天鵞絨の猫 -velvet cat-
―――貴方の、猫。
貴方の猫で、居たいの。
奔放気ままで、我侭な猫だけど。



「ちょーこーどの、ちょーこーどの。いま、あいていますかね?」
「何だ?郭淮。」

ぽてぽて、と。
リビングのソファーで新聞に目を通していた張コウの膝を、淮にゃんは軽く2度3度と叩いて。
かさりと紙の擦れる乾いた響きの奥から張コウが顔を出せば。
一度、じっと。
目線を合わせたまま一呼吸を置き、空気を整え用件を切り出す。

「これに…おれの"なまえ"をかいてくださいにゃ。」

そう言って淮にゃんが懐から取り出したのは、ひとつの首輪。
特別な意匠が凝らされている風でもなく。
ごくごく普通の、赤い首輪。

「…これは…一体、どうしたというのだ?急に。」
「ひなさんから、つかわないというので もらってきましてね。」
「兎の方か…」

確か。
「雛うさぎ」の種であるホウ統は、ペットショップの出で徐庶の元に来たと張コウは記憶しており。
恐らくこの首輪は―――その際に、店側が付けたものだろうと推察した。
不要とされて、今、この場に存在する理由が他にはすぐに思い当たらなかっただけではあるが。

と、いうか。

「…お前にも必要は無かろう。」

身体を少し前に屈めて、淮にゃんから首輪を受け取り見れば。
成る程、裏側に名を記せる作り。
だからといって…張コウにしてみれば、思うに、徐庶と同じく首輪の必要性を感じてはおらず。


―――その様な、無粋な縛り。


しかし、猫には猫なりの事情が有るらしい。
張コウの返答が否定的であろう予見はしていたらしく、淮にゃんはたじろぐ事無く食い下がる姿勢。

「…どうしても、つけてほしいんですよ。」
「何故だ?」

座る張コウの太腿に縋り寄る様、身を預ける様。
きゅう、と。
掌に力を込めて、しっかと張コウを捕まえて。

「…おれは、ちょーこーどののねこですよ。ずっと。」

だか、ら。

「ちょーこーどのに なまえをかいてもらって、ちょーこーどのに くびわをつけてもらって。」

そうする事で、きっと。

「…何だ、怖くなったのか?」
「……にゃ……」

言いながら段々と顔を俯かせる淮にゃんに、張コウはその身体を抱え上げて隣に座らせる。
背をゆっくりと擦られ、おずおずと張コウを見上げる猫は。
こくり、何も言わずちいさく一度だけ頷いて。
そんな猫の様子に張コウは眼を細めると。
背を擦っていた掌を頭に移し、くしゃりと髪を軽く掴んでさらさらと指の隙に髪を通し梳かせる。

「……少し、待っていろ。」
「あ…はい、ですにゃ。」

身体が斜めに傾いたかと思うと、猫耳へ張コウの口唇が柔ら。
その心地に、ふるふると淮にゃんは反射的にくすぐったさを示し。
愛い猫の様に満足して今一度張コウが笑みを浮かべると、首輪を持ったままソファーから離れた。


―――…

「…そら、出来たぞ。」
「にゃあ、ありがとうございます ちょーこーどの。」

うずうずしながらも、ソファーに座り待っていた淮にゃんは。
戻ってきた張コウが座り直すまで、その姿を目線で追い掛ける。

手、には。

「…にゃっ…あれ…?」
「…俺が、これを付けてやれば良いのだろう?」
「え〜と…そう、ですね。」

でも。

…しゅる…るっ…
きゅ、きゅっ。

「…こんなところか。」
「うにゃ…これは…びろうど、ですよね?」
「苦しいか?」
「いや、それはありませんけど…くびわ、は…?」

ふわりと首の周りの空気が揺れて、ゆったりと巻かれた天鵞絨。
張コウの意図が掴めず、淮にゃんが巻かれたその深い光沢の布に触れてみれば…内に、先程の首輪の感触が当たる。
どうやら、首輪を天鵞絨に包みスカーフの様に巻いたらしい。

「…名は記したし、お前の首にも巻いた…違えてはおるまい?」
「む…そうですねえ…」

すりすりと、上質の天鵞絨の心地は後を引く。
首をくりくり動かして、少しひんやりとしながらも滑らかで弾力の有る気持ち良さは―――

すり…っ…

「ふにゅ…ちょーこーどの…」

天鵞絨へ寄せていた猫の頬に、張コウの指先が触れる。
指先が、徐々に掌へと変わり。
淮にゃんは、天鵞絨も張コウの掌も一緒くたにしながら心地良さに身を任せて摺り寄せれば。
ふにゃあと、ひとつ鳴いて。

ひょい……すとん。

「…ちょーこーどの?」

不意に身体が宙に浮き、収められたのは張コウの膝の上。
きょとん、と。
天鵞絨と同じ光を湛えた猫の瞳が、向かい合う張コウを見詰めて。

「気に入ったか?…伯済。」

ほんの少し首を傾け、静かに張コウは猫の字を呼ぶ。
それが、さも、当然である様に。
猫が戸惑いの色を見せたのは、呼ばれたからか。
それとも、貴方の事を。と。

「……ありがとう、ね。……しゅんがい……」

意を決した様にして淮にゃんが字を呼べば、張コウは眼を細めて口角は密やかな笑みを形作る。
その口唇を、優しく、そっと猫の額に落として。
抱きすくめれば、天鵞絨の心地が張コウにも伝わり寄せ。

「…びろうどと、しゅんがいと、おなじきもちよさですよ。」
「ふ…そうか。」

張コウの首に腕を回し、淮にゃんはいっぱいに張コウを感じ取り。
柔らかな、確かな、その総てを独り占める様。

「…おれは、しゅんがいのねこ…ですからね?」
「ふふ…全く…存外に心配性な猫だな、伯済…」

ぴったりくっ付いて離れない猫を、どうにか少しだけ離し。
それに不服そうな顔をしているちいさな猫の口唇へ、張コウは自分の口唇を永く永く重ね合わせて。
とろとろ、ふわふわ、すりすり。

貴方と、混じり合う。



奔放気ままで、我侭な猫だけど。
―――何時だって。
帰るのは、貴方の元だから。
ね?

■終劇■

◆魏正元二年一月癸未…255年1月30日。
郭淮の命日を偲んで、久し振りのちょこ淮にゃん小噺です。
…本当に…久々です…(苦笑)
1754回忌という事でいいのかな。

◆この小噺は…えっと。
実はお絵描き指定のバトンを戴いたものの、落書き絶不調で年を越してしまいまして(殴打)
それでその、せめて小噺の方で…とか…アハ、ハ。
首輪は良いアイテムですね!(…)
いやその勿論、隷属的な意味で用いるのも好物ではありますが!
でも、にゃん仔にはぴったりと締めるよりもビロードでゆるりと所有を示してあげたいな、とか。
そんな感じですー。

因みに、僕はビロード狂です。
一度触ってしまいますと、延々延々止め処無く触り続けます。
ベルベット、って呼ぶ方が響きは好きかな?最も、作中では天鵞絨(びろうど)で通しましたが。
パソ子書きだったから、総てコピペですよ天鵞絨(笑)
"淮"もコピペじゃ(苦笑)

◆魏の盛衰を見届ける中。
最期まで己の役割を全うした彼の安らかな冥福を。
貴方を想う、涙雨。

2009/01/30 了



あきゅろす。
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