Weekend lemon peel
週末を、貴方と一緒に。
―――望む事は、何時だって只ひとつ。



「…にゃ、う…むにゃ……んん…」

張コウのベッドで穏やかな週末の午睡を楽しんでいた淮にゃんは、ゆるゆると眠りより目覚めて。
くしくしと、眼を手の甲で擦る。

「……あれ、ちょーこーどの?」

もぞもぞと布団から這い出て、きょろきょろと辺りを見回すが張コウの姿は見当たらない。

「…かいものにでも いかれたのですかにゃ……ふわぁ…」

まだ眠気が取れず、大きな欠伸をひとつ。
それに釣られて滲んだ涙目を、またくしくし。
晴れない眠気に任せて、また眠り落ちてもいいものだが。

ぐうぅ。

「……おなかが すきましたにゃあ……」

時計を見れば、丁度おやつの時間。
淮にゃんの腹の虫は、法則通りに鳴り響く。

「よ、っと。」

ベッドから降り立ち、もしやと思いキッチンへ足を向けてみるが…やはり張コウの姿は無い。

「…かえってくるまで、まつしかないですね。」

ふぅ、と溜息ひとつ。
ぐぅ、と腹の音もまたひとつ。
止む無し、リビングで大人しく待っていようと踵を返そうとした…その時。

「…にゃ?…なんですかね、これ…」

ふと。
キッチンへ据えられたテーブルの上に、見慣れぬ瓶が置かれている事に淮にゃんは気が付いた。
見上げたその瓶の中身は、ガラスの反射を受けてキラキラと。

輝く結晶を纏う、それは。

「"さとうがし"…ですかにゃあ。」

よく近くで見ようと椅子によじ登り、まじまじと瓶の中身を見詰める。
細く切られた黄の色をした砂糖漬け。

「…おやつに たべてもいいのですかにゃ…」

机にぺたりと身体を預けて、じぃ、っと。
尻尾をふるふる揺らす。

「……きっと、きょうのおやつに ちがいないですね。」

キラキラの瓶を手にとって、淮にゃんはくるくると蓋を回す。
ぱかりと開けたガラスの器からは、浮かぶ仄かな香気。

「おいしそうですにゃあ♪」

つい、と。
ひとつを手に取って、指を砂糖塗れにさせて。
ぱくりと口へ運ぶ。

「にゃ…あまずっぱいですにゃ♪ ……れもん、ですかね?」

それは檸檬の皮で張コウが作った、お手製のレモンピール。
程好い酸味と甘味が同居し、素材の好さを余す事無く引き出している。

「にゃ〜……♪」

ぱくぱく。

…もぎゅもぎゅ。

「……と、とまらないですにゃあ…」

素朴な作りながら、それ故に後をひいて。
みるみる内に瓶の中は空へと向かう。

「…にゃう……か、からにしてしまいましたねえ。」

ちゅぷ、と指を咥え舐め。
名残惜しそうな顔を淮にゃんは浮かべて、しゅんと耳を下げる。

「…また、つくってもらえば いいですにゃ♪」

基本的に、猫は前向き。

ガチャガチャ……ガチャリ、ギィッ…

「…起きていたか。」
「にゃあ♪おかえりなさいですにゃ、ちょーこーどの。」

帰宅した張コウは、直接キッチンへと向かい淮にゃんの姿を捉える。
手にした買い物袋を見るに、食材の買出しへ出掛けていた模様。
机の上にその袋を置くと、在るけれども無いものが目に映る。

「……もしかして、それを総て食べたのか?」
「にゃ、にゃあ…おいしかったですよ?」

確かに満杯であった筈の中身が空になっているのだから、気が付かない方が無理という話。
言葉の端に、咎める様な色は無いが…独断で食べてしまった事に、今更淮にゃんは少々バツを悪くしてしまう。

「…ええと……にゃ、にゃう?」

口篭って下を向いた淮にゃんを、張コウは抱え上げる。
淮にゃんは足をぷらぷらさせながら、何事かと目線を向けて。

「他にも、何か食べたか?」
「…しつれいな、そんなに くいいじは はっていませんよ。」
「そうか。」
「……にゃ、あ…っ…?」

どうして、目の前には張コウの顔があって。
口唇には、優しい感触。
ほんの少し、吸い上げる様なそれが。


口付けだと理解して。
甘酸っぱく痺れる熱を感じた時にはもう、離されて。


「…にゃう…」

理解はしたけれど、淮にゃんはまだキョトンとした表情。
ひょい、と。
そんな様子を余所に、張コウは再び椅子へと猫を座らせる。

「……少々、酸味が強い仕上がりだったか。」
「にゃ、にゃあ?」
「味見をしていなかったのでな。 …次は、砂糖を変えてみるか。」

何時もの、微かだけ見せる笑み。
つまみ食いをした猫に、甘いお仕置きを。

「…いっぱい、つくってくださいですにゃ。」
「ふ…分かっておる、また目的の物が作れんのでは敵わんからな。」
「え、これで できあがりではないのですかね?」
「まあ、確かにこれだけでも構わんだろうが…本来は、ミンスにして今日のケーキに入れてやろうとしていたのだがな。」

呆れた様にして、張コウはごそごそと足りなくなっていたケーキの材料を買い物袋から取り出す。

「にゃ、にゃああ?ケーキようのだったのですか?」
「ああ。 …だが、それを一瓶食べてしまった様だし、作らずともよいか?」
「た、たべますよ。 …ちょーこーどのがつくってくれるケーキ、だいすきですにゃあ。」

腕をふりふり抗議する様に、また小さく笑みが零れて。

「さて、レモンピールの代わりになりそうなものはあったものかな…」

猫の頭をひと撫ですると、張コウはケーキ作りの準備を始めた。



「にう…おいしいですにゃあ♪」
「やれやれ…どれだけ別腹なのだ。」

しっとりと焼き上げられ、表面には杏のジャムを塗られて艶々のケーキ。
レモンピールの代わりに、ラム酒漬けのフルーツを加えて。

「ところで ちょーこーどの、これは なんというケーキなんですかね?」
「…ガトー・ウィークエンドだ。」
「…かわったなまえですねえ。」

張コウは珈琲を。
淮にゃんは紅茶を一口。

「……お前の寝顔を見ていたら…このケーキの謂れを思い出し、作りたくなったものでな……」
「にゃ?なんというのですかにゃ?」
「ふ…さあ、な。」
「むー、おしえてくださいよ。」

不服そうに膨れる猫には応えず。
張コウは眼を細めて、もう一口ずつ。

素朴な甘味のケーキと。
それに反する様な、深いブラックを流し込んだ。





週末を、貴方と一緒に。
―――望む事は、何時だって只ひとつ。



(待ちに待った週末だから、精一杯私を愛して欲しい)

■終劇■

◆1005/檸檬の日
高村光太郎の妻である、智恵子がレモンを噛んだのが1938年の今日。
トパーズ色の香りの中で、智恵子が絶命した日にちなむ。

2007/10/05 了



あきゅろす。
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