229.さよならの三秒前/狼雨雪




静寂が身を包んだ。
人々が通り過ぎているというのに、私にはなんの音も聞こえない。
ただ巡るのは恐怖と焦燥だけ。

「父様は、どこ?」

雑踏に私の声が潰された。





狐の嫁入り 雨ざらし





父様とはぐれた私はケーサツと名乗る人間に保護され、コジインという大きな屋根の下で小さな人間たちと暮らしていた。

私は元々山に住む狐娘。人間とあいいれるはずがなかった。だから今日もコジインの子供達に遊べ遊べと言われながら、全て無視して音楽を聞いていた。

目の前にあるスピーカーという物は、煩い声を消し去ってくれる。コジインに勤める女性が気を遣ってCDをかけてくれるものだから、色々な曲を覚えた。

自然界にはなかった不思議な音だ。目覚めて寝るまで私はずっとスピーカーの前で過ごすのが日課だった。

そんな雨の日。

「ユーリちゃん。お誕生日おめでとう。五歳になったわね!!」

いつも気を遣ってくれる女性が白くて丸い、甘い匂いのする食べ物を目の前においた。小さな炎がチラチラと燃えている。そして周りにはコジインの子供達。

「ユーリ! 消してー」
「消すの、俺やりたい!」
「おめでとぉー」

小さな子供達がキャッキャウフフ所狭しと顔を近づけてくる。鬱陶しいなあと思いながら、女性が勧めてくるものだから、その小さな炎にふうと息を吹きかけた。

「わあああああああい」
「おめでとおめでと!」

小さな拍手が大きな喝采になる。ニコニコ笑顔の子供達。女性も笑っている。人間って不思議なものだ。ただ年が一周しただけでこんなのはしゃぐものなのか。

切り分けられたケーキをもくもくと食べながら、観察する。みんなお祭り気分で騒いでいるようだ。きっかけさえあればはしゃぐ。でもこれじゃ、雨の音が聞こえないじゃないか。こんなにいい音なのに。

文句の一つでも言おうかと思った時に、そっと女性が隣に座った。

「ユーリちゃんにとっておきのプレゼントがあるのよ。それはね、」

女性が笑うと部屋の扉絵が開いた。そこには強面の老人がピンッと立っている。周りの子供達は一瞬で固まる。

「お前の引き取り手は急病でな。代わりに来た。明日には出発するからな」

そう言って扉を閉めるとお爺さんは去ってしまった。某然とする部屋。女性は私の肩をぽんぽんと叩き笑った。

「大丈夫よ。貴方に引き取り手は若いご夫婦だから。さ、準備は私に任せてみんなと最後の夜を過ごしてね」

それだけ言うと女性は去ってしまった。まさか面会もなくそう簡単に決められるとは意外だったけれど、この煩い環境から抜け出せるなら…と、私はまたいつものようにスピーカーの前に座った。


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