Yuri × Flynn
手を伸ばせ
『だから、挫けない』の続きになります
アンカ視点です
「遅えなフレン…」
フレンは夜には戻ると告げ、どこかへ去って行った。推測だが、また酷い目に合わされているのではないだろうか。それを救うことができないのが非常にもどかしい。
時刻はもう八時を過ぎていた。いつもなら夕食を食べてる時間なのに。
特にすることもなくベッドに横になっていると、うるさいくらいのノックとは言い難い音が聞こえた。
『おいアンカ!いるなら開けてくれ!!』
同室の騎士の声だ。
「騒々しいな…どうしたってんだよ」
『フレンが…フレンが大変なんだよ!!』
「え…な、何があったんだ?!」
フレンと聞いて慌てて扉を開け、そいつと手短に話をすると、俺達は直ぐさま医務室へと走って向かった。
慌てて医務室に駆け付けると、ベッドにはフレンが横たわっていた。彼の身体は傷と痣だらけで、それは思わず目を背けたくなるほどだ。
「ちょ…おいフレン!平気か?!」
慌てた俺の呼び掛けに、ゆっくりとフレンが目を開けた。
「ぅ…あ、アンカ…?」
「ああそうだよ!俺だ!」
フレンが目を覚まして安堵感を得たと同時に、俺は怒りが芽生えてきた。
どうしてこんな目に合うまで。
「…っ何で!何で言わないんだよ!」
「アン、カ…?」
フレンが何故怒っているのか分からないという表情でこちらを見る。その様子を見て、どうしてこんなところで鈍感なんだと苛立ちを感じてしまう。
フレンが俺達に助けを求めてくれれば、手を伸ばしてくれれば助けてあげられるというのに。
「お前また暴力振るわれたんだろ?!フレンが頼ってくれたら解決するんだよ!もうこんなお前を誰も見たくないんだよ…!」
「アンカ…。すまない…」
フレンが悲しそうな顔をする。それは彼が抱く罪悪感のせいなのか、それとも。
「ユーリだったら、何て言ってると思うんだ…」
「…ユー、リ」
フレンがユーリという人物の名に少し反応した。
ユーリならきっと「心配かけやがって」と呆れながら言うだろう。内心ではかなり焦っているのに、それを顔に出さない奴だ。フレンもそこまで心配をかけているとは思っていないのだろう。観察力の鋭い俺だって、ユーリの心情に気付くことは容易ではなかったのだから。
しばらくして、フレンが口を開いた。
「…これからは、ちゃんと話してから、行くよ」
フレンのその一言に、さっと血の気が引いた。こいつ、今、何て言った。ちゃんと話してから、行く――
フレンはまだ行くつもりでいるってのか?
「フレン!だからもう行かなくていいんだよ!!痛い思いもしなくていい!!耐えなくて」
「僕は平気だよ、アンカ」
ほとんど怒鳴り散らしている俺の言葉を、フレンが宥めるように穏やかな口調で話し掛けてきてそれを遮った。彼の顔には笑みが浮かんでいる。
「平気って…お前…!」
「これぐらい耐えなきゃ。それにあんまり酷くやられたら抵抗するから、大丈夫」
こんな身体で、まだ耐えるなんて。それに抵抗なんてできないくせに。
いつものフレンなら殴られれば殴り返しているであろう。ユーリほどではないが、俺もフレンを昔から見てきたからわかる。だがこいつが抵抗しないということは、おそらく脅されているはずだ。抵抗すれば俺達に危害を加えるとでも言われたのだろう。
こいつはまた、一人で全てを背負い込もうとしているのだ。そんな彼に、そっと手を差し延べるように口を開いた。
「なあフレン、俺達仲間だろ?そんなに俺達が頼りないのかよ?」
「それは違う!…もうこれ以上、皆に迷惑かけたくないからだ」
「なら尚更…!」
再び声を荒げようとした俺を遮り、フレンが強く意志を固めた瞳で俺を見つめて言った。
「わかってほしいんだ。僕は耐えることができるから、皆は心配しないでほしい。僕は弱くなんてない。だから心配いらないって」
「フレン…」
フレンは頑固だから、こうなると誰が何と言おうが一歩も退かない。しかしユーリならきっと言い負かして、無理にでも手を引っ張っているだろう。俺にはそれができない。力が足りないのだ。ここにあいつがいればいいのに、と思わずにはいられなかった。
これまでにフレンは何度も同じような目に合わされてきた。最初はあまりの衝撃に驚愕した。傷だらけになったフレンが何事もなかったかのように振る舞い、部屋に帰ってきたのだ。事情を聞こうとすれば、彼は苦笑いを浮かべ「派手に転んだよ」と口にした。だが、それが嘘だということは一目瞭然で。まず転んだぐらいでそこまで酷い傷ができるはずがない。俺達は皆、どうにかして事情を聞こうとした。しかしフレンがあまりにも理由を隠すため、尋ねることができなくなってしまったのだ。
しかし俺達も何も行動を起こさず指をくわえて見ているだけという、歯痒い状況に耐えていられるほど大人ではないし、仲間が傷付くのを黙って見ているほど冷たくはない。フレンに聞かずとも薄々気付いていたのだ。フレンをこんな目に合わせたのは下町出身や下民を忌み嫌う貴族共だと。
何度も行動を起こし上官にも伝えたが、貴族の権限により暴力事件など揉み消されてしまった。中には先走って貴族に手を上げてしまい、騎士団を強制退団させられた者もいる。それ程までに、俺達は必死だったのだ。
しかし最近になってその行動が咎められ、俺達は動くに動けなくなってしまった。そして俺達がそうすることで、フレンに矛先が向き、余計に暴力を振るわれてしまったのだ。フレンが傷付く姿は見たくない。だから、フレンが自ら手を伸ばしてくれるまで待とうということになった。先程は耐え切れずに思わず差し延べてしまったが。
そんな俺達に負けず劣らず、フレンは無茶をしすぎる。だけどせめて今は、助ける事ができない今だけは、こいつの意見を尊重したい。こいつの思いを殺したくはないから。
「…わかった。だけどホントに無理だったら話せよ。最悪ユーリも呼んで…」
「ユーリは、呼ばなくてもいいよ」
そう返されて少し驚いたが、すぐに理解した。ああ、そうだ。フレンはユーリに心配かけるのが嫌なんだっけ。
「…ったく、わかったよ」
「ああ、ありがとう」
フレンが笑顔を見せる。まだ彼に自ら笑える力ぐらいはあることに少し安心した。だが着実に限界は近付いているのだ。なにがなんでも助けてやらなければならない。
「じゃあな、俺は戻っとくよ。ゆっくり寝てろよな!」
「うん」
安静にしているようフレンに言い、手を振り部屋を立ち去る。フレンはこちらを見て穏やかに微笑んでいた。
「どうすっかなー…」
同室のもう一人は今日は見回りらしい。フレンのことを俺に伝え、共に医務室に向かい着くと同時にフレンを心配している様子で足早に去って行った。帰ってきたらフレンの様子について伝えてやらねば。
フレンが発見されたのは、滅多に行かないし通らない旧舎の方だった。見回りの騎士が興味本位でそちらに立ち寄ってみると、部屋の扉が開いているのが目に入った。そして地面には誰かが倒れている。歩み寄ればそこには傷だらけになり血を流したフレンが倒れていたらしい。もしそいつが見回りに行っていなかったらとしたら、フレンは後日再び暴力を振るわれていたのではないだろうか。そう想像するとぞっとする。
そこまで思考を廻らせ、ふと時計に目をやると時刻は9時を過ぎていた。先程から大して時間が経っていないことに驚く。このままぼんやりしていても時間が勿体ないので何かないかと考えていると、ふと思い付いた。
「…ユーリんとこ行くか」
そして俺は下町を訪れた。任務の行き帰りには度々通るのだが、その時とはまた違う気持ちで一歩一歩踏み締めていく。幸い明日は少し休暇をもらっているので、少しの間下町に居ても何の支障もない。
「ちょうどいいし、下町の皆にも会ってくかなー…」
下町の皆を思い出しつつそう一人呟いていると、背後から声をかけられた。
「アンカ…?お前、アンカじゃねえか?」
「あ?誰だ……あ!」
話し掛けてきたのは、目的の人物。黒髪長髪で下町で知らないやつはいないであろうと思うほど。
「ユーリじゃねーか!久しぶりだなー!」
そう言ってユーリに駆け寄り思わず彼の背中をバシバシと叩いた。俺の変わらぬ行為にユーリは軽く笑った。
「ははっ、だな。もう二ヶ月振りぐらいになるのか」
「そうだなー…お前が騎士団辞めたのそんぐらいだしなあ」
「……騎士団、か」
ユーリは呆れたような、悲しそうな表情をしてぼそりと呟いた。ユーリのその心情は、俺には分からなかった。
彼なりの考えがあって騎士団を辞めたのだろう。俺も最初は反対したが、ユーリの瞳を見て理解した。ユーリにはユーリの正義がある。彼の瞳はどこか遠くを見据えていたのだ。
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