雨粒のlullaby.虹色のronde.
6月の梅雨真っ只中。
その日はやはり、朝から重苦しい曇天が空を支配して。
今や今やと窺う主は、とうとう。

ポッ…ポツ……
パ、ラッ…ザアアアアッ…

「マジかよ、ふってきたな…」
「…これだから、傘を持った方が良いと言っただろう。雛…」
「でるときはふってなかったから、じゃまだとおもったんだよ。」

崩れ出した空に翻弄される様、雑踏が静かにさざめく。
手にした傘の花が咲き、持たぬ者は急ぎ走り花の間を抜けて。
そうして街が雨に煙り出した中、徐庶とホウ統の姿もあった。
確かに、出掛け始めた当初は曇天とはいえどもまだ空も微かに光を持って、あるいは晴れるのではないかという様相を呈していた。
しかしこの時期の主が、そうそう簡単に晴天を許す筈は無く。
徐庶はホウ統に傘を持つように促したものなのだが…荷物になる面倒から、聞き入れなかった様子。

「全く…そら、入れ雛…」
「え、あ、ああ…」

またひとつ雨中に咲いた花の中、徐庶は傍らを歩くホウ統の側に傘を寄せて雛を招き入れる。
ひとりには充分かもしれないが、ちいさな雛とはいえふたりでは。
少し身体を屈めた徐庶は、ホウ統の肩に掌を添えて自分へと。

「い、いいって。おれが、じょしょのはなしを きかなかったのが そもそもわるいんだしよ…」
「雛が風邪を引いては困る…」
「ちょ、お、おい…!」

寄せる掌に、ほんの少し強い力が籠められ。
思わず体勢を崩したホウ統は、反射的に徐庶の脚にしがみ付いて完全に花の中へと誘われる。

「…流石に、それでは歩けぬのだが雛…」
「わ、わかってるっての!」

ぺしっと徐庶の脚を軽く叩きつつ、ホウ統は徐庶から離れるが。
ぴったりと花の中に収まって。
ふたりの花は、ゆっくりと他の花々に混じりながら流れ始めた。


…のだが。


「…じょ、じょしょ〜…」
「…?どうし…」

雛に合わせ歩む進みの中、不意に徐庶はホウ統から声を掛けられ。
何事かと眼を落とした徐庶が見たものは。

「…けっきょく、あめが…あたっちまうんだけどよ…」

傘の中として上空より見た収まりは完璧なのだろうが。
身長差が有り過ぎる為、横殴りで降ってきた雨が徐庶は脚を軽く塗らすだけだが、ホウ統にはほぼ無防備で当たってしまっている。
ぽたぽた。
既に普段はずっと立てているうさ耳も垂れて、雫を零し。

「…!…気が付かずにいてすまない、雛…大丈夫か…?」

状況を理解した徐庶は、傘の高さを自分からホウ統の高さへと下ろし、一先ず他の通行の妨げにならぬ様に建物側へ寄ると。
傘をホウ統へ渡そうとする。

「い、いや…そんなつもりじゃねえんだ…さっきもいったけどよ、おれがわるいんだしな。」
「しかし…」
「それに、じょしょのかさじゃあ おれにはおおきいしよ。」

そう言って断るホウ統に、どうしたものかと困った顔を浮かべた徐庶に…ふと、妙案が閃く。

「雛…あの、少し広い軒の下まで我慢してくれるか…?」
「?…ああ、かまわねえけど…」
「では、急ごう…」

ぱしゃぱしゃと水溜りを駆け、ふたりは徐庶が示した軒下へ急ぐ。
軒の玉水をくぐり、自らの上に雨粒が降り落ちなくなった…それだけで、何故か雨の足音が急激に遠くへ行ってしまった様に想う。

「…で?どうすんだよ。」

うさ耳に付いてしまった雨粒をぷるぷると払い終えると、ホウ統は早速徐庶の意図を問う。
徐庶もまた、傘の雫を払うと。

「雛…この傘を持ってくれ…」
「え、いや、だから…」
「いいから…」
「う…あ、ああ…」

改めて、ホウ統は徐庶の申し出に断りを入れるものの。
先程よりも強い勧めに、とうとう断りきれず傘を受け取る。
だが、それだけならば特別此処まで走らずとも…と、ホウ統が思い巡らせている間に、徐庶は次の準備を始めていた。

「そら…背に乗るといい…」
「は?」

一応は疑問符を投げ掛けたものの、徐庶が何を言わんとしているのか眼前の状態で一目瞭然である。
つまり。

「え〜と…かさをもっているおれを、おんぶするってことか?」
「…そのつもりだが…」
「…ば、ばかかにっ!んな、はずかしいことができるか!」

開いたままの傘を振り。
ホウ統の身体と比率が合っていない為に、傘の慣性に若干つられてよろけながら抗議するものの。
徐庶としては、取り敢えず他の案を出すつもりは無いらしい。

「並ぶから濡れるのだ…ならば、雛と俺が同じ高さで傘を差せば、濡れる確率は下がるだろう…?」
「そ、そうかもしれないけどな…ならんでかさをさすのも けっこうはずかしかったってのに…」

しかしながら、更に言えば自分のおんぶ待ち状態の徐庶をこのままにしておく事の方が恥ずかしい様な気がしないでもない。
止む無し。
決心したホウ統は徐庶の肩に触れると、ゆっくりと体重を預け。
首へと回されたホウ統の腕の確かさを徐庶が覚えると、雛の脚を取ってゆるりと立ち上がる。

「(た、たっかいなオイ…)」
「ん…?大丈夫か?雛…」
「お、おう。」
「では、しっかりと傘を持っていてくれ…雛。」
「ああ、まかせとけよ。」

すっぽりと、今一度ふたりが花の中に収まれば。
再び雨中の帰路に就く。



ぽつぽつ。
ざあざあ。
ぱしゃぱしゃ。



傘を叩く音が、ホウ統には先程よりとてもとても近く。
街へと注ぐ雨は途切れを知らず。
徐庶の歩みは、一定の規律を。

三者三様の韻律がホウ統の耳を彩り、広き背に揺れるも相まって。
徐々に徐々に。

「(やべ…さくばんも、おそくまで ほんをよんでたからな…)」

思わず、かくりと船を漕ぎ掛けたをどうにか持ち直し、とにかく傘だけは離さぬ様に持ち替え。
襲う眠気に抗おうとするが―――



嗚呼、なんと、安らぐか。



「……雛……?」

静かさに徐庶が異を覚え、一声を掛けるが。
雛は既に夢の中。
雨音に混じる寝息は新たな韻律を生み出して。


それでも。
任された傘だけは、ちいさな掌でしっかりと握っていた。


―――…

「……な…ひ、な…雛……」
「…う、ん?なんだよ…じょしょ…まだ ねさせ…」



「(…ね、ねてたのか おれ!?)」

決して急かす事は無く、何時も朝に起こされている様な優しさでそろりそろりと現に引き戻され。
ついついホウ統は、徐庶の背に揺れる外だという事を寝惚け忘れたままの返答をしてしまった。

「気持ち良く寝ているところを、すまないのだが…」
「い、いや、ねてなんかねーよ!だいたい、そのっ…じょっ、じょしょのせなかが きもちいいとかでもねえしっ!」
「ん…そうか…?」
「あたりまえだろっ!」

全くもって図星であるのだが、どうにかホウ統は眠っていない方向でこの場を取り繕おうとする。
徐庶の顔を右より覗き込めば、翠の瞳が笑みを湛えて輝いており。
雨の筈なのに。
まるで、光を受けて。

「…もう既に、雨が上がっているのだが…雛。」
「っ、え…えっ!?」

驚いたホウ統が顔を上げて周囲を見渡せば、空からは雨より替わる陽の光が差し込んでおり。
街並みより外れた、近所の土手を歩く途中であった。
傘を叩いていた筈の音も、途切れを知らず街へ注がれていた筈の音も、何時の間にか絶え失せ。
徐庶が刻む韻律だけが。

「…あ、あめがあがったじてんで おこせばいいだろ…」
「起こすに忍びなくてな…」
「いまおこされんのが、いちばんカッコわるいじゃねえかよ…」
「ふふ…それは悪い事をした…」

しっかりと開き握っていた傘を閉じ、ホウ統は雨上がりの風が運ぶ土や緑の匂いを感じ取って。
まだ少し眠気の残る気だるい身体を、徐庶の韻律に任せる。

「…背負われるのが、嫌…であれば…降りるか…?雛…」
「…いいよ、いまさら…めんどくさいし…な。」

それを聞いた徐庶の翠が、また、ほんの少しだけ細められて。
悔しいけれど。
この背に、任せていたいんだ。

「雛…」
「んー?」
「正面…虹が出ている…」

徐庶を見詰めていた瞳をホウ統が正面に向ければ、七色の。
空を彩り天駆ける様に掛かる。

「え…スゲー…へへっ…あんなおおきいの、はじめてみるぜ。」
「そうだな…」



雨上がりの空には虹の橋。
背にした雛の翼が時満ちたら。

何時か一緒に、渡ろう。

■終劇■

◆0628/雨の特異日
雨の降る確率の高い日。
6月25日頃〜7月2日頃は1年の内で最も雨の降る確率が高い時期で、その中でも6月28日の確率は東京で53%と大変高い。

確かに降ったよ雨(笑)
元々この小噺を書くに至った事には、新境地じゃないバトンをやった際に蟹雛で出たシチュで。
蟹雛が一緒に歩いていたら突然雨が降ってきて、傘を持っているのが蟹さんだけという感じ。
新境地的には逆の方が新鮮、ねたとしてはこの方が出し易い(笑)
だけど当日まで何でか流れが出ているのに纏まらなくて…そしたらどうも、最初は本当に蟹雛で書こうとしていたからみたい(苦笑)
うさ雛に切り替えたら、さくさく進んだよ…最早あにまるしか書けんのではなかろうか自分…

2009/06/28 了



あきゅろす。
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