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第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の3

「しかし、イリアはいいわよね」

「羨ましいわ」

「日頃の努力じゃないのか」

 やはり研究所勤めは、魅力的であった。カイトスとして道を進む者なら、誰もが憧れる就職先。それを苦労することなく就職できたことは、ある意味で奇跡に近いことだった。お陰で、毎日のように言われてしまう。

「ああ、私も行きたかったわ」

「ラドック博士が目当てだろ?」

「勿論! それ以外に何があるの」

「女って、単純だな」

「あら、そうかしら」

 しかしそれは、男にも当て嵌まっていた。相手は尊敬の対象であり、目指す目標となる人物。異性とは異なり同性の場合は、其方の視点でユアンを見る。だからこそ、両方に人気があった。

 その人気の人物の下で、働くことができる。それだけで多くの者達から「羨ましい」と思われ、妬みへと変わっていく。しかし、イリアはそれだけの実力を有していた。よって、ひいきで選ばれたのではない。

「頑張って、いずれはラドック博士の元へ」

「さあ、どうかな?」

「何よ。そういう貴方は、どうなの?」

「そんなに、ムキになるなよ」

 好きな人物に対して、この熱の入れよう。男子学生は、戦いてしまう。だが同時に、ユアンの人気の高さを改めて感じ取った。そして、心の中で思う。

 羨ましい――と。

 しかし、真似はできない。

「卒業する前に、一度は会っておきたいわ」

「それ、私も同じ」

「見納め……ふう、自分で言って切ないわ」

 アカデミーを卒業してしまえば、二度と出会えないといって過言ではない。アカデミーとユアンは繋がりがあるので、定期的に訪れている。しかしそうでない場所に訪れることは……奇跡が起これば、有り得るだろう。だからこそ最後に一目会えないかと、願ってしまう。

 多くの者達の必死な願い。それを見たイリアは、ユアンにこのことを頼めないかどうか考え込む。イリアの周囲にいる生徒は、クラスメイトであり友人。それにあの嫌な二人から守ってくれた、恩人でもあった。その人物が困っているのを、助けないわけにはいかない。

 しかし、都合というものがある。ユアンは、何かと忙しい身分。このようなことで時間を裂いてくれるかは、不明だ。だが、最初から諦めるわけにもいかない。それに恩返しをしたいと、イリアは思っていた。

 会うことができるとは、決まってはいない。このことを前もって話しておいてもよかったが、会えなかった時の落胆は予想以上のものがある。それなら、内緒にしておくのが一番の方法であった。イリアは周囲に気付かれないように小さく頷くと、帰宅したら電話をしようと決意した。

「俺は、様々な研究について聞きたい」

「夢がないわね。もっと大きく持たないと」

「なら、何がいいんだ?」

 その質問に対しビシっと中指を立てると、希望……いや、それは妄想だろう。それを口にした。

「デートする」

「それは無理だな」

「無理と決め付けないの」

 予想外の単語に、イリアは呆然と立ち尽くしてしまう。ユアンとデート――他のファンクラブの会員が聞いたら、何と思うだろう。下手をしたら、攻撃の対象となってしまう。勿論、容赦はない。

 それに尊敬している博士が、誰か特定の人物のものになるのが、イリアにとっては辛かった。


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