♪蟹さんと雛うささん
かさかさ。カサカサ。
歩む小さな足は落葉を踏み拉き。
幽かに奏でられる音色は、そのまま秋の足音へと変わる。
ふっ、と。
徒に吐いた息は、凛々とした清々しい秋晴れの空気に掻き消えて。
歩を止して天を仰げば空の蒼々、紅葉の紅々と黄々。
鮮やかの織り成しが双眸を楽しませ、また、そのあまりの眩しさにほんの少し眼を細め。

統にゃんは、美しい秋の盛りに色付く街の変化を五感で受けながら何時もの公園へと向かっていた。
日課の散歩、という事なのだが…珍しく、1匹。
普段、散歩の誘いに来るのは淮にゃんの方である。
それがどうした事か。
今日は件の時刻になっても現れなかった為、本日は統にゃんの方から張コウの家のチャイムを鳴らしていた。
出迎えた淮にゃんに変わった様子は無かったが。
誘いの返答はというと

「すみませんね、ほーとーどの。いつものこうえんへ、さきにいっててください ですにゃ。」

で、あった。
統にゃんは、それに対して「何故」を問い掛ける事は無く。
了承し、ひとり先に公園へと向かい始めたのであった。
ゆっくりと歩を進めていれば、いずれ追い付いてくるであろう。
そうして、その手には。


―――あの香は、そう、きっと。


彼の家から漂い、自分の鼻腔を擽った芳醇を思い出して。
今一度、統にゃんは双眸を細めて笑む。
秋なのだな。と。

かさり。
ひとひらが、好天を見上げ続ける統にゃんの眼前を掠めて足元へ。
舞い落ちたそれを契機として、再び歩を進め始めた。


「そろそろ、くるころかのう…」

ゆるりと進めたつもりではあったが、思うよりも早かったのか。
それとも、存外に淮にゃんが手前取っているのか。
公園の入り口に統にゃんは着いてしまっていたが、散歩の友は未だ姿を現していない。
しかし、来ると言ったのだ。
統にゃんは入り口の車止めにちょこんと乗っかると、鈴音の如く心地好く抜ける秋風を受けながら気長に待つ事にした。

かさかさ、かさかさ、かさかさ。

不意に。
一定の規律を保ちつつ、けれど統にゃんが奏でたものよりも速い秋の音が近付いてくる。
徐々に迫る、その走者且つ奏者。
車止めからするりと降りて確認すれば、紅葉よりも紅い衣が走り寄りて。
陽を受けてきらきらと反射する冠は黄金に映えて、銀杏を凌駕。

かさかさ…かさりっ。

「ふう…おまたせしましたかね?ほーとーどの。」
「いや、きょうは そとがとてもきもちよいからな…さして、まったようなきはしない。」
「そうですか?まあ、でも、おわびといってはなんですけれど…」

がさがさ。
ほっこり。

「やはりそれか。」
「あき、ですからねえ。」

淮にゃんは、統にゃんが予見した通り何某か詰まった紙袋を抱えており。
折り閉じた口を広げて中身を見せると、ほこほこと芯まで火が通ったであろう焼き芋がころころと詰められて。
ころん、と、5個の塊。

「よていよりも、じかんがかかりましてね。」
「ふふ…いただこう。…しかし、すこしかずがおおくはないか?」
「じょせーどのと、えんごへいさんたちのぶんですにゃ。」
「ああ、なるほどのう…」

ふわふわと辺りに漂う優しい香に、秋の想い。
2匹の猫は、同じ韻律を踏み奏でて公園の中へ消えていった。

―――…

「じょせーどのは、いないみたいですにゃあ。」
「きままに、ふらりと ほうろうしているみたいだからのう…」

一通り公園内を回ってみたのだが、目印の柵が見当たらない。
どうやら、盛にゃんは出掛けている模様。

「さめてしまったら おいしくないですからねえ…とりあえず、おれたちだけでたべましょうか。」
「そうだな。」
「じゃあ、おきにいりのベンチで…にゃっ?」

てこてこと、公園を一周半してお目当てのベンチに向かうと。
先程は無かった人影が猫たちの眼に映る。
黙々と耽る様に書を開く先客に、声を掛けるのは少々憚れて。

「…どうしましょうかね?」
「…ちがうばしょへ、うつるしかないのう…」


「……猫……」


「にゃあ?」
「えっ?」

こしょこしょと、どうしたものか小声で相談をしていたのだが。
落葉が流れ舞う、囁きの様な乾いた音色に混じり。
風に乗って自分たちを呼ぶ声が運ばれる。
声の主を探し求めれば、ベンチに佇む人影が書より目を離し、猫たちへ目線を向けていて。

「いってみましょうよ、ほーとーどの。」
「お、おい…ちょっとまってくれ、かくわい。」

枯葉となった落葉の絨毯をさくさく踏み鳴らし、淮にゃんはベンチの主へと近付いてゆく。
その後を、統にゃんは追い掛け。

「こんにちはですにゃ。」
「ああ、猫…もしや、このベンチに用かあるのか…?」
「はいですにゃ、このベンチで いつもひなたぼっことかしていますからにゃあ。でも、はやいものがちですからね。」
「二人掛けだが…寄れば、お前たち2匹くらい座れるだろう。」

そう言って、主は猫たちの為にベンチに空きを作ると。
座るように促す。

「ありがとうございますにゃ、かにさん。」
「…蟹?」
「あ、つい、おもったことをくちにだしてしまいましたよ。」
「さ、さすがに しょたいめんでそれはないだろう、かくわい…」
「…別に構わないが…よく、そう呼ばれるしな…」
「にゃ?そうですか?」

淮にゃんがベンチに座ると、統にゃんも続く。
礼のついでにうっかり、見たままの感想を淮にゃんは漏らしてしまったが…主は特に、気にしていない様子。

「さてと…はい、ですにゃ。」
「ん、ああ…ありがとう。」

ようやく落ち着いたところで、ごそごそと包みを開けて。
まだ暖かいままの焼き芋のひとつを統にゃんに。

「かにさんもどうぞ、ベンチのおれいですよ。」
「いいのか…?」
「けっかてきに、あまってしまったから…もらってもらえると、たすかるんですよ。ね。」
「そうだのう。」
「では…戴こう。」

もうひとつは蟹さんへ。
書に栞を挟んで脇へ置き、ぽかぽかの秋の味覚を受け取る。
ぽくん、と半分に割り開いて。
ひとりと2匹、揃ってまず一口。

「なかまで、ひがとおってますかね?ほーとーどの。」
「ああ、おいしいぞ。」
「…"ほうとう"…?」

もむもむと焼き芋を堪能しながら、その具合を問い答える何気無い会話。
それを蟹さんは、これまた何気無く聞いていた様子だったのだが。
不意に出た名を聞き、ゆっくりと猫たちの方に振り向く。

「あ、そうだそうだ。おれは"かくわい"で、こちらは"ほーとー"どのですにゃ、かにさん。」

遅れ馳せながら、自己紹介。

「…俺は、徐庶。」

「えっ…」
「にゃああ?じょしょさん?」
「変わった名か…?」
「いや、かわった…とかではなくてですねえ、ほーとーどの。」
「あ、ああ…」

統にゃんと淮にゃんは、蟹さん…もとい徐庶をぱちくりと見上げ。
徐庶はそんな猫たちの様子に、あまり表情は変わらないが不思議を想っている様子が窺えた。

「ほーとーどののかいぬしさんも、"じょしょ"さんですよ。」
「…成る程な、それで驚いていたのか。」
「う、うむ…ぐうぜんとは、あるものだな…」
「偶然、か…それはどうやら、もうひとつ有る様だ…」
「え、なんですかね?」

興味津々の淮にゃんと。
淮にゃんほど露骨ではないが、気になる様子の統にゃんと。
焼き芋をしかと握ったまま、徐庶の話の先を待つ。

「…俺が飼っているのも…名は、ホウ統だ。」
「えっ、そ、そうなのか?」

淮にゃん越しに、驚いた声を統にゃんは上げて。
もうひとりの徐庶の事を、身を乗り出し気味に見上げれば。
気になるのは。

「かになじょしょさんの ほーとーどのも、ねこですかね?ぜひ、ともだちになりたいですよ。」
「いや、俺のは…その辺りに居ると思うが……雛、居るか…?」

がさっ。

「にゃ?」「んっ?」

がさがさ。
…ぴょこん。

「にゃっ、にゃあっ!?」
「な、う、うさぎのみみ…っ!?」





ばっさーっ!

「…よんだか?じょしょ…って、どうしたんだよ?このねこ。」
「…ああ、なんだ。ちっちゃいですにゃ。」
「そ、そうだのう…」
「…おまえさんたち、しょたいめんでいうセリフがそれかよ…」

ベンチの後ろの茂みに向かい、徐庶が声を掛けると。
揺れた先から、真っ白な兎の耳が姿を見せた。
その時点で、公園・茂み・兎というコンボに関して若干のトラウマが有る2匹の猫は、反射的にひしと抱き合い。
…なので。
現れた兎は思ったよりも小柄だった為、少々拍子抜けした模様。

「にゃあ、あなたが"ほーとー"どのですかね?」
「ああ、なんだ?じょしょからきいたのか?」
「さきほど、"ひな"とよばれていたようだが…」
「おれの、しゅるいめいなんだけどな…"ひな"ってのは。」
「呼び易くて良いだろう…」
「よくねえよ。」

かさかさと落葉を鳴らしながら、雛うさぎなホウ統はベンチの徐庶と猫たちの前に出る。

「じつは、こちらも"ほーとー"どのなのですよ。」
「えっ、そうなのか?」
「うむ…その、それで…かいぬしのなも"じょしょ"でのう。」
「へえ?めずらしいこともあるもんだな。」

猫たちの話を聞いて、その偶然に雛も驚き気味。
同じ名の"ホウ統"をまじまじと。

「これもなにかの"えん"ですから、よかったら おれたちのともだちになってくださいにゃ。おれは"かくわい"ですよ。」
「ああ、いいけどよ。」
「それでは、おちかづきのしるしに…やきいもをどうぞですよ。」

すちゃ、と。
淮にゃんは、紙袋から再び焼き芋を取り出して。
雛へ差し出す。

「お、さんきゅ。…でも、たったまま…まあ、いいか。」
「…此処に座れば良かろう…」
「ちょ、ま、まてじょしょ!は、はなせってこの、ばかかにっ!」

きょろきょろと雛が辺りを見回すが、ベンチは流石に満席で。
別にいいか、と焼き芋にかぶりつこうとした瞬間、徐庶に身体を軽々と持ち上げられる。と。
膝の上に乗せられて、すっぽりと収まってしまった。

「お、おろせって!はずかしいだろっ!」
「だいじょうぶですよ、わりとよくみかけるこうけいですから。」
「…わたしの"じょくん"とは にておらんかとおもったが、わりと ちかいものがあるのう…」
「…"じょしょ"ってやつは、どこもこうなのかよ?」

ぱたぱたと徐庶の膝の上で暴れていた雛だったが、猫側は何やら至極当然の事として見ている模様。
その理由をうっすら察すると、観念に近い形で暴れるのを止す。

「おや…何時もこうなら、嬉しいのだかな…」
「うるせー…」

ほんの少し、徐庶は雛を乗せ寄せた腕に力を込めて。
雛の方は半ば自棄か、そんな徐庶の胸元へ背中を預けてがふがふと焼き芋を頬張り始めている。

「ふふふ、なんだか…よいともだちになれるきがしますにゃあ。」
「ああ…そうだのう。」



猫たちの新しいお友達は、蟹さんと雛なうさぎさん。
食欲の秋、読者の秋―――出会いの秋、というのも悪くはない。

■終劇■

◆いい夫婦の日ねたは結局出なかったのでorz
通常通り、にゃん仔の日としての小噺です。
…10月13日のさつまいもの日に上げる筈だったんですけどね(爆)
いやはや、うっかりうっかり(…)
軍師蟹雛も取り扱いに入れたいー、と言いつつここまで延ばし延ばしにしていた訳でして。
まずはあにまる化からやってしまった方が広がるカシラ?と。
にゃん仔ともども、うさぎさんたちも愛でて貰えたらこれ幸いだなあとか思っておりますぞ。

2008/11/22 了



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