」
「え」

言葉を聞き返すためというよりは、単に声が漏れた。
もう一度、シンジの思考が止まる。

バレてなかった、よかった。
いや、よくない。
いや、でも男同士というよりは。
いや、でも。
まさかの綾波。
なぜだろう、その発想はなかった……。

「……なに、それ」
「綾波さんて、おとなしいけど渚くんとは遠慮なく喋ってるみたいだし」
「ネルフでお姉さんが働いてる子から聞いたの、よく一緒に話をしてるーとか」
「そうそう、昨日は親しげに二人で食事してたーとか」

次々と続けて喋る女子達に、シンジは辟易した。
機密組織であるネルフ施設内の、それもエヴァパイロットのプライベートが筒抜けとはどういう事だよ父さん?
女子の情報網、恐るべし。

「………それは、」
「あり得ないわね!」

突然背後からバシッと肩を叩かれて、シンジは聞きなれた声に振り向く。
蒼い大きな眼が二つ、睨む訳でもなくまっすぐに女子達を見ていた。
性格はともかく、美少女で名の知れたアスカの突然の登場に、彼女達の口が閉じる。

「アスカ」
「あの二人は仕事上のコンビみたいなものってだけで、お互いを好きともキライとも思っちゃいないわよ」

そうなの?と、女子の一人が控え目に尋ねると、突然登場したアスカは力強く頷き、不敵に笑う。

「あったりまえじゃない!綾波サンの好みは歳の離れたオッサンよ、渚なんて眼中にあるわけ無いわ!」
「でも昨日、『付き合ってるんだろ?』って聞かれて、渚くんが『そうだ』って答えてたって……」
「……え?」

思わず弱い声を漏らしたシンジにアスカは眉間に皺を寄せ、「バッカじゃない?」と大きく一蹴した。

「それ、人伝てに聞いただけなんでしょう?他人の会話に聞き耳立ててるような人間の話なんて、よく信じられるわね」
「じゃあ、本当に付き合ってないの?」
「だからさっきからそう言ってるじゃない。それでも疑うって言うなら、バカシンジなんかに聞いてないで本人に直接聞いてみなさいよ!」

逃げるように女子生徒たちが教室を出て行くと、アスカは呆然と様子を見ていたシンジを鋭く睨む。

「ホンット、アンタってバカね。なんでちょっと傷ついちゃってるのよ?あんな話、信じたっていうの?」
「え、いや、」
「あんなの、作り話に決まってるじゃない。そうで無ければ芝居よ、芝居!フィフスも大概バカだけど、最近は空気も読めるようになってきたし、それだからあんたたちはコソコソ付き合っていられるんでしょうが!」

なんだかんだで懸命に渚をフォローしようとしてくれるアスカに、シンジは眉を下げて微笑む。
それを見たアスカは我に返り、顔を赤くして目を逸らした。
けれどもう一度向き直り、シンジを真っ直ぐに見据える。

「デートの約束、したんでしょ。その後は誕生会だってあるわ」
「うん」
「アンタは、何も心配しなくていいの。誕生日なんだから、好きに楽しめばいいのよ」
「……うん。ありがと、アスカ」

今度こそ柔らかい笑みを見せたシンジに、アスカは満足そうに頷いた。



「──あれってさ、またヘンな噂の元になっちゃわない?」

遠くから様子を見守る形となっていた相田ケンスケは、近くで同じく二人を見守っていた洞木ヒカリに声をかけた。
ちなみに、鈴原トウジはトイレに行っているため現在不在である。

「噂って、アスカが渚くんの事が好きだとか、そういうの?」
「いろいろだよ。惣流とシンジができてるとか、実は渚や綾波とドロドロの三角関係だった、とかさ。女子ってそういうの大好きだろ?」
「私はあんまり興味ないけど……アスカなら大丈夫だと思うわ」

ケンスケは机に右肘をついたまま、視線だけ前の席にかけている洞木を見た。
洞木の視線はアスカに向けられたまま、けれども優しく笑みを作っている。

「でたらめな噂なんて流したら、アスカが黙っていないと思うの」
「そりゃあ、そうだろね」
「うん。噂が流れたらとりあえず、さっきの三人を捕まえて問い詰めるでしょう?それから、近くで見てた子の顔は見て覚えているだろうから、その子たちにも確認をとるわ」
「……」
「アスカが強い子なのは皆知ってるからきっと、ヘンな噂なんて流せない。流しても、痛い目に遭うだけだもの」
「……そうだね」

女子の恐ろしさを垣間見た気がしたケンスケは「頼もしいなぁ」と苦笑して 、俺もトイレ、と席を立った。



next……birthday-03

20131007

続きます。
時間があいてしまい申し訳ないです…
もう少々お付き合いください。






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