♪猫と象の即興曲
「ふにゃあああ…」

ぽかーん、と。
あまりに見上げ過ぎて、自然と口が開いてしまっている猫が一匹。
淮にゃんである。
日課の散歩に出掛け、何時もの公園を散策していると。
最も広く開けた敷地で、何時もとは異なる光景に出くわした様子。
それが。

「…おおきなテントですねえ…」

誰に向けるでもなく。
淮にゃんは、その巨大さに圧された風にして呟く。
猫の目の前には、確かに相当な人数を収める事が出来そうなテントが視界いっぱいに広がって。
呟きは彼方。
改めてテントを見上げれば、また口がぽかーん。
少し左右に揺れ、その大きさを感動しつつ堪能もしている様だ。
すると。

「やあ、かくわい。…そのしせい…くびが つかれないか?」
「おや、ほーとーど…あいたたた、くびが くびが。」
「だ、だいじょうぶか?うえをむきっぱなしで きゅうに…」

ふらり。
遅れて散歩にやってきた統にゃんが淮にゃんに声を掛ける。
不思議そうにしている淮にゃんの様子が、不思議だったので。
…とは、言わないが。
統にゃんが遠目に目視確認を行った時点よりも恐らく以前、ずっと上を向いたままであるから。
少々、心配を含んだ言葉を添えてみると。
案の定、声を掛けられ久方振りに首を戻した淮にゃんは首にゴキッと負担を掛けた模様。
慣らす様に少し肩から首を動かし、ついでに伸びっ。

「…ふう、これで もう だいじょうぶですよ。」
「なら、よいが…ずいぶんとねっしんに みていたのう。」
「そうですよ、いったい…なんの テントですかねえ。」
「サーカスではないのか?」
「サーカスですか?」

今度は縦ではなく横の広さに首を左右させながら、淮にゃんが統にゃんに「何か」を問うと。
予想していたよりも簡単に、返事と回答が来た。

「とちゅう、たしか…そのようなポスターをみたが。」
「にゃあ、そうでしたか。それじゃあ おおきいはずですよ。」
「そうだのう、なんでも"ぞう"が ちゅうしんのサーカスと…」
「にゃっ?"ぞう"?」

ぴたり。
テントの正体が「何」であるかの合点がいった後も、きょろきょろと見回していた淮にゃんだが。
「何か」に、琴線が触れた様子。
即ち。

「…と、いうことは なかに"ぞう"が いるのですかね。」
「おそらく…

ぱおーん。

「…そうみたいですね。」
「そのよう…だが。」

遠くは無く近くは無く。
籠もる様に響いた象の鳴き声はつまり、テントの内より裏手か。
それを聞いた淮にゃんの瞳が、きらきらと輝いて。
全く同じ輝きを統にゃんは知っている。自分の飼い主。
と、いう事は。

「おれ、ほんものの"ぞう"をみてみたいですよ♪」
「(…やっぱり…)」

大体。
統にゃんとしては不本意な事に付き合わされそうになる前触れ。
予感的中。

「み、みたい…と、いうのは…かくわい…」
「なあに、ほんのちょっとのぞいてみるだけですから。」

一応、期待を込めて確認の探りを入れてはみたものの。
やはり淮にゃんの"見たい"というのは、"今これからすぐ"という事で間違いないらしい。

「いや、さ、さすがに それは ダメなのではないか…」
「ほんものの"ぞう"を、ほーとーどのは みたことが?」
「…ない…が…」
「だったら、いっしょにみにいきましょうよ。ホラ!」
「えっ、お、おい…!」

ついつい、正直。
すっかり張り切る淮にゃんに手を取られて。
先程の淮にゃんの様に、一度大きく天を仰いだ統にゃんは。
引かれる手に抗わず、何事も無きを願っていた。


―――…


「…あっ、ここからだと よく みえますよ、ほーとーどの。」
「そ、それはけっこうなことだが…ちょ、ちょっと"なか"にはいりすぎなのではないか…」

断続的に響く象の鳴き声を頼り。
ぐるり、大きなテントを半周して裏手に回ると。
猫たちのお目当て、象が居るであろう付近に辿り着いて。
採光や換気といった配慮からか、その部分はテントの他と比べても開放的な造りをしており。
実際、その辺りに陣取っていれば象の姿を見れなくもない。

…が。

すっかり興味津々の淮にゃんが、その程度で収まる筈は無く。
かなり侵入ギリギリの位置から窺っている状況である。

「なあに、"このあたり"までなら だいじょうぶですよ。」
「…"だいじょうぶ"のこんきょは ないのだな…」
「しんぱいしょう ですねえ。」

ぽんぽん。

「ダメだから"さく"がある、ならば その"てまえ"は だいじょうぶということ なのですよ。」
「「…たぶん…」」

流石に統にゃんも、合わせ方を理解してきている。
寧ろ外れてほしかったが。
正解のそれに思わず溜め息が出てしまうが、今はそれが真に正解であれと思わずにはいられない。

「ほらほら!ちかくにきましたよ、おおきいですにゃー。」
「…"さく"のすきまから、はいってしまったりするなよ…」

淮にゃんは柵の隙間より身を乗り出さん勢いで象を見ており。
横目でその様子を見る統にゃんはハラハラ。

「"はな"をたかくあげましたよ、ないてくださいにゃー。」

ぱおぉーん。

…シュルシュルシュル…
フシュー…シューッ…


……んっ?

「…ほーとーどの。」
「…うむ。」

確かに象の鳴き声と。
しかし明らかに象以外の「何か」。

「い、いったいなんの"おと"ですかね、いまのは…」
「わからん…が、そろそろはなれたほうが よいとはおもう…」

謎の音への正体に対するは不明ながら、淮にゃんも統にゃんも本能的に尻尾を大きく膨らませて。
周囲への威嚇と恐怖が混ぜこぜである事を示した。

「じゃ、そろそろ…にゃああ!?ほーとーどの、う、うしろ!」
「え、なっ…!うわああっ!?」

その場を離れようと、淮にゃんが統にゃんの方に向き直る。と。
その、統にゃん越しに。
何処から何時から忍び寄ったのか巨大な蛇が既に鎌首をもたげ、臨戦の意を猫へと向けていた。
既に、至近距離。
下手に動こうものならば、衝撃映像!仔猫を丸呑みする蛇!!が成立してしまいかねない。
しかしだからといって動かぬままで事が済むとも思えず。
柵の内にどうにか、等といっても象が闊歩する中である。

「ど、どうしましょうか。」
「ど、どうといわれても!」

ぎゅう、と。
寄り添う様に2匹の猫は、お互いの手を取り蛇と対峙するが。
このまま無策の状態が続けば、戦慄映像!2匹の仔猫を食む蛇!!の完成を待つ事になってしまう。

…シューッ、シューッ…
シャアアァァアアッ!!

「ふにゃああぁぁああっ!」
「うわああぁぁああっ!」

時間切れ、万事休す。
チロチロと蠢いていた蛇の舌が一拍を置いたかと思うと。
もたげた鎌首より牙が剥かれ、捕食の意を明確として、今。
猫へ飛び掛らんと―――



「待ちなさいバルボアちゃん!」



―――シューッ…フシューッ…
…シュル…シュルル…

「……ふにゃ…あ?」
「……おそって…こな、い…?」

目を瞑り、身体を縮こまらせ覚悟した猫の身は何時ものまま。
それは間違いなく。
先の一喝が蛇に静止をもたらしたからである事は想像に難くない。
恐る恐る、2匹の猫は顔を上げて声の主を求めると。
蛇の姿は忽然と消えており、代わりにひとつの人影が現れていた。

「…って、にゃ、にゃあ!へびが まきついていますよ。」

そう、消えた蛇の行方は現れた人影の身体。
ゆっくりと身体の上を這いながらも頭は猫に向けられており、警戒を完全に解いた様子ではないが。
襲い掛かる、といった気配は無くなっている。

「大丈夫、バルボアちゃんはアタシにだけ懐いている子よ。」
「…バルボアちゃん…と、いうのは つまりその…」
「そ、この子。象の番をしてくれていて、誰かが柵に触れたら驚かす様、言いつけていたの。」

…驚かす。
というよりは、完全に捕食体勢であったと猫側としては思うが。
どちらに否が有るかと考えれば、勝手に入り込むに近い自分たちの方であるとも、猫は思う訳で。
その、若干、手荒なセキュリティに関して咎める事はしなかった。

「アナタ達は大丈夫なの?怪我とかしてない?」
「あっ、だいじょうぶ…ですか?ほーとーどの。」
「う、うむ…な、なんとか…」

どうやら統にゃんは、まだ少し腰が抜けている模様。
しかしながら、他に大事は無い。

「そう、なら良かった。アタシは動物が好きだからね。」
「にゃああ、それは うれしい ですにゃ♪…ええと…」
「ああそうね、アタシは朶思大王。このサーカスの一員よ。」
「だし…」「だいおー…」
「ホホ、何だったら"だっしー"でも良いわよ。」



「「だっしー……さん。」」
「ホホホ…律儀な猫ちゃん達ね、可愛いわ。」

猫側からすると、どう対応するのが正解なのやら。
といった具合だったのだが。
朶思大王の機嫌を損ねる様な結果にはならなかったらしい。

「え、え〜とですね…このサーカスは"ぞう"さんが ちゅうしん なのですよね?たしか。」
「そうよ、猫ちゃん達は象を見るのが初めてなのかしら?」
「はいですにゃ♪"ぞう"さんはおおきいですねえ、のってみたいですよ。ね、ほーとーどの。」
「えっ、い、いや、わたしは…」

淮にゃんに話を振られ、統にゃんは改めて象を見上げ。
その背に、を、想うと。
ちょっぴり怖いが、興味も有る。

「ホホ、可愛い絵かもしれないわ、猫と象。」
「にゃっ、それじゃあ…」
「うーん…でも残念だけど、アタシの一存だけで象に乗せてあげる訳にはいかないのよね。」
「…ふにゃあ…そうですか…」

流れからして、淮にゃんはもしやと期待に瞳を輝かせたが。
やはり無理なお願いか。
しょんぼりと肩を落とす。

「ごめんなさいね、このサーカスにはアタシ、"頼まれ"で居るみたいな感じだから。」
「たのまれ、ですか?」
「孟獲大王に…あ、此処の座長の事なんだけど。」
「はあ。」
「知らない仲じゃないし…出ても良いけどさ、って。…でも…」
「「でも?」」

話は象から朶思大王の身の上へと移ろい。
それはそれでちょっと興味が有るのか、猫は程好い相槌を入れて。
先を促す。

「そんな態度で入ったアタシだけど…内心は凄く嬉しかったわ。」
「どうしてですか?」
「ホホホ。それはやっぱり…恋が有るからよねっ。」
「「"こい?"」」

くるり、と。
華麗なターンを猫達の眼前で披露し、ポーズを決める朶思大王。
急であった為、巻き付いていたバルボアちゃんがずり落ちそうになってはいるが。残念、減点。

「…"こい"…と、いうのは…」
「…あいての"せいべつ"をきいても だいじょうぶ ですかね…」
「…どうかのう…」

こしょこしょ。

「ちょっとちょっと、聞こえているわよ。」
「にゃっ、にゃあ。ええっと…」
「ホホ、別に気になんかしていないけど。…そうね…」



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