第一章 異端の力
其の8
イリアは物事を深く追求しない性格の持ち主の為、それ以上は聞こうとはしない。ふと、テーブルに置かれた写真立てに目がいく。懐かしい思い出のそれは、イリアの記憶を過去に戻す。
「持っていたんだ、これ」
「捨てられなくて」
「捨てちゃ駄目よ。大切な思い出なんだから」
「思い出か……」
ソラは、戻れるものなら戻りたいと思っていた。この写真に写された、平穏な日々に。しかし、望んでも手に入らぬものはある。母が死に父が死に――ソラの前から、一体何人の人が消えていったのか。
――両親は、どのように死んだのか。
いきなり目の前から消え去り、自分を置き去りにした人は――
思い出そうとしても思い出せない。ただ、ひとつだけ鮮明に覚えている記憶がある。それは、誰ともわからない美しい女性が登場する。
まるで、夢を見ているようだ。
(おはよう)
脳裏に響く、美しい女性の声。貴女は、誰――
始めて聞く声だが、とても懐かしい。
そして、安らげる。
声と共に思い出すのは、何もない白い空間。
光を反射させ眩しいぐらいに輝き、その声の主が近くにいる。
手を伸ばしその人に触れようとするが、触れることはできない。まるで、遠くにいるような感じだ。
顔は、わからない。光が眩し過ぎて。
でも、オレは貴女を知っているような気がする。
何処で出会ったのかは、その記憶は幻のようだ。
名を求めようとすると、消えてしまう。
何故、このようなことを思い出すのか。
それは、今もってわからない。
ただ、無性に会いたい。
それが、儚い願いであろうと。
貴女の正体を知りたい。
それが、夢だから――
「ソラ! どうしたの?」
若い女の声に、意識が戻る。ハッとなり周囲を見回すと、心配そうに声を掛けてくるのはイリア。気付かない内に、意識が違う場所に飛んでいた。それにしても“あれ”を思い出す度に、懐かしさが込み上げてくる。
「本当に、大丈夫?」
「御免。少し、考えごとをしていて」
「やっぱり、疲れているんじゃない。休んだ方がいいって」
「明日から一週間休暇を取ったから、ゆっくりしているよ。それと旅行に付いていくってやつ、行かないとダメか?」
友人から送られてきたメールを閉じると、昨日イリアが送信したメールを開く。書かれている文面を見つつ、質問を投げ掛けた。自分の利益優先とも取れる文面。観光目的ならいいだろう。しかし、内容に問題がある。
「一緒に行きたいな。でも、忙しそうだし。できたらお願い」
「いきなり休みは取れないから。それに、金ないだろ? 金欠で迎えを呼んだのは、何処の誰だっけ?」
「だから、ソラと一緒に行きたいと思っているの」
イリアにとって、最大の難関は卒論である。これを提出し、合格を貰わなければ卒業できない。お金の問題ではなく、この先の人生が掛かっている。留年になってしまったら、恥ずかしくて外にも出られない。“カイトスを親に持つ娘がアカデミーを留年した”恰好の笑いものだ。
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