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いつまでもともに
9―4


それから数日後、豊臣軍がついに動き始めたとの情報が入った。俺はこの機を逃すまいとお館様に進言した。するとお館様は俺から決意を感じ取ったのか同意してくださった。
それから同盟を組んだ軍と豊臣軍を完全包囲した。先手必勝だ。本格的に動かれる前に豊臣軍に打撃を与える事ができれば崩すことができる。しかし豊臣軍は既に水面下で行動を開始しており、軍師である竹中半兵衛殿の策に嵌まってしまった。我らの思惑とは逆に、武田軍や同盟軍が包囲されてしまったのだ。
その中には大将である豊臣秀吉の姿もあった。豊臣軍はここで全ての軍を纏めて排除するつもりなのだ。緊迫した空気がその場を覆う。

「お館様!いかがされまするか?!」

「うむ…皆の者、怯えるでない!全力を尽くし、この戦場を乗り越えようぞ!」

そしてついに、豊臣軍との戦が幕を上げた。
俺は無我夢中で炎を纏い槍を振るった。それこそ四肢が千切れるほどに。限界も何も感じなかった。その姿を見てか、豊臣軍の足軽が怯えた声を上げた。

「ば、化け物だ…!紅蓮の鬼だァ!!」

ああ、そうとも。お館様のためなら…いや、平和な世のため俺は凶悪な化け物にも冷酷な鬼にでもなろう。人を殺し、身体に血を纏う事がなんだと言うのだ。俺はもう覚悟を決めているのだ。迷いなど何もない。
文字通りの激戦が繰り広げられた。阿鼻叫喚の戦場。断末魔の叫び。倒れゆく足軽。赤に染まる紅。
俺はただただ戦った。お館様のご上洛のため、佐助が信じた世のため。そして…俺自身のために。お館様は思うがままに進めとおっしゃってくださった。だから俺は、ただひたすらに豊臣秀吉の首を目指した。全てを終結させるために。

「幸村君、秀吉の邪魔をするなら容赦はしないよ」

「竹中半兵衛殿…貴殿こそ、お館様のご上洛を邪魔されるのならば、容赦はせぬ!」

突き進む俺の前に豊臣軍の軍師である竹中半兵衛殿が立ち塞がった。この戦場を指揮しているのも竹中殿であろう。この者を倒せば進攻もきっと楽になる。そう思い俺は竹中殿と刃を交えた。

「君のその目…覚悟を決めた目だ。ここで終わりにするつもりだね」

「その通り…お館様ご上洛のため、貴殿らには倒されていただく!」

「馬鹿げた事を…君達が屈強な豊臣軍に勝てるわけはない」

「豊臣軍が屈強というのであれば、武田軍はその上を行く日ノ本一の軍よ!邪魔立てするなら貴殿を倒してゆくまで!」

「…どうやら退くつもりは一切ないみたいだね。秀吉のために…死んでもらうよ」

そして竹中殿の鞭のように伸びた剣が俺に襲い掛かった。辛うじて回避したと思えば伸びた剣が後ろから迫り来る。回避しきれぬと思い痛みに備えた。しかし、その剣を誰かが弾き返した。

「幸村様!!」

「才蔵?!何故ここに…小助と甚八はどうした?!」

その誰かとは才蔵だった。彼を見遣れば佐助にも劣らぬ強さを持つ忍であるのに傷も多く、今の戦場がどれだけ過酷かは明白だった。
俺の問い掛けに才蔵が耳元でぼそりと答える。

「小助は影武者として、甚八も指揮しつつ影武者として戦場を撹乱しております」

影武者という言葉に少し動揺した。俺はまた大切な者を失ってしまうのではないのかと。だが今はただ信じよう、彼らを。
才蔵が竹中殿を見据えて口を開いた。

「幸村様、ここは私めにお任せを!」

「しかし……、いや、わかった!任せたぞ才蔵!必ず生きて戻れ!」

「了解!」

一瞬才蔵に任せる事を躊躇ったが、こんなところで立ち止まっている場合ではないと思い、その場を才蔵に任せ再び戦場を突き進んだ。才蔵や小助、甚八が無事生きて戻る事を信じて。

「忍風情が…僕に敵うと思っているのかい?それに幸村君も秀吉に敵う筈はない。あまり嘗めないでもらいたいね」

「貴様こそ…武田の若き虎を…真田幸村様を嘗めるな…!」



俺はただひたすら豊臣秀吉まで駆け抜けていった。どれだけ傷を負ったかもうわからない。どれだけ血を流し続けたかもわからない。それでも決して止まる事なく走り続けた。すると、足軽達を軽々と吹き飛ばす姿が目に入った。
その姿に向かって俺は声を張り上げた。

「豊臣秀吉殿!貴殿の首、この真田幸村が頂戴致す!」

「小僧が…その身体で我に敵うと思うか?愚かしい…力の差を思い知らせてやる」

そして俺は豊臣秀吉と刃を交えた。
豊臣秀吉は大柄でこちらの攻撃が当たりやすい。しかしその分体力や防御が高く、彼の身体に深い傷は殆ど見当たらなかった。
さらに俺は既に傷を多く負っていた。勝負は目に見えていたのかもしれない。だがお館様が、才蔵が、小助が、甚八が、武田の兵達が信じてくれている。無論、佐助も。だから負ける気がしなかった。負けるわけにもいかなかった。
どれ程の時間槍を振るい続けただろうか。今までの鍛練の成果を全て出し切って戦った。お館様から、佐助から学んだ事を胸に戦った。豊臣秀吉も俺も背負う物の大きさも思いも全く違う。だがお互いに譲れない物があるのは同じだった。思いを強さに。俺は豊臣秀吉に致命的な決定打を与える事ができた。そして同時に、俺も血を失いすぎたのか動きが鈍くなり、最期の最期に致命傷を受けてしまった。

「半兵衛よ…次は何を、目指そうか…」

豊臣秀吉はそう言い、力無く地面に倒れ込んだ。彼の命の灯は消えた。彼の命は間違いなく、今目の前で散ったのだ。
これで、終わったのだ。

「やりましたぞ、お館様……」

ぽつりと呟いた。俺は豊臣秀吉を倒したのだ。これで再び天下取りの時代になる。きっとお館様ご上洛も果たせる。

「見ているか、佐助……俺はやったぞ…」

赤く燃えているような夕焼け空にそう話し掛け、俺はその場に倒れ込んだ。
気付けば傷の痛みはほとんど感じない。しかし溢れ出る鮮血は止まらない。俺の周りが赤い海に変わっていく。視界も徐々に薄れていく。
ああ、俺は死ぬのか。
お館様ご上洛をこの目で見る事すら叶わないというのか。才蔵に生きて戻れと言った俺自身が死んでしまうのか。
もしこれが最期だというのなら、最期に言わせてくれ。佐助に伝える事ができなかった言葉を。

「しあわせだった。だいすきだった。たいせつだった。ありがとう、佐助……」

そして戦国時代の俺の記憶は、そこで途切れていた。前世での俺の世界は終わりを告げたのだった。




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あきゅろす。
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