Yuri × Flynn 碧き瞳が目覚めることを 続いて四部作の3話目 ユーリさんまだグダグダしてます 目を覚ますとそこはフレンの病室だった。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。窓の外に目をやれば辺りは闇に包まれていて、まだ夜だということがすぐ理解できた。なんとも微妙な時に目を覚ましてしまったものだ。 フレンは、今だに目を覚ましていない。 「いつになったら目ェ覚ますんだよ。お前は」 ぼそりと呟きフレンの頬を撫でた。子供扱いしないでくれ、などといつも小言ばかりで休まぬ彼の口が動くことはなく、余計に寂しさが増しただけ。 そんな感情を振り払うように自分の中で話題を変えようと、そういえば、と思い出した。 この2日間ろくに食事を取ってない。正確には食事が喉を通ってくれないのだが。もう少しまともな生活は送ったらどうなんだ、とフレンの声が聞こえてきそうだなどと思いつつ席を立った。 騎士団にかつての友人達がいるからそいつらから掻っ払えばいいだろ、と物騒なことを考えつつ扉を開こうとすると同時に、ノックの音が聞こえた。時刻を見れば良い子はもう寝る時間だ。こんな時間に来る奴と言えば仕事帰りの騎士達ぐらいしか思い付かず、入れと促す。 ギイ、と音を立て扉を開いた人物は―― 「失礼する。…フレン団長はまだ目を覚まされていないのか」 猫目の姉ちゃん――ソディアだった。 彼女はオレを押し退けるように部屋に入ってくると、まだ眠っているフレンの姿を見て溜息を漏らした。 オレ達の任務であった魔物討伐の話を聞けばなんとか撃退できたとのことだ。フレンが運ばれて行った後多少の動揺が騎士達に走っていたが、ソディアの凛とした掛け声によりすぐに立て直し、魔物討伐へと至ったらしい。さすがフレンを見てきただけはある。 魔物討伐にはもちろんカロルとラピードの働きもあり、彼らはその後騎士団により無事帰らされたという。 そしてその後2日間、騎士団はせわしなく情報工作を行っていた。騎士団長が倒れたなんて市民に知られてしまえば混乱は免れない。帝国には大きな衝撃と動揺が走ることはまず間違いないだろう。さらに貴族でフレンをよく思っていない者はこのことを利用して何かしらしてくるのではないだろうか。 このような不安要素が多々あったため、騎士団は知られないようにと慎重に行っていたのだ。どうりでこちらに情報が全く来ないわけだ。 しかし下町は感づいているような気がしてならない。オレは2日間下町に帰っていないのだ。ギルドの仕事ですぐに終わると言い残し、それきりだ。 ソディアはさらにフレンに近寄ると、彼に優しく声を掛けた。 「団長、貴方が帰って来てくれることを、皆信じて待っていますから」 そして今度はオレに振り向き口を開いた。 「…ユーリ・ローウェル。どうか、団長のお側にいてあげてほしい」 「フレン団長が目を覚まされた時、お前がいれば安堵なされるだろうから」 「…ああ、離れるつもりなんてねえよ」 オレは彼女の頼みに少々驚きつつも返事をした。オレを刺すほどまでに憎んでいた彼女からそんな言葉が聞けるなんて。オレとフレンが恋人同士になったと聞いて、ソディアは始めは気難しい顔をしていたが、いつしかフレンにとっての幸せが今なのだと認めてくれていた。 そばにいてやれだなんて、言われるまでもない。今のオレにはこいつのそばにいてやることしかできないのだ。 そんなことを考えていると彼女は急に腰にさしていた剣を抜き、勢いよくオレに向かって突き立てた。 「だが、そんなしけた顔のままでは許さない!男ならもっとしっかりしていろ!!」 「おっかねえな…わかってるよ」 そう言って剣をやんわりと手で制すと、ソディアはおとなしく剣を収めた。 「それならいい。私は団長の分まで仕事をしなければならないのでこれで失礼する」 「そりゃご苦労さん」 ソディアが踵を返し扉を開けようとしたところ、思い出したかのように振り向いた。 「食事はこちらで準備させる。もう少し待ってもらえれば…」 「何から何まで悪いな」 「私達は団長のために、市民のために動いているだけ。騎士として当然だ」 彼女のその台詞はフレンがよくに口にしている台詞で、こんなところまで影響されているなんて。そのことが可笑しくて思わず吹き出してしまいそうになったが、今度こそ彼女の剣がオレの脳天を貫いてしまいそうだったのでなんとか堪えた。 去って行く彼女の背を見ていると再び立ち止まりこちらに振り向くと言葉を連ねた。 「それと、団体客が来ている。…入りなさい」 そう言ってソディアが開けた扉の先には、 「彼らとは同期だと聞いたが…」 かつての同期の騎士達だった。 そうしてソディアは敬礼すると足早に去って行った。彼らもまた敬礼し、彼女が去ったことを確認すると一気に気を緩ませくだけた表情をした。 「ようユーリ!」 「ああ、久しぶりだな」 「久しぶりじゃねーよ!2日前に会ってんだろーが」 「フレンのことで頭いっぱいで、お前らのことなんか忘れちまってたな」 「ひっでー!」 同時に笑い声が起きた。こうして皆で笑い合うことが随分久しく思う。最後にこうして笑い合ったのはいつだろうか。 ここにいる奴らは皆同じ下町生まれで下町育ちだ。貴族共に汚らわしいなど薄汚いなど罵声を浴びせられようが、下町根性でここまで這い上がってきた。志を共にし、同じ戦場を駆け抜けてきた仲間達だ。 「…フレンの様子は?」 一人がそう尋ねてくると同時に、皆フレンに目を向けた。その言葉で部屋に静けさが戻る。 フレンもオレ達と同じだ。肩を並べ合い、競い合いつつ共に成長した仲間なのだ。 「今は安定してる。…あとは、フレン次第だな」 「何言ってんだよ!」 急に声を張り上げたのはアンカだった。 「フレン次第じゃねえだろ!フレンにだけ任せんなよ!ユーリにだって責任はあるんだぜ?」 「オレらの気持ちだって、フレンには必要だろ!」 アンカはそう言うと笑みを浮かべた。 こいつに言われて気付いた。オレはフレン次第だとほとんど諦めていたのだろう。フレンは今、生死の狭間を彷徨っているというのに、オレは願うことすらできていなかった。なんて情けない。なんて弱いんだろうか。少なくともここにいる奴らは皆信じて願っているというのに。 誰もがフレンが倒れるだなんて予想だにしていなかった。そんな予想外な事態が起きたから、オレはとても慌てた。そんな時こそ、こいつらみたいに冷静でいなければならないのに。 つくづくまだ子供なんだなと、自嘲の笑いを浮かべた。 「…そうだな。フレンを一人で戦わせるわけにはいかねえよな」 そう言って今度は不敵な笑みを浮かべると、他の奴らもそれぞれ笑みを浮かべた。 こいつらも始めは少しばかり不安があったはずだ。しかしここにいる皆はフレンの強さを目の当たりにしてきている。だからそんなフレンなら大丈夫だと思い直し、信じて止まないのだろう。自分自身が随分弱気になっていたことを改めて思い知らされてしまった。 「じゃあ俺らもそろそろ帰るわ」 「じゃあな、ユーリにフレン!」 「フレン!起きたらユーリの様子教えてやるからな!」 「おいおい、やめろっての」 口々に言葉を並べていくと、彼らは去って行った。ふと見たフレンの表情が、少しばかり和らいで見えた。 一気に部屋が静まり返る。どこか虚しく、悲しくもあった。 先程彼らが来て、ふと思い出したことがあった。 フレンは孤独だった。 騎士団員の端くれだった頃も、頭が固く真面目で近寄りがたい性格だったせいか、他の奴らと話しているのをあまり見たことがなかった。オレが騎士団を辞めるときに他の同期の奴らにフレンのことを頼んでおいたが、現状はよく知らないままだった。 ただ最初の頃こそ一人でいたが、時が経つにすれ誰かと一緒にいることが増えていったようだった。 しかし、小隊長、騎士団長と立派になるにつれ周りの奴らとは一気に疎遠になる。騎士団長という立場は周りからすれば孤高の存在であり、親しく話し掛けることなどできなくなる。だからフレンは同期の騎士達と言葉を交わすことも少なくなっていった。 フレンも複雑な心境だったであろう。近かった存在が急に遠くなって、皆敬語で話し掛けてくる。どうしても距離を置かれてしまい、以前のように話せなくなって。強くあろうとするフレンも、さすがに孤独感を抱いたはずだ。 そんなことを考えていると夕食が届けられた。やはりというか、あまり喉を通ってくれなかったがまたフレンから小言を言われてしまいそうだと思ったので、少々無理矢理だが食べ尽くした。 そしてオレは再び眠りについた。フレンの手を握りしめて。明日こそはフレンが目を覚ましてくれるよう、祈りながら。 翌日は小鳥のさえずりで目を覚ました。フレンへと目をやると、彼はまだ目を覚まさないままで。 「フレン、寝坊だぞ。騎士団長がそんなに寝ちまってどうするんだよ」 そう声を掛けてもぴくりともしないフレンに虚しさを覚えた。しかし、きっとこの声はフレンに届いているのだと信じた。絶対に聞こえている、目を覚ましてくれるんだ、フレンは。ただ、そう信じた。 しばらくすると、鼻歌と共に足音が聞こえてきた。 「おはようございます!」 「はいはいおはよ〜!」 騎士が挨拶をしている。そしてあの軽い感じで誰かは検討がついた。そして、ノックも無しにいきなり扉を開けてきたのは―― 「おっはよー青年!ってうわ、ひどい顔。せっかくの男前が台無しよ〜?」 「おっさんこそ寝癖がひでえぞ」 「おっさん朝に弱いのよ…あー眠い」 おっさんはそう言って大きな欠伸をした。話していると不思議と緊張感がなくなる。この場には場違いではないかと思うのだが、彼はフレンが心配で駆け付けてくれたらしい。今目の前にいるおっさんの様子からは信じられないが。 「まだ眠いからフレンちゃんの隣で寝かしてくんない?」 「もう帰れよおっさん」 「あー嘘だってば!」 それからおっさんは一息つくと、険しい表情になった。恐らくフレンがまだ目を覚ましていない状況を察してだろう。 ギルド経由でフレンが重傷を負ったことはレイヴンの耳にも届いていた。きっと彼もここまで酷いものとは想像していなかったのだろう。レイヴンはもう既にフレンは目覚めていて、ユーリと仲良く話しているところを邪魔しに来たつもりだった。まさかここまでとは。 「今の青年ほどじゃないけどさ、青年が行方不明の時、フレンもひどい顔してたよ」 エステルほどではないが、おっさんもフレンと顔を会わすことが何度かあったらしい。その時に少しばかり話していると、フレンがぽつりと呟いたのだ。 「もしユーリがいなくなったら、僕はどうすればいいんでしょうか」 それは今にも消え入りそうな弱々しい声で、いつものフレンからは想像できないものだった。そんな彼に、ただ励ましてあげることしかできなかった。 「青年は帰って来るよ!それまで信じて待っててやんな」 そう言って自分よりも少しばかり背の高いフレンの頭を撫でてやると、困ったように笑い謝ってきた。レイヴンさんを困らせてしまって、と。見ていてただ痛々しかった。そしてあの子の中で青年は大きなものなのだと改めて思わされた。青年がいないだけで、あんなにも弱ってしまって。そう思うと同時に青年を少しばかり恨んだ。大切なあの子を困らせてばかりで。 「そんなんだったらおっさんがフレンちゃんをもらっちゃうよ?」 「冗談は顔だけにしとけ。フレンは誰にも渡さねえっての」 と、おっさんの発言を一蹴してやった。だが確かに困らせてばかりいる。フレンが気にし過ぎだというのもあるかもしれないが、オレは事件ばかり起こして。だけどあいつはそんなオレに愛想を尽かすことなんてなかった。 「そう思うんなら目を離しちゃダメよ〜?いろんな人に励まされてたけど、ずっと不安げな顔してたよ」 まるで犬みたいで放っておけなかったとおっさんは続けた。 フレンもオレと同じように無茶をするので放っておけない。今回のように自分のことは二の次、三の次で。 オレとフレンはお互いに必要な存在だ。オレだってフレンが危険な目にあえば命を懸けて助ける。ただ、その命を失ってはいけないことはわかっている。フレンは今回自分がどうなるかわかっていたはず。一歩間違えれば即死していただろう。気が動転してしまったようで騎士団長とあろう者がとんだ判断ミスだ。そう言うオレもカロルを助けるために少しばかり無茶をしたが。 そう考えているとおっさんがこちらの胸の内を見抜いたかのように。 「おっさんからすれば二人とも無茶してるけど、フレンの方が危なっかしいわ」 「しかも本人にあんまり自覚がねえ。昔っから大変だったんだぜ?」 それは大人になった今も変わらなくて。下町では困ったことがあればお互い様で、危険を顧みなかった。いつしかそれがオレ達にとって「普通」のこととなってしまい、フレンは特に気にせずそのまま育ち騎士になった。自覚がないのも仕方ないのだろうか。 だから、早く目を覚ましてほしいのだ。昔のように困ったような、悲しそうな笑みを浮かべて「ごめんね、ユーリ」と言ってくれれば。 彼の手をさらに強く握りしめた。 オレはただ、願い続ける。 碧き瞳が目覚めることを 部屋の外の様子を見たおっさんが気の抜けた声を出した。 「お、青年!お客だよ〜」 「誰だ?」 おっさんの呼び掛けに応え振り向くと、そこに立っていたのは―― 「……ユーリ」 「…カロル」 うちの小さな首領だった。 ようやく出来たぜ…ユーリさんまだグダグダやってますすみません早く立ち直らせますww ソディアがよくわからん! アンカて誰やねんと思った人は『だから、挫けない』を読んでくださいね オリキャラだからなるべくでしゃばらせなかったつもりですが大丈夫だろうか [古][新] [戻る] |