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いつまでもともに
13―3


「幸村、全然起きやがらねぇな」

「旦那が寝てるのはアンタが原因でしょーが!ったく…」

「Haha!爆睡してるみてぇだな。この様子じゃ騒いでも目を覚まさねぇだろ」

片倉の旦那は運転を担当し、独眼竜は助手席に、真田の旦那と俺様は後部座席にそれぞれ乗っている。後部座席と言っても随分広いが。さすがは伊達家と言ったところか。おかげで旦那は窮屈な思いなど一切せずにぐっすり眠っている。揺さ振ったとしても中々起きないだろう。

「…随分遠回りをしたな、お前ら」

「ホント、自分でもそう思ってるよ。ま、こうして辿り着けたからいいんだけどさ」

「お前らを見てると、以前のオレ達を思い出すぜ。なぁ小十郎?」

独眼竜の問い掛けに片倉の旦那は頷いた。二人は穏やかな笑みを浮かべており、一体何のことかと尋ねた。

「……小十郎は、前世じゃオレを護って死んだ」

独眼竜のその言葉に俺は言葉を失った。そんな素振りまるでなかったじゃないか。二人から感じられやしなかったじゃないか。驚愕する俺を尻目に独眼竜は淡々と言葉を連ねていった。
前世にて真田幸村の死後、当然独眼竜は落胆していた。ようやく巡り会えた自分に相応しい好敵手を失ってしまったのだから仕方がない。彼は真田幸村が秀吉を倒すだろうと予測はしていたが、相討ちになるとまでは思っていなかったのだ。だからこそその衝撃は大きかったが、どこか清々しさがあった。真田幸村は幸福を勝ち取る為の努めを果たしたのだと。
それから時が経ち、土や緑が白く染められる季節。その時期に運命の時は訪れた。
奥州に奇襲部隊が突如として現れたのだ。それも何処の軍か把握できぬ上、実力も未知数。誰が大将かすらもわからない。少なくとも奇襲部隊が奥州にも劣らないという実力であることが、伊達軍を打ち破っていく様子で明確になった。しばし戦から遠ざかっていた伊達軍は苦戦を強いられた。
奇襲部隊の数も随分減った。そろそろ決着がつき撤退するだろう。満身創痍である政宗はそう油断してしまった。だから気付けなかった。常に背中を預けている小十郎が、軍師として采配を奮っている今は背中にいないことを。背後から迫りくる刃を。

「政宗様ッ!!」

声が聞こえた。幼き頃より自身を支えてくれた、背中を預けるべきあいつの、心配性で小言の絶えない、オレの右目の、小十郎の声が。

「…小十郎ッ!?」

振り向いた政宗の左目に映し出される、右目の倒れゆく姿。刃だけでなく雨のように降り注ぐ貫く弓。白を染めていく赤。降り積もる雪。冷えた感覚。冷たくなっていく身体。疼く己の右目。

「政宗様…どうか……」

そうして右目の瞳が開かれることは、二度となかった。人とはこんなにあっさり死んでしまうのか。今まで生き延びてきた右目がこんなにも一瞬の内に命の灯を消してしまうのか。そうして悲しみ、嘆き、怒り、そういった感情を抱いたことが微かに記憶に残っているだけで、後のことは微かにしか覚えていない。
そうして現代にて意識を取り戻した時、彼は小学生だった。それまでは普通の子供として生きてきたが、前世の記憶が甦ったことにより普通ではなくなった。己の生き様を思い出し、複雑な感情を抱いた。取ることのできなかった天下、決着を付けられなかった好敵手である紅蓮の鬼、大切な部下達と農民達、己の半身と言っても過言ではない右目。気付けば後悔ばかりで。真っ当に生きてこれたか政宗自身にはわからない。この疑問に答えられるのは、恐らく右目だけだ。

「なぁ小十郎。オレは真っ当に生きてこれたか?」

「何をおっしゃる。当然でしょう。この小十郎が保証致します」

「…そうか」

隣にいる右目は右目であり、そうでなかった。片倉小十郎であることは間違いないのだが、前世の記憶を持っていなかった。だから政宗の質問に正しく答えられるはずもない。記憶が戻ればいいのに、と思ったが、小十郎が記憶を取り戻せばどうなる?彼は政宗を最期まで護りきることができなかったことを悔い、それは切腹でもする程だろう。ならばこの記憶は小十郎には言わず、墓場まで持っていくべきだ。政宗はそう思い口を閉ざした。
しかしその思いは中学にて変化した。気の合う元親と出会い、彼もまた前世の記憶があることがわかり、政宗は相談した。すると元親は政宗の意図を汲み取り、本当にそれでいいのかと問うた。自分が最も望むものを見失っているのではないかと。独眼竜らしくないと言われ、政宗ははっとした。自分は独眼竜なのだ。竜が右目を失ったままでいいのか。それでは不完全だ。ならば、答えは決まっている。
政宗は元親に礼を言い、己の思考を改めた。小十郎は必ずや記憶を取り戻す。その時には第二の人生を再び共に歩くのだ。だからその時までただ待つと。かつての自分を取り戻した独眼竜を見た元親は安堵し、不敵な笑みを浮かべた。
しばらくして、小十郎は前世の記憶を夢に見、取り戻した。自分は竜の右目であると政宗の前に跪き、再び誓いを立てた。対して政宗は以前のように不敵な笑み浮かべ、ただ一言。

「しっかりついて来いよ、小十郎」

「…はっ」

そして時は流れ、好敵手である真田幸村との二度目の邂逅。政宗は表情にこそ出さなかったが、大いに喜んだ。刃を交えることはもうできないが、常に競い合うことができるのだ。更に前世では見えなかった彼を垣間見ることができ、嬉しく感じた。彼のことは勿論好敵手であり、親友のように思えた。
しかし同時に彼の状況を知り、不安感を抱いた。まるで以前の自分と同じではないかと。幸村は好敵手であり、同じ主であり、同じく大切なものを失った者だ。立場を理解できるからこそより一層心配だった。出来る限りは支えてやりたいと思っていたが不安は見事に的中し、この数ヶ月で様々な思いが駆け巡った。怒り、嘆き、悲しみ、喜び。嵐のような怒涛の数ヶ月だったように思える。ただひとつ変わらなかったのは、幸せになってほしいという願い。
何にせよ、全てがうまくいってよかったと政宗は心底安堵し喜んだ。
政宗の話をただ黙って、神妙な表情を浮かべつつ耳を傾けていた佐助の心境は複雑であり衝撃を受けていた。彼らにも壮絶な人生のレールがひかれていたとは想像だにしなかった。苦しんでいたのは自分達だけではなかったのだ。慶次も元親も元就も、かすがやお館様も、彼らなりにもがき苦しんだに違いない。自身はともかく幸村にこの事実を語ればまた自責してしまうだろう。佐助は幸村には伝えず心に留めておくことを決意した。
小十郎が口を開いた。

「猿飛、以前俺がてめぇに言ったこと覚えてるか?」

「え?…ああ、もちろんだよ」

小十郎が佐助に言った言葉。一生を捧げると誓った相手から、二度と自分から離れるな。幸村のために死のうと思わず、共に生きると思え。佐助はそれを肝に命じ思考を改めたのだった。以前の自分の思考は間違っていたのだ。それを小十郎自身も経験したからこそ、同じ従者である佐助に伝える権利と義務があった。

「覚えてるならいい。それを一生忘れるんじゃねぇぞ」

「わかってるよ、それくらい」

「Ha!アンタは真田幸村の、紅蓮の鬼の影だろ。影は自ら本体からは離れられねぇ。だろ?」

政宗は当然とでも言うような挑発的な笑みを見せた。佐助は政宗の言葉を脳内で繰り返し、納得した。影は本体に従属するもの。本体から離れられない上に光がなければ存在できない。そしてその光は太陽ではない。紅蓮の鬼、虎の若子である幸村により発せられるものなのだ。佐助にとって幸村は光であった。闇を照らしてくれる燃え上がる炎であり、まばゆい光。自分を救い上げてくれる偉大で温かな光。佐助は彼がいなければ生きてゆくことさえ困難なのだ。

「…ははっ、それもそうだわ。俺様もう旦那から離れらんないよ」

「そりゃ何よりだ、Haha!」

佐助は幸村に視線を向け笑みを浮かべ、政宗と小十郎はそんな二人を見てふっと笑った。彼らの幸せがここにあるのだ。
しばらくして佐助の家に到着し、政宗は憎まれ口を叩き、小十郎は彼なりに励ましの言葉を述べ去って行った。彼らの車が見えなくなるまで、竜のように強く、気高い彼らに頭を下げて。
佐助は幸村をベッドに寝かせると携帯電話を手にし、電話を掛けた。耳に幾度か呼び出し音が鳴り響く。呼び出し音が切れると同時に聞こえる声。

『佐助か。何用じゃ』

「あー別段用ってわけじゃないけど、大将に伝えたいことがありまして」

『ほう。何じゃ?言うてみよ』

電話の相手は武田信玄だった。佐助はどうしても伝えておきたかったのだ。きっと幸村も同様の行動に出るだろうと思いながら、佐助は口を開いた。

「真田の旦那と俺、結ばれましたよ」

『…フッハッハッハ!そんなことか』

「いやそんなことって!酷いぜ大将」

信玄は佐助の言葉を一蹴した。信玄らしく力強く笑い、そして言葉を続けた。

『ワシには見えておったぞ。おぬしらが結ばれる程度の事。当然じゃろう』

「…伝えるまでもなかったってか…ほんっと、大将には敵わないねぇ…」

『おぬしらのことはワシが一番見てきた。見透かすことなど出来て当然であろう』

信玄は再び笑った。佐助の心配など不要であったのだ。信玄にとって不安事など皆無だったのだ。必ず二人は結ばれると信じて止まない信玄は、二人を前世からずっと一番側で見守ってきたからこそそう言えるのだ。彼らは離れられない引き合う存在なのだと。

「そりゃ光栄ですよっと。これからは心配事なんてありませんからご安心を」

『最初から心配などしておらぬと言うに。…幸せにな。…などと言わずともおぬしらは幸せになりおるか、フフ』

「へへ、もちろん!…大将、信じてくれてありがとうございました。真田の旦那の分も礼を言わせてください」

『ワシが幸村と佐助のことを信じるのは当然じゃろう。礼を言われる事はしとらんぞ?それでは、幸村の事を頼むぞ』

「はい、また連絡しますよ」

そうして信玄と佐助の電話は終わった。まさに風林火山という言葉を具現化したような偉大なお方だと佐助は改めて感じた。そうしてふっと笑った。




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