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うめぼし




「…なにをしているの」

第三新東京市立第壱中学校、三階と二階の中間部分の非常階段。
その一番下の段の隅に小さく膝をかかえて座るフィフス・チルドレンを見つけ、私は声をかけた。

「……」
「……」

顔を俯かせてじっとしたまま、彼は動かない。
私は彼の様子をじっと観察する。

「……寝ているの」

もう一度だけ、声をかけた。
これで返事がなければ、彼は本当に睡眠をとっている。

「……」
「………どうして君が来たのさ」

返されたのは小さく呟くような、力のない声だった。
聞き取りにくいから、私は彼の前にしゃがむ。

「なんの話」
「君…シンジくん…から、頼まれてきたんじゃないの?」
「碇くんから?」
「…違うの?」

彼はようやく顔をあげて、こちらを見た。
その表情はどこか普段の彼と違っていて、碇司令にそっけなくされたときの碇くんと似ている。
元気…が、足りないように見えた。

「碇くんは関係ないわ。私は、偶然ここにあなたがいたから声をかけただけ」
「…なんだ」

そうなのか、と残念そうに呟く彼は、くしゃと色素のない髪をかきあげる。

「喧嘩でも、したの」
「してないよ」
「じゃあ、何」
「僕が一方的に逃げてきただけだ」

また、彼は碇くんのような表情をした。
笑っているのに、苦しそう。
たぶん、いらいらしている。自分に。

「……そう。あなたにも、怖いものがあるのね」
「…コワイ?」
「違うの」

彼は不思議そうにこちらを見て、眉をしかめた。
そのしぐさを見た私は、人間のようだ、と思った。
私と同じに、彼は これまで恐怖という感情を認識したことが無かったのかもしれない。

「なにか、あったの」

私が尋ねると、彼は驚いたように目を丸く開いてこちらを見た。
それから、言いにくいのか、また俯く。
私から彼に声をかけて、こうして向かい合ったことなど今まで一度も無かったから、それは当然の反応なのだと思う。
続く、しばらくの無言。

目が合う。
そして、またそらされる。

「…シンジくんが」
「…碇くん、が?」
「オンナノコから弁当もらってるの、見ちゃったんだ…」
「…女の子」
「そう。手作り、みたいでさ。中に何が入ってるかとか、味つけはこうしてみたとか、仲良さそうに笑ってて…。それ見てたら、なんだかイヤな気分になってきて。シンジくんに声かけようと思ってたはずなのに、シンジくんが僕に気づいてこっちを見た瞬間、もう足が逃げてた。どうしても、その場にいたくなかったんだ」
「……」

ちらちらとよそを見ながら話していた彼が、また、こちらを まっすぐに見てきた。

「ねえ、よくわかんないんだけどさ。これって、コワイってこと?僕は何がコワイのかな」
「……」
「それともやっぱり、君にもわかんない?」

私のそれとよく似た赤い瞳は、戸惑いに揺れている。
答えを、求めている。

「……怖い、だけじゃないのね」
「へ?」
「さっき、あなたのことを碇くんが探していたわ。お弁当、作ってきたみたい」
「え?」
「あなたの分の、お弁当よ」

驚いているのか、私の話を理解できていないのか、彼は何度も忙しなくぱちぱちとまばたきを繰り返した。
それから、彼はその場から立ち上がり、合わせて私も腰を上げる。

「でも、シンジくんは…」
「あなたが見た女の子はたぶん、洞木さんね」
「ホラキさん?」
「委員長よ」
「イインチョウ?何だっけ、それ」
「クラスで挨拶をする時に一番最初に声を出している女の子よ」
「ああ…、あの子ってイインチョウでホラキさんなんだ」
「そう。彼女、今日は鈴原くんにお弁当を作ってきたの」
「鈴原くんって、シンジくんの友達の鈴原トウジ?」
「そうよ」
「じゃあ僕がさっき見たのって」
「勘違い、ね。たぶん」
「……」
「……」

白い肌が、みるみるうちに赤くなっていく。
その変化を隠すみたいに、彼は黙って左の手で口許をおさえた。

「よかったわね」
「……」
「昼休みが終わる前に、早く戻るといいわ。碇くん、教室で待ってると思う」
「…君は」
「私はこれから早退。本部に呼ばれているの」
「……、それって」
「碇くんのお弁当、おいしいから、早く行かないと誰かに取られるわよ」
「えっ!」
「じゃあ。私、もう行くから」

おろおろと慌てている彼を残して、私は階段を降り始めた。
右手の通学鞄には、碇くんから貰ったお弁当が二つ。
背後からは、かけ降りてくる足音。


「そのうち、気づくわ。あなたも」

私は一人呟いて、少しだけ笑った。





end

20101215
前回アスカ目線の庵53だったので、今回は綾波目線の貞53にしました。
転校してきたばかりの渚くん、という設定でした。



あきゅろす。
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