愛しさは無限大(花阿) 「ちょっと花井!見てコレ!」 俺の穏やかな昼休みは、この水谷の一言によって終わりを迎えた。 借りた教科書を返しに九組に行っていたはずの水谷は今現在、俺の目の前にいる。 しかも、満面の笑みで。 今までの経験上、こういった顔の時は大概何かめんどくさいことを言い始める傾向にあるため、出来ることなら無視したい。 「…なんだよ。」 「これ!田島がくれたんだけど皆で食べよ!」 結局性分か、無視は出来ず聞き返してやると、何やら楽しそうだ。 数も足りそうだし。 そういいながら水谷の右手が揺らすのは、たぶん豆。 あ、そういや今日節分だったか、なんてのんきに考えていると、机の真ん中に豆が入った袋が置かれる。 「年の数食べないとダメなんだよ、知ってた?」 「高校生にもなって日本人として当たり前の知識で威張るな。常識だ。」 「ですよねー…」 頬杖をつきながら冗談なんだか本気なんだかわからないやり取りをしていると、ふと水谷の指が小さな豆を一粒摘まんだ。 それは、そのまま水谷の口の中に消えていき、噛まれる度にポリポリと音をたてる。 「あ、案外おいしい。豆ってもっと味ないと思ってた。」 「そりゃ良かったな。」 「花井食べないの?数足りるよ。」 好んで食べたいほど豆は好きじゃないが、食べないわけにはいかなそうだ。 まあ節分だし、日本の伝統に従うとする。 無造作に口に放り込んだ一粒はなかなかに香ばしくておいしかった。 「ホントだ、結構うまいな。」 「でしょ!じゃあほら、年の数。」 「…お前も食えよ。」 「当たり前ー。」 十六粒、すでに一粒食べたから残り十五粒。 先程食べた一粒から想像するにそんなに大変なことではなさそうだ。 正直年の数豆食って何になるのかわからないが、そこは伝統だから、等と適当に理由をつけて良しとする。 とりあえずもう一粒、と豆に手を伸ばしたとき、今まで身動ぎひとつしなかった机に突っ伏す体がもぞ、と動いた。 器用に組まれた腕にのせられていた頭は持ち上がることはなく、そのまま首を回してこちらを向いた。 「あ、阿部おはよ。豆あるよ。」 「…豆?」 「今日節分だろ。田島が持ってきたのをさっき水谷がもらってきた。」 「おいしいよ。阿部も食べる?」 なんだ、さっきの有無を言わさず食え、みたいなやり方と随分違うじゃねぇか、等とは口には出さない。 しょうがないのだ、皆阿部大好きだし。 それを事実上独占しているからには多少の嫉妬は大目に見なければならない。 「…食う。」 そう言って阿部は… …俺は夢でも見ているのだろうか。 向かいに座っている水谷もそんなような顔をしている。 だってまさか、いくら寝起きだからって、これは。 阿部は口を開けたまま静止状態だ。 その目は半分瞼が落ちかかっていて、今にも再び夢の世界へ飛び立ちそうだ。 俺たちが反応を返さないのにそのまま待っているということは、すでに半分は夢の世界にいるのだろう。 これは、口に豆を入れろと、食べさせろと、そういうことでいいのであろうか。 どう考えてもそれ以外には選択肢がなさそうだし、一向に阿部の口は閉じる気配を見せない。 この状態のまま何もしないことは出来ず、恐る恐る指に摘まんだ豆を阿部の口許に運んだ。 そのまま開いた口に入れてやると、一瞬とまり、思い出したかのように噛み始める。 普段からは想像もつかないくらいゆっくり飲み込むと、少しだけ瞼が持ち上がった。 「…うまい。」 小さく笑いながら呟かれた言葉はどこか舌足らずでかわいかった。 思わずにやけそうになるのを必死におさえていると、視界の端でまた阿部の口許が、 「…はない、もう一個、」 再び開けられた口からこぼれたのは俺の名前で、それは同じ空間にいる水谷などではなく。 少しの優越感を感じつつ、また一粒摘まんで阿部の元へと運ぶ。 ぱくり、と食いついてきた阿部は、もう覚醒しているのだろうか。 例えそうでもこの何とも楽しい行為をやめる気にはならない。 従順に差し出した豆に食いついてくる阿部は、普段からは考えられないくらいおとなしくて、かわいくて。 まるで餌を待つ小鳥のようだ、なんて普段は結び付きもしない組み合わせも今なら納得だ。 一粒食べればもう一個、もう一個、と年の数は食べそうだ。 何度も口許へ手を寄せつつ、それでも全て一粒ずつ、決して急ぐことはしない。 ただ、少しでも長く、この行為が続けばと。 「ずるい!花井、俺にもそれやらせて!」 額に青筋が浮かんではいないだろうか。 何でこう、こんなにもコイツは空気が読めないんだ。 今の甘い(自分で言うのも何だが)空気を壊すとか、常人はきっと思い付かない。 あ、そうか、空気を壊したことすら気付いていないのか。 それ、とは十中八九阿部に豆を運ぶこの作業のことだろうが、そこは意地悪く聞き返してやる。 「それって何だよ。」 「俺も阿部にあーん、ってやりたい!」 「っ、」 こいつ、俺が今まで恥ずかしくてわざわざ思わないようにしていたことを易々と、 「無理。水谷にあーんとかやられたら豆不味くなる。」 「うわっ阿部ひどい!」 思わず横から響いてきた声に、一瞬息が詰まる。 それは確かに阿部から発せられたもので、その口調は寝起きなんかじゃないはっきりとした聞きなれた声で。 視線をやればすでに机に突っ伏した状態から体を起こしており、頬杖をついている。 目もしっかり開いて、ニヤリと笑いながら水谷を見つめている。 さすがに未だ寝起きと同じような状況であるとは思っていなかったが、ここまでいきなりだと多少驚く。 「つーことだから、花井、もう一個。」 あー、と開けられた口は少し口角が上がっていて。 俺にならあーん、ってやられていいのか、とか、一瞬頭に過るが気付かないふりをする。 水谷には申し訳ないが、一粒たりともやらせてやるつもりはないので、俺が数えていたところによるとあと九つ。 また一粒ずつ運ぼう。 口に入れてやればポリポリと噛んで飲み下す。 そして再び開かれる口にまた一粒運び入れる。 恥ずかしがることもなく、ただこの行為を受け入れている阿部に、終わったら俺にもやってくれないかな、なんて思った自分がバカらしい。 …あとで頼んでみようか。 愛しさは無限大 (くっそ、かわいいなぁ!) つち子さんの日記よりネタいただきました。 無断ごめんなさいっ! にしても教室で何やってんだかこいつら(おい) というか後半水谷エアー、空気!さすが!(何が) お題配布元:徒花 [back][next] |