♪暖かな雪と共に触れる掌
ちらちらと小雪は舞い続け。
街は、白く真白く雪化粧。
さくさく。
ちいさな足で雪を踏み締める、お使い帰りの猫は。
ぴゅうと吹いた雪混じりの意地悪な風に、思わず毛糸の手袋とマフラーへ、きゅうっ。と縋り。
眼を閉じ、身を縮こまらせて過ぎ去るを。

まっくろな手袋を付けて握り締めれば、貴方と手を繋ぎ。
少し長かったマフラーを巻き直せば、貴方が抱き締めて。
だから、大丈夫。

「…ふう。」

縮こめた猫耳に付いた雪を淮にゃんはぷるぷると頭を振って払い落とすと、ひと息付いて。
再び、さくさくと歩を進める。
自ら志願したお使いとはいえ、やはり、ちょっと猫には厳しい冬。
早く帰ろうと、黙々。
だけど。

「…そういえば。」

ぴたり。
不意に止めた足は、何時もの散歩コースに使っている公園の前。
車止めの奥に広がる敷地内には、木々も含めて真白に染まり。
お約束、雪だるまの姿も見える。
そんな白銀の中には。

「じょせーどの…ゆきのなかで、だいじょうぶなんですかね…?」

飼い猫ではない、盛にゃんの事が少し心配。
右手に持った、張コウに頼まれた夕飯の材料が入ったおさかなアップリケのエコバックと、公園の中を交互に見て。
如何したものか、暫し思案。

「…ちょっとだけ、ようすをみてこようかな。」

さくっさくっ。
歩道とは異なる、新雪の踏み音を響かせて。
寄り道を決めた猫は、公園の奥へと消えていった。


―――…

「さく、さく…あ、あった…?」

盛にゃんの居場所を探す目印である、防柵を見付けた…事は、見付けたのだけれど。
その、防柵の後ろに何やら巨大な雪の塊が出来ており。
不思議に思いつつも淮にゃんが近付いてみると、どうやらそれは大きなかまくらだと分かる。

「えんごねこさんたちと、つくったのですかにゃ…?」

それにしても。
ちょっと、大きい。

「……もしもーし、じょせーどの いらっしゃいますかー?」

コンコン。
辺りに落ちていた小枝を拾い上げ、柵を叩いてお呼び出し。

「…よー、かくわいか。」
「こんにちは、じょせーどの。おおきい"かまくら"ですねえ。」

かまくらの入り口は、柵から見て側面に設けられている様子。
顔を出した盛にゃんが淮にゃんの姿を確認すると、もそもそとかまくらから出てお出迎え。

「ああ、これなあ…」
「えんごねこさんたちと つくったんですか?」
「いや、なんつうか…まあ、ここではなすのもなんだから よかったらなかにはいっていけよ。」
「え、いいんですかね?」
「ああ。」

盛にゃんの返答が、少々濁し気味である事に疑問は持ったが。
かまくらに入れるというのは、うきうき。
戻る盛にゃんに続き、淮にゃんもかまくらに入ってみる。

ふわ…

「にゃあ、なかは…けっこう、あったかいんですねえ。」

かまくらの中に入ると、外とは空気が驚くほど一変して。
雪で作られているにも関わらず、冷気を遮断し暖かみを覚える。
じんわりと、仄かなそれに眼を細めている。と。

「お、何だ。こいつも徐盛の子分なのかい?」
「ふにゃ?」

ぱちくり。
響いた声に細めた眼を開いてみれば、かまくらの中には先客が。
人間だ。
ちょっと、派手。

「お前も俺の子分になるか?」

ぐしゃぐしゃ。

「にゃああ、あんまりつよく なでないでくださいよ。」
「お、悪い悪い!はははっ。で、どうだ?」
「…そいつ、かいねこだぞ。つうか"も"ってなんだ、だれがおまえの こぶんになったんだ。」
「おれには"ちょーこーどの"が いるのですにゃ。」
「そっかあ、それじゃあしょうがねえなあ。残念だぜ。」

ぼすぼす。

「うう…もうすこし てかげんをしてくださいにゃ…」

本人的には猫の頭をぽむぽむてしてしと軽く叩いているつもりらしいが、大雑把な目分量過ぎで。
淮にゃんの頭がガクガクと。

「…しっかし、飼い猫のダチが居るならよ。やっぱ親分が欲しいなー、とか思ったりしねえか?」
「おれは、いまのままがきにいってるから いいんだっての。」
「これだよ…なあオイ!お前からも、コイツに親分が居る良さを教えてやってくれよ。」
「は、ええっ?」

察するに、猫が好き。らしい。
…押し売り気味だけど。
等と淮にゃんが状況を分析していると、急に話を振られて。

「…う〜ん…もちろんおれは、ちょーこーどのといっしょがしあわせですけれどね。でも…」
「でも?」
「じょせーどのにとっても、おなじとはかぎりませんからねえ。ノラでも、たのしそうにしてると おもいますしにゃあ。」
「そうそう。」
「そんなモンかねえ。」

猫からの意見に、少し気落ちした表情を見せる人間に。
ちょっと申し訳なかったか。

「…ところでおなまえ、は…?…おれは"かくわい"ですよ。」
「ああ、そうか。俺は賀斉だぜ、宜しくな!」
「がせーさんですか。…がせーさんが、ほんとうに"じょせーどのをかいたい"とおもっているなら。いつか、かないますよ。」
「お、そうか!だよな!よっし、諦めねえからな!」
「おまえ、よけいなことをいうんじゃねえよ!」
「す、すみません…」

軽いフォローのつもりが、恐らく放っておいても大丈夫だったくらい賀斉の立ち直りは早かった。
今度はぐしぐしと盛にゃんの頭を撫でて?いる、が。
盛にゃんは慣れているのか、さして気に留めてはいない模様。

「ところで、このかまくらは…」
「ん?ああ、俺が作った。何も無いよりは全然マシだろ?」
「そうですにゃー。」
「もっとよお、ド派手に飾りとか付けたかったんだけどな!」

そのセンスで飾り付けられたら、それはそれは大変な事になりそうな予感がひしひしと。
盛にゃんが止めたであろう事は想像に難くない。

「つうか、冬の間だけでもウチに来りゃいいのによー。」
「にゃ、そうですよ。ものはためし じゃないですか。」
「あー、うっせーうっせー!」

ぷるぷると頭を振り、賀斉の掌…というよりも、ふたりの言を振り払う気持ちの方が大きいか。
胡坐を掻いたまま腕組みをして、不動の構えを取っている。

「まあいいか、これからも様子を見に来るからよ!」
「…かってにしてろ。」
「にゃ、じょせーどの…がせーさんを、きらいなわけでは…」
「うっせえ、メシをもってくるからってだけだ。」

なかなかつれない猫心。

「徐盛たちが居なくなると、アイツも困るだろうしな。」
「「"アイツ"?」」

さて、誰の事か。
盛にゃんも心当たりは無い様子。

「…ほかにも、"ねこすき"さんがいる。ということですかね?」
「ああ、そうなんじゃねえかなあ。…多分。」
「なんで"たぶん"なんだ?」
「話をした事は無えからな、でもしょっちゅう猫を見てるからそうなんじゃねえか?…今も。」
「「いまも?」」

はて、何処に?

「其処に居るだろ。」
「にゃあ?ゆきだるまならありますけれど…」


……ボッゴオオオッ!


「ふにゃああああ!?」
「うわお!?」

「…き、貴様…余計な事を…!」

賀斉が指差したかまくらの外には、すぐ目の前に太い幹を持って春を待つ桜の木が有り。
その根元。
其処には確かに、少々崩れ掛けの雪だるま…だと、今となっては思っていたものがあった。
そしてその塊は、2匹の猫が疑問を持ち注目を集めた刹那―――急に揺れたかと思うと、中から人間が出てきた訳である。

「いいじゃねえか、お前も猫が好きなんだろ?」
「ぐ…うっ…!」
「…え、え〜と…とりあえず、ゆきまみれですから すこしはらったほうがいいですよ。」

ぱたぱた。

「……貴様、逃げんのだな。」
「いや、まあ、ちょっとにげたいですけどね…」

よくよく淮にゃんの尻尾を見ると身体へ巻き込み隠し、猫耳も伏せて小さく見える様な姿勢。
喧嘩を売られて、受ける気は無い猫状態。
何故、反射的にそうなってしまうのか淮にゃん自身もよくは分からないのだが…どうも、鬼気とした何かを感じての事。
とはいえ、仲良くなるのが特技の淮にゃん。
雪塗れでかまくらの前に立ち、賀斉に抗議するその人間の雪をぱたぱたてしてしと払ってあげる。

「…確か郭淮とか名乗っていたな、貴様。」
「そうですにゃ。…あなたは?」
「……郭嘉だ。」
「にゃあ、かくかさん。…え〜と…なんで、ゆきだるまのなかからでてきたのですかね?」
「愚問だな、猫を見ていたら雪が積もってしまっただけで、元より中へ居た訳ではない。」
「…いつからいたんだコイツ…」

因みに、盛にゃんも若干尻尾と耳を縮め気味。

「何時も、そんな感じで離れて見てるよなお前。構ってやりゃあいいじゃねえか、俺みたいに。」
「…それはそれで、めいわくしてるぞ おれは。」

再び、ぐしゃぐしゃと賀斉に頭を撫でられ。
迷惑そうな顔をしてはいる、が。
盛にゃんの尻尾は、少し安心したようにゆっくりと揺れ出した。

「…それが出来るのであれば俺もこの様な見方はせん、この小動物どもの方が俺から逃げるのだから仕方がなかろう!」
「あの、ね、ねこがすきなんですよね?」
「……その、媚びる様な造形に翻弄されるというのは本来、俺の本意ではない。それだけだ。」
「素直に"好き"って言えよ、回りくどいなお前。」
「ぐ…っ…」

どうも、元々の性格が災いしているのか。
自分自身が果てしなく猫好きである事を、自分自身が納得出来ていないという状態らしい。
それが故。
猫を愛でる気持ちと、猫を愛でる事は本来の自分ではないという葛藤が、鬼気迫るオーラを発して猫に接してしまう結果となり。
その正体不明の接され方が、猫にしてみれば理解不能過ぎて本能的に逃げられているのだろう。

「え、え〜と、かくかさん…まず、こう、"にこり"とわらってせっしてもらえれば、すこしは…」
「…マシになるかもな。」

何しろ、愛でたいと愛でたくないの葛藤に揺れ過ぎて。
最早、猫にガンを飛ばしている。

「…何だ、こうか。」


ニガリ。


「…すくなくとも、"にこり"ではねえな。それ。」
「というか、"ニヤリ"ですらなかったですにゃ…」
「ええい!貴様らがやれと言っておいてからに何だッ!」

しっぽふりふり。
にゃーん。

「がっ、ぐっ…!」
「…なれたら、すこしおもしろくなってきたな。」
「そうですにゃー、ほんとうにねこがすきみたいですねえ。…かくかさん、かくかさん。」
「…な、何だっ。」
「よかったら、おれを なでなでしてくださいですにゃ。」
「なっ、何だと…ッ!」

ちょこん、と。
淮にゃんは郭嘉の前に"どうぞ"と自分の頭を差し出して。

「さっき、がせーさんがじょせーどののあたまをなでているのをみて、かくかさん うらやましそうでしたからね。」
「そ、その様な事は…ッ!」
「いいですから、かくかさんとも なかよくしたいです。」
「……ふ、ふん……」

……なでなで。

雪混じりの手袋で猫耳ごと撫でられるのは、冷たい筈なのに。
どうしてか、あったかいのは?

「こんど、おれのともだちのねこも つれてきますよ。」
「おっ、それじゃ俺にも紹介してくれよ!」
「もちろんですにゃー。」
「ま、待て貴様ら!俺は何も「うさぎは すきですかね?」



「……う、兎か…兎……」
「お前、小動物全般が好きなんじゃねえの?」
「なっ、だっ、誰が小動物好きかッ!勝手な事を言う「それじゃあ、うさぎのおともだちも つれてきますね。」
「……そ、そうか……」

白銀の中で新しく出逢った猫好きさんは、ほんのちょっと変り者さんだったけれど。
猫を撫でるふたりの掌は、雪の中でとてもとても暖かく。

それは、貴方もやっぱり猫を好きだから!

■終劇■

2009/02/22



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