♪星空と猫の夜想曲
「ふぅ、はあ…ちょーこーどのが、まっていますにゃあ…」

夏を迎え陽は長く、時刻としては夜も近い夕の街は今だ明るくて。
そんな、自然に則る街の景色に。
とてとてと、一生懸命に走る淮にゃんの姿があった。
手にはしっかりと、お使いへ行く時は必ず持つお魚アップリケ入りエコバッグを抱え持っていて。
中身はどうやら、買い漏らした玉子の様子。
割れてしまわない様、大事に。
小さな胸に抱えて走れば、カタカタと玉子が揺れている。

「…もうすこし、ですね。」

流石に走り続けて疲れたのか、張コウが待つマンションはもう次の角…という所で速度を落とすと。
額には玉の様な汗が浮かんで。

「ごはんのまえに、シャワーですかね…にゃっ?」

くりっ、と。
淮にゃんは角を曲がり、さて後は帰宅するのみ…の、筈だったが。
曲がった目の前に。
出た時には無かった、大きなトラックが停まっている。

「ふにゃ…"ひっこしやさん"?」

しげしげと、停まっているトラックの様子を見ながら近付くと。
周りには数人、どうやらこれから某かの作業を行うであろう姿。
そして被っている帽子には、CMで見覚えのある引越しマーク。
淮にゃんの出した結論に間違いは無いだろう。

「…ひっこしてきたのか、ひっこしてしまうのか…」

それにしても、この時間。
引越し作業ならば、もっと早い時間に行いそうなものだ。
不思議に思いながらマンションの入り口まで淮にゃんが来ると、漠然とではあるが状況が判明する。
聞き耳を立てれば、どうやら依頼側と何かしらの疎通をはかれず時間が遅れ…そして今現在も、始めるに始められぬ具合らしい。

「(たいへんですにゃあ…)」

疑問が晴れた淮にゃんは。
邪魔にならぬ様、するりと作業員達の脇を抜けて。
早く帰ろうと―――

「…そう、依頼主は"ジョショ"さんで…ええと…」
「(にゃっ!?)」


…じょしょ…徐庶、さん?
―――それじゃあ…


きゅ、と。
抱える玉子を、ほんの少しだけ強く抱き締めて。
再び、とてとてと走り出した。


―――…


「ごちそうさま、ですにゃ…」
「…口に合わなかったか?」
「にゃっ、そ、そんなことはないですよ、おいしかったです♪」
「…そうか、ならば良いが。」

張コウが作ってくれた、ふわふわの卵料理は本当に美味しくて。
けれど、落ち着かない気持ちの方がもっと、ふわふわ。
かちゃかちゃと張コウが皿を洗う音を聞きながら。
そっとベランダに出る。

…シン…ッ…

「…しずかですにゃ…それに…」

漏れる光も見えなくて。
真っ暗な、お隣さん。

「……ちょーこーどの!」
「どうしたのだ?郭淮。」
「すみません、ちょっと…でかけてきますよ!」
「お、おいっ…!」

明日からは、また、後片付けのお手伝いをしますから。
居ても立ってもいられなくなった淮にゃんは、すっかり暗くなった夜の街へと飛び出していた。


―――…


「はあっ、はあ…ふにゃ…」

夜を迎えたとはいえ、夏の暑さはじったりと残る。
折角さっぱりと流した汗が再び噴き出し、後から後から。
しかし今の淮にゃんには、それに構う余裕は無く。
息を切らせながら駆けていた。
何処へ?と、問われれば。
淮にゃんはきっと、答える事が出来ないだろう。
それでも―――…

「ぜえっ、さ、さすがに…すこし、やすんだほうが いいかな…」

気が付けば、何時も散歩の行き先にしている公園に辿り着いて。
ぽてぽてと静かな園内を一匹で…一匹で。


何時も、なら。
隣に。


「あれ?だれか いますにゃ…」

公園の中でも遊び場。
そのベンチで少し休もうとした淮にゃんの眼に、自分と同じくらいの大きさの影が映り込む。
近付く徐々に、その正体を。

「にゃっ、にゃああ!ほーとーどの!ほーとーどのー!」
「ん?…やあ、かくわい。こんば、ん…っ…!?」
「にゃー!ほ、ほーとーど、ちょっ、ひっ、ひっこ!」
「お、おいっ!なっ、なんだどうしたというのだ…すこし、おちついて はなしをしてくれ。」

影の正体が統にゃんであると判明するや否や。
淮にゃんは再び走り出し、整わぬままに統にゃんへ自分の疑問をぶつけようとした…訳なのだが。
幾らなんでも整わな過ぎて、全く伝わっていない。

「ぜーっ、ぜーっ…え、え〜とですね…ぜぇ…」
「う、うむ。」
「…ほーとーどの…と、じょしょさん…ひっこしてしまうのですかね…?おしえてくださいよ。」
「えっ?」

どうにか息を整え、ようやく想いを伝えると。
統にゃんは、きょとんとした顔を返してきた。

「い、いや…そのような"よてい"はないぞ?かくわい。」
「ええっ?で、でも…"じょしょ"さんのいらいで、ひっこしやさんが きていたみたいで…」
「もしや、ゆうがたにとまっていたトラックかのう。」
「そう!それですにゃ!」
「それならば、わたしもみたが…とにかく うちではないぞ、ききまちがいではないのか?」
「にゃあ!ほんとうですかね?…よかったですにゃ♪」
「お、おいおい…」

自分が予感していた事に対して否定の言葉が聞けて、安堵。
思わず、ぎゅーっと統にゃんの事を淮にゃんは抱き締めて。
何となく事を理解した統にゃんは、困りながらも嬉しく思う。

「…ところで。ほーとーどのは、こんなじかんに なにを?」
「ああ、こよいは"たなばた"だからのう…じょくんと"ほし"をみにきていたのだが。」
「そういえばそうか、"たなばた"でしたねえ。」

ひたすらに前を向いて走っていた淮にゃんは、統にゃんに言われるまで気が付かなかったが。
夜空を見上げると、街の中とはいえ灯の少ない大きな公園の中からは星の煌めきが広がり。
夏を彩って。

「それでついでに、"はなび"でもやろうかという はなしに…」
「ほっほ!おりましたぞ。」
「やれやれ、心配させおって…」
「ちょ、ちょーこーどの…」

会話を続ける猫たちの元に。
折り良く水の入ったバケツを持った徐庶と、淮にゃんを追い探していた様子の張コウが現れた。

「ごめんなさい、ですにゃ…」

自分を探してくれていた張コウに、ぺこりと淮にゃんが謝ると。
張コウは、てしっと猫の頭を軽く叩くが…そのまま、ぐりぐり。
頭を撫でてやる。

「…それで?悩みか疑問か知らぬが…晴れたのか?」
「はいですにゃ、なんだか…かんちがい、だったみたいで。」
「ふ…人騒がせな…」
「まあ、まあ。良かったではないですかな、ほっほ!」

と、言いつつ。
徐庶は、いそいそと花火の準備を進めていて。
どうやら一番…花火をやりたいのは、この人らしい。

「さて、さて…これで良しと。御二方も花火をしませんかな?」
「わあ、やりたいですにゃー。」
「全く調子の良い…すまんな。」
「別に構いませんぞ、ほっほ!」
「では、はじめようか…」

パチパチと。
満天の星々に負けぬ様、2人と2匹の手元から放たれる夏の閃光。
その煌めきが、ある時。
示し合わせたかの様に絶えて、空の輝きが勝る。


―――その、時。


「ちょっといいかね。」
「にゃっ?」

瞬間の静寂の隙を突き。
何時から其処に存在していたのか…いや、或いは最初から其処に存在していたのかもしれない。
それ程、自然に。
4つだった筈の星明りに集う影は、5つになっていた。

「こんばんは。」

5つ目の影の主は少し深めに笠を被っており。
それを、ひょいと持ち上げて会釈を伴い夜の挨拶を告げれば。
髪の色と同化する様に、夏の夜に反する様に。
真白い雪を思わせる猫耳が、ふわ、と浮かんで。
しかしまたすぐに、笠の中へと吸い込まれていった。

「ふにゃあ…こんばんは、ですよ。え〜と…はじめまして。」

そんな闖入者の最も近くに居たのは淮にゃんで。
今度は挨拶の意味で、ぺこりと御辞儀をして応える。

「ふふ、これはていねいに。たしかに…はじめまして、だ。」



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