Luke + Guy
なみだ
シリアスでちょっと過去回想が入ります。
「ガイはなんでなかないの?」
唐突に、屋敷時代にルークからそう聞かれたことがあった。心の内を見透かされてるような気がして胸にもやもやを抱きながらも驚いたが、その驚きを顔には出さずに質問を質問で返した。どうしてそんなことを聞くのかと。すると、ルークはこう返してきた。
「だってガイ、つらそうなかおしてる。いたくて、でもたえてる、なきそうなかおだから」
ルークの言葉に俺は驚愕した。子供はやはり人の感情に敏感なのだろうか。そんなことを思って、自分の思いをごまかそうとした。しかしルークはしつこく聞いてくる。ああ黙れ黙れ。臓が煮え繰り返る。どうしてこいつは触れてほしくないことを触れてくるんだ。
「…何も、ないよ」
その時の俺は、ただそう答えることしかできなかった。本当の理由を答えたとしても、今のこいつには理解できないから無意味なんだし。理解できたとしても、ルークはどうするのだろう。俺を嫌うだろうか、それとも。
いっそここで殺してしまおうか、仇の息子を。俺がその気になればいつでも殺れるんだから。こんなにも近くにいるんだ。いつだってその細い首を飛ばせるんだ。黒く渦巻くどろどろの感情で。
確かに最初は復讐のためにファブレ家へ入り込んだ。俺の家族を、全てを奪った奴に同じ思いをさせてやる、と。しかし何も知らないルークは、俺の心を溶かしていくばかりで。復讐心が薄れていき、いつしかルークは俺の無二の親友となっていた。
さらにルークは本来復讐すべき相手ではなく、レプリカであった。いや、レプリカでも俺の親友ということに変わりはないが。本当に恨むべき相手は本物のルーク――アッシュだった。まあアッシュも今では恨む対象ではないが。俺は俺なりに過去にけりを着けたのだから。しかし、結果的に俺は罪のない奴に憎悪を植え付けていたということになる。
そしてアクゼリュスを崩壊させてしまったルークに冷たく言い放った言葉、
『あんまり、幻滅させないでくれ…』
何が幻滅させないでくれ、だ。ルークが周りに言わなかったのは、俺達が信じるに値する人間じゃなかったんだ。あいつはヴァンを信じるしかなかった。それにルークを育てたのも俺じゃないか。その俺にも責任はあるはずだ。この一言でどれほどルークを傷付けたか。そして傷付けておいて、何もなかったかのようにルークを迎えに行った俺は何様のつもりなんだ。謝っても、謝りきれない。
そんなことを考えていると、本人が話し掛けてきた。
「ガイー!何してんだー!」
本当はまだ7歳の、17歳の子供がこちらに走り寄ってくる。
「ああいや、少し考え事さ。それよりどうした?気分転換できたのか?」
「ああ!気を遣ってくれてありがとな」
「大したことじゃないさ」
そう言って、ルークは俺の隣に座る。といっても階段に、なんだが。俺につられてルークも階段に腰を下ろした。
今、俺達はケテルブルクに来ている。ケテルブルクに到着し、俺が自由時間にしないか、と皆に聞いたら同意してくれた。最近は戦闘ばかりだったし、皆も疲れているのだろう。女性陣は雪の降る街ならではのものを見物に、ジェイドはネフリーの所へとそれぞれ別れた。
俺はルークに少し風に当たって来い、と。世界を覆う障気を中和し、消えるはずだったルークは消えなかった。そのことに俺は本当に安堵した。もちろん他の皆も、感情を表に出さないジェイドだって見て分かるように。
しかし喜ぶべき本人は、度々思い詰めた表情で何かを考えているようだった。そこで俺は思ってしまった。――また、こいつは消えてしまうのではないか。もし、そうであるのなら俺は…
「…なあ、ガイ」
「ん?何だ?」
ルークが夜空に輝く月を見ながら聞いてきた。表情はいつもと変わりないな、と油断していた。
「ガイはどうして泣かないんだ?」
度肝を抜かれた。先程まで考えていたことを聞かれるとは。動揺し言葉に詰まる。
「…何を聞き出すんだ急に」
「いや、ぼんやり考えてさ…そういえばガイが泣いたの見たことないなーって」
「ぼんやりって…ルークは俺のこと考えててくれたのか」
「ばっ…そうじゃなくて!あの、さ!」
今度はルークが動揺する番になった。こういう慌て振りは昔から変わらない。ルークも随分と変わったが、根本的なところは変わってはいない。まあそこは変わってしまうと困るんだが。
「ガイってさ、何気に一番つらい思いしてないか?昔っから…」
「そうか?俺はそう思ったことはないけどな…」
確かに故郷や家族を失ったりとつらい思いはしているが、俺自身そこまで悲観はしてはいない。客観的に見ればそう見えるのだろうか。
「結構つらいのに、何で泣いたりしないんだろうなーって考えて…」
「お前、屋敷にいたときも今と同じようなこと聞いてきたぞ」
「えっ?そうだったのか?俺全然覚えてねえや…」
「ははは、ルークは他に覚えることがたくさんあったからなあ」
「確かに…ガイにはいっぱい教えてもらったよな。今更だけどさ…ありがとな」
「おいおい何言ってんだ、最後みたいなこと言うんじゃねえよ」
「いや、なんか言わなくちゃいけないって思って…さ」
そう言うと、ルークは顔を伏せた。今にも不安に押し潰されそうな表情だ。顔上げろと背中をぽんっと軽く叩いてやって、その手でルークの頭を撫でてやった。屋敷にいる時によくしてやっていた行為だ。その時のルークは羞恥で抵抗しながらもひどく嬉しそうな顔をしていたっけ、とふと思い出す。
「うん…ごめん。何でもねぇっ!」
「そうか、無理すんなよ?」
「ガイだってそうじゃん。で、質問の答えだけど…昔は何でなんだ?」
「ん?ああ…」
話をうまく逸らそうとしたが無駄だった。ルークも成長したんだな、としみじみと感じた。口を開く前に辺りを見渡す。幸い今は夜、人通りが少ないので他の人に聞かれることもない。
「昔はな、仇の息子がこんなにも近くにいるのに殺せない自分が不甲斐なくてさ」
「…うん」
「故郷の皆に申し訳なかったよ。その気になればいつでも殺せるのに、公爵に同じ思いをさせてやれるのにってな」
「………」
視線をルークにやると、複雑そうな表情で黙り込んでいた。また悩んでいるのだろう。もう終わったことなのに。
「そんな顔するなよ。今はもう何にも思っちゃいないさ」
「うん…」
「聞いてよかったのか?」
「ガイの本心知れたから…いいんだ」
「そうか…」
ルークは本当に消えてしまうから俺に聞いてきたような気がした。もしかすると、こいつは本当に――
「…で、今は何でなんだ?」
「ああ、今はな…お前が泣かないからだよ、ルーク」
「へ…俺?」
ルークは驚いたようで目を見開いた。どうしてか理解できないんだろう。しかし本当にこいつが泣かないから俺は泣かないんだ。
「な、何で俺が泣かないからなんだよ?」
「いや…おまえは自分が消えなければならないって知って、つらかったろ?」
「あ、ああ…まあな…」
障気を中和するには被験者かレプリカの命が必要だった。ルークはアッシュの代わりに消えることを自らの意志で選んだ。世界にとって、一人の犠牲は小さなものかもしれない。だが親しい奴らにとっては大きな犠牲だった。
「皆のためなら仕方ないって思ったけど…正直言うと、皆ともっと一緒に居たいって思った」
「当たり前だろ、そう思うのは」
ルークはルークなりに考えていたんだ。自分の存在意義について。何故ここに生きているのか、何のために。
「本当は泣きたかったんじゃないのか?」
「…そっ、それは、その…」
「…図星か?」
「ははは…まあ…そうだけど…」
そう言うとルークは黙り込んでしまった。俺は辺りを見渡し、誰もいないことを確認してルークの肩を叩き、言った。
「なら、今泣いとけ」
「……は…?」
ルークは「意味わかんねーよ」と言ってきた。確かにそうだろう。俺の頭の中にはふたつの理由がある。
ひとつは俺にもよくわからないが、ルークが消えてしまう前に、と思ったのだ。しかしこれを理由として伝え、ルークが本当に消えてしまうと答えたらそれは確信へと変わってしまう。それにこの事を伝えた瞬間に分かってしまうであろう。ルークは嘘をつくのが昔から下手だから。動揺して顔に出るだろう。
苦し紛れにもうひとつの理由を答える。
「まあ、今まで泣けてなかったんだろ?だからその分、今泣いておけばいいさ。つらかったんだろ?怖かったんだろ?」
無論俺も恐怖を感じていた。これまでずっと近くにいたルークが消えるだなんて。信じられなかった、いや、信じたくなかった。
「…ああ…怖くて消えるのが嫌で…だけどアッシュが…あいつ、が…!」
ルークはまた顔を伏せた。ルークの肩が震えているのが見てわれる。俺は安心させてやるように、なるべく優しい口調で言ってやる。
「そうだな。だけどなルーク、俺はお前の方がよくやったと思うぞ?世界が、皆が消えるのが嫌で自分から消えることを選んだんだろ?強くて優しいよ、ルークは」
それを聞くとルークは直ぐさま顔を上げ、信じられないという表情をしながらこちらを見てきた。
「ガイ…。そんなことない…俺は…意気地無しで…決断するのにも時間もらって…アッシュは自分から…」
「だからアッシュと比べる必要はないんだよ。お前はお前、アッシュはアッシュ。そう言っただろ?」
「うん…だけど…」
頑なに自分を否定するルークは泣きそうな表情をしている。泣きたいくせに泣こうとしない。抵抗する必要はないのに。
「あーもう!自分を否定すんな!お前はここに存在してる、必要とされてる。それでいいんだ」
「…!あ、ああ…」
言ってやるとようやく否定するのをやめた。こいつは自分の命を軽視しすぎる。こんなにも必要とされているのに。悪い点だ。
「わかったな?」
「ああ…ありがとう、ガイ」
「どういたしまして」
「あ、あのさ…さっきの…話…」
ルークがそこまで言うとまた黙り込んでしまった。泣きたい証拠か。
「ああ。よく頑張ったな、ルーク」
そう言って頭を撫でてやる。途端にルークは肩を震えさせ、胸に抱きついてきた。
「う…っ…ぁ…ひっ…!」
「ようやく泣いたか。すっきりするまで泣けばいいさ。な?」
「うあ…ぁ…!」
抱きついてきたルークの背中を、頭を撫でていた手で摩ってやる。すると本格的に泣き出したようだ。
彼が泣くのを何時振りに見ただろうか。泣きそうな顔は何度か見たが。俺以外の前ではきっと泣かないであろう。だから思う存分泣けばいいと思った。
そして見ていてふと思った。こいつはなんて綺麗な涙を流すのだろうか、と。
泣き止むまで背中を摩り続けてやった。
なみだ
ルークを泣かせたいという気持ちだけで書いた小説だったような記憶が
2012.4.17 加筆修正
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