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第一章 異端の力
其の3

「……気になるか?」

「気にならない方がおかしい」

 ソラは暗い表情を作ると俯き、カディオから視線を外す。すると先程とは違い、カディオの表情が真剣になる。フォークを皿の上に乗せるとテーブルに両肘をつき、低い声音で語りだす。

「お前の辛さは、わかっているつもりだ。だが、プライベートまでは縛り付けることはない。たとえ力を持っている人物であったとしても、やって良いことに制限はないと思うが。それが、誰かを好きになるということであったとしても。ふっ! 我ながら、臭い台詞だな」

 頭を掻き、更に続ける。

「そんなことより、俺はお前の身体の方が心配だ。私的な考えだが最近、薬の濃度が異様に高くなっていないか? お前はどうか知らないが、立て続けに使用している奴等の顔を見るとそれがよくわかる。あれは、死人の表情だな。本当に科学者(カイトス)は、何を考えているのか」

 カディオはソラと友人関係を築くようになってから、ラタトクスについて色々と学んだ。其の為、ラタトクスが使用している薬のことも知っている。そして、それがどのような物かも――

「カイトスから、検診を受けろと言われている。今まで上手く誤魔化してきたが、どうもそれが仇となったみたいだ。カディオ、オレはどういう人間なのかな。時々、そう思うことがある」

「愚問だな。俺は、お前達の方が人間らしいと思う。まあ、カイトスがやっていることは常識離れしている」

「笑わないで、聞いてくれ。一般の人間に対して、どうして罪悪感があるのかわからないんだ。正確には、思い出すことができない。まるでスッポリと、過去が抜け落ちたような感じに。断片的には、思い出すことはできる。ただ、肝心な部分が……だから、とても苦しい」

「なんだよ、それ」

「タツキに聞いたら、薬の影響じゃないかと言われた。でも、明確には答えていなかったけど」

 タツキという名前に、カディオは特に表情を変えることはなかった。カディオは、タツキという女性がどのような人物か知っている。知っているからこそ、ソラがその名前を口に出しても変化を見せない。

 その時、テーブルに置かれていたスプーンが滑り落ち、乾いた音を上げる。その音に客達の会話が止まり、二人に視線が集まった。カディオは集まった視線に戸惑いソラに話しかけようとするが、言葉に詰まってしまう。目の前には、真っ青な顔をした友人が座っていたからだ。

 何事だと思い経営者の老夫婦も厨房から姿を現し、二人が座る席に急いで駆けつける。ソラ達と老夫婦は、顔見知りだった。いや正確には、ラタトクス達と顔見知りなのだ。老夫婦もまた、ラタトクスに偏見を持っていない数少ない存在。故に、何でも話すことができた。

 顔見知りの理由はラタトクスがこの店に来店し、話を聞いてもらうからだ。ラタトクスの大半は、両親がいない。生まれたと同時に捨てられたり、両親が亡くなっていたりと様々。よって老夫婦は、優しい父と母のような存在だろう。ソラも訪れては、会話を楽しんでいる。

 老夫婦はカディオから状況を聞くと、客達に心配しなくて良いと告げる。その言葉に客達は何もなかったかのように会話を再開し、楽しい食事を再開する。しかしとある一角だけは、そうではなかった。暗い雰囲気が、周囲を包み込む。それは、ソラの心の中を表していた。

 床に膝をつき、俯くソラに優しく声を掛ける。それによりはじめてソラは老夫婦の存在に気付き、囁くような声音で迷惑を掛けてしまったことを謝った。その言葉に、決して老夫婦は責めようとはしない。これも、器の大きさが関係しているのだろう。小さい人間であったら、責めていた。

「まったく、世話を掛けるな」

「……御免」


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あきゅろす。
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