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小説
儚雨の花A




8:00きっかり。朝霧の間では2人の男女が向かい合って座っていた

カコンと鹿おどしが鳴けば、静かに女が話し始めた



「申し遅れましたが、つい4日前からここに仕えることとなりました 真鳥 露花と申します。」
畳に手をついて、深々と礼をする。主人に対する作法も完璧だった。
部屋は仄かに行灯が灯り、開いた障子から僅かに月の光が漏れるのみ


「話は聞いてる。僕の事は…言わなくても分かるよね」
「はい。存じ上げております、雲雀様」
「それじゃ本題に入ろうか」
「はい」
余談はここまでだと雲雀から微笑が消えた
彼女も覚悟を決めて雲雀と正面から対峙する。雲雀からの視線は凍てつくような鋭さで、彼女は自然と背筋を伸ばした

「まず、私がなぜ貴方に気づかれず掛物を掛けられたかですが…」
帯の懐から和模様の折り紙を取り出す
普通の折り紙を更に4分の1にした小さめのサイズだ
「これを使いました」
「……折り紙を?どうやって」

露花は手早くその紙を鶴の形に折り、畳の上に置いた

「ええと…その前にもう一つよろしいでしょうか」
雲雀からは沈黙。いいという事なのだろうと
察して、彼女は帯から小さな巾着袋を取り出し2つのリングを見せた

「へぇ…君、2つの属性を使えるの」
「はい。主な属性は雨で、それに少し劣りますが雲の炎も」
右手の中指と薬指にリングを嵌めると、ふわりと炎が灯った

障子から微かに通る夜風に二色の炎が揺らめく
そして、先ほど作った折り鶴を掌の上に乗せ、雲の炎を灯した

鶴はポウッと神秘的な紫に包まれる

だがここで雲雀は1つ不自然なことに気がついた
「どうして鶴が増えないんだい?」
雲属性の特徴は 増殖
雲の炎を灯せば、普通はどんどん増えていくはず

怪訝そうな雲雀を見て、彼女は淡く微笑を湛えて答える
「この和紙は少し特殊な素材で出来ていて 死ぬ気の炎を受け流しやすくしているんです。だから増殖することなく雲の炎を推進力として使う事が出来ます」
ツンと指で弾いた瞬間、空中を鶴が飛んでいった
雲雀の肩に乗っていたヒバードが横を沿うようにパタパタ飛び出す

「これが掛物を運んだんです。尻尾の部分に引っ掛けて、でもさすがに一羽ではパワーが足りないので十羽ぐらいで運ばせましたが」
雲の炎を推進力に浮かぶ鶴が、雲雀の差し出した指に止まった
するとまるで生き物のように鶴は毛繕いを始めた

「へぇ面白いね、これ。」
雲雀が更に雲の炎を灯してやると、瞬く間に折り鶴は開いた障子から満月の輝く空へと飛び立っていった

「飛んでいった」
「炎が切れかかれば戻ってきますよ。でも雲雀様の炎があまりに大きいので3日は戻ってこないと思いますが」
そう言いながらクスクスと笑う。飛んでいった鶴が気になるのか雲雀は障子を開き、縁側へ腰掛けた

6月とはいえ夜はまだ肌寒く、風が冷たい

「お風邪を引きます。これを」
そっと上着を差し出すと、雲雀はそれを素直に受け取り羽織った

「まだ答えを聞いていないな。なんで僕が気づかなかったのか」
折り鶴を飛ばしながら観察していたが羽ばたく音が微かながら聞こえていた。
それが十羽も羽ばたいていたならば、いくら寝ていても気づくはずだ
「それは簡単です。私の一番強い雨の炎の特性を利用したからです」
今度は先ほどとは違うリングに、透き通った水色の炎が灯された。雲雀はそれを見て まるで穏やかにせせらぐ大河のようだと思った

「雲の炎で進ませる折り鶴に更に雨の炎を纏わせて、気配や音を沈静化しました。とりわけ私の雨の炎は純度が高いらしくて、よく悪戯をしては親に怒られていました」
悪戯がバレて叱られた時を思い出しているのか、彼女は懐かしそうに困ったような顔をした


不思議な人
流麗で隙が無いのに、時々酷く儚く幼気に見える

そして実力が計れない
ならば

彼から少し離れた場所に正座する彼女へ体の向きを変え、トンファーを構えた

「ねぇ……僕と闘おう」

月光は彼の背中を照らし
コオロギの鳴き声が遠くに響く

「…それは出来ません。主人に手をあげる事など到底私に許される事ではありませんから」
同じように月は露花の憂えた顔を照らす
すでに指輪の炎は消えていて、彼女は指輪の嵌った右手を左手で包み込んでいた

その反応を見て、痺れを切らしたように雲雀は言い換えた
「じゃあ鬼ごっこ。僕に触れる事が出来なければ、君はこの館から出て行く」
どう? と彼女の前にしゃがみ込んだ
冷酷な最後通告に他ならないそれに、彼女は辛そうに呟く
「それは…命令ですか」
「やるか、やらないか」

その漆黒の瞳はもう有無を言わせない

「…分かりました。お受けします」
彼女の返答に 雲雀は満足そうに笑んだ


ルールは至極簡単で
露花が雲雀に触れるか
雲雀が露花に負けを認めさせるか
どちらかによってのみ勝敗が決まる

邪魔なものを全て片付け、先ほどの部屋の中
月明かりさえ遮って うすぼんやりと灯る行灯のみが二人の視界の手がかりとなっている


「準備はいいかい?」

「はい。もちろん」

雲雀の両手にはトンファー
露花の手元には2つのリングと幾つもの折り紙の束


「じゃあ…行くよ」


今、戦いの火蓋が切って落とされた──



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