淡雪夢想
ふわ、り。
淡雪の、ゆめをみた。
季節外れも甚だしく、春を迎えるどころか冬すらも、まだ。
それでも、それは淡雪なのだと。
そう想った。



―――泡沫の、真白。



「……ん…っ……」

ゆるりゆるりと覚醒する、心地好い朝の始動。
長い長い秋雨は昨晩のうちに終わりを告げたのか、と。
カーテンの隙より漏る、澄んだ空気に益して輝く陽の光を感じ取りながらホウ統は双眸を薄く開く。
きりりとした秋の息吹が眼へ流れ込み、光を得て見たものは。

(―――…淡…雪…?)

夢の続きを見ているのか、その、真白は。
それとも。
朝靄と、輝く日の光の織り成しが見せる幻視であるか。
不思議と同時、思うは好奇。
もぞもぞと腕を伸ばし、ふわふわとした真白にホウ統は触れる。

(……冷た……)

くは、無い。
寧ろ柔に温かく、軽や。
益々の不思議に探求、撫でる様に二度三度と指を這わせる。
と。

「…んん…くすぐったいぞ…ほーとー…ほっほ…」

ふるりと真白は指先で微細に揺れ、ほんの少しだけ逃げようと。
しかし、嫌悪という風ではない。
寧ろ心地好かったのか、にごにごと再び揺れたかと思うとホウ統の方へ真白は擦り寄せられた。

(……ああ、そうか……徐君の…耳か……)

真白の正体を悟り、ホウ統はもう一度だけ優しくふわりと愛で。
今暫く、共に眠り落ちんと双眸を伏し掛けた。





(―――…徐君の、耳…?)


「なっ、え、ええっ!?お、おい!起きろ徐君!」
「…なんじゃ、ほーとー…さむいではないか…」

己の出した結論を反芻するに、ホウ統はおかしな事に気が付いた。
徐庶の事だけではなく、自分自身にとっても。である。
よもや、と飛び起きれば我が身の有り様に変化の確信を持ち。
布団を剥がして尚、隣で未だ眠りこけようとする徐庶も、また。

「もうすこし、ねさせてくれんかのー…やすみなのじゃし…」
「頼む、今すぐ起きてくれッ!」

急に布団を剥がされて寒かったのか、徐庶はのろのろと緩慢ながら熱を求めてホウ統の体温に縋る。
そんな徐庶をガクガクと多少荒っぽく揺らしたところで、漸く。
仕方が無さそうに眼をくしくし擦り、徐庶はホウ統をとろとろの眼でゆるりと見上げた。

「どうしたというんじゃ…?……おや、おや?」
「や、矢張り…」



互いの有り様をまじまじと見詰め、じわりと理解。
ホウ統は端整たる身体を持つ人と成り変わり。
徐庶は…淡雪の如く真白の耳と尻尾を持つ、猫へと変化していた。



―――…

「ほっほ!ねこのからだとは…こうしたものか、なかなかおもしろいのう。なあ、ほーとー。」
「面白い、で済む話ではなかろう。徐君…」

これからどうしたものかと悩むホウ統を余所に、徐庶…にゃんは、くるりと衣を翻して一回転。
衣と同時、ふわふわりと舞う己の尻尾を目線は追っている。
察するに相当、気に入った様子。

因みに。
衣服のサイズも合わなくなってしまった為、庶ーにゃんが着ているのは元統にゃんの衣であるし。
ホウ統が軽く着込んでいるシャツやらジーンズやらは元徐庶のものである。
…軽く、と客観的にそう見て取れるのは前が閉まらなくて袖を通しただけだからかもしれない。

シャツが。

「ほーとーも、せっかく"ひと"になったのだから おうかすれば よいではないか。ほっほ!」
「…君は、一体どれだけ楽観主義なのだ…」

かくん、と。
庶ーにゃんの台詞にいっそ脱力してしまい、ホウ統は頭を垂れて大きな溜め息を吐いている。
深く深く呼吸を置き。
ゆっくりと頭を上げて猫を見直してみれば。
ふりふり、尻尾を振っているつもりなのだろうが。
ついでに小さなお尻もふりふり。

「うーむ。しっぽだけうごかそうというのは、ぞんがいむずかしいの…コツとかあるのか?」
「…コツと言われてもだな…」

成る程、猫を謳歌している模様。
そんな庶ーにゃんの様子に、ホウ統は最早呆れを通り越したのか。
愛い感情を発露させた笑みをちいさく零す。
私よりも君の方が、或いは猫が似合うかもしれないな。と。
そんな事を想い。

「おお。そうだ、そうだ。のう、ほーとー。」
「何だ?徐君。」

ふりふり揺れていたお尻が止まり、庶ーにゃんは目線を自らの尻尾からホウ統へと移す。
そうして。
とてとてとベッドに腰掛けるホウ統の前に立つと。
するり、両の腕を広げた。

「だっこしてくれんかの、ほーとー。ほっほ!」
「な、何を言っているのだ。」
「よいではないか、えんりょなく ぎゅーっと しておくれ。」

ひらひらと掌を振り抱擁を強請る庶ーにゃんは、満面笑顔。
正に天真爛漫。
愛惜を沸き立たせるに充分であり、此れ程までに的を得た表しは他に類を見ないであろう。
混じりの無い、君。

「ば、馬鹿者。知らぬっ。」
「なんじゃ、いつもだっこしてやっとるのじゃから たまには ぎゃくというのもよかろう。」
「あれは、君が勝手に私を抱き上げているのではないかっ!」
「つれないのう…」

口唇を尖らせ、ぱたぱたと尻尾を振り、拗ねた様子も愛らしい。
それでも。
ホウ統は掌を差し出し、猫を抱き締める事を―――躊躇う。



―――…怖かった。

抱き締めたら、淡雪の如く溶け消えてしまうのではないのかと。
小さき君が、何より大きく。
愛し愛しと想う裏腹、喪失を想い怖れを抱く。

…嗚呼、そうか。
これは君の目線でもあるのか。
其の様に、君も私の事を想い。
君は、私の事をそれ程までに。



「…仕方がないのう…」
「ほっ?」

終には膨れっ面を披露していた庶ーにゃんの脇に、ホウ統は掌を差し入れ。
そっと抱え上げると、まずは猫を膝の上に乗せた。
それだけでも嬉しなのか、萎れていた耳と尻尾はぴこんと立ち。
にこにこと、笑顔を持って庶ーにゃんはホウ統を見上げる。

「ほっほ!さ、おもいっきりたのむぞ。」
「まったく…調子の良い。」


跳ねる鼓動を悟られぬ様、というのは無理な話であるか。
猫なる君を、胸元へ収めようというのだから。
君は、何と理解するであろうか?
愛惜と喪失の狭間に同じだと、想ってくれるであろうか。


「ほーとーは、あったかいの…」
「君の方が、体温は高くて然るべきだと思うのだがのう…」
「やれ、やれ。ぶすいじゃのう、ほーとーは…まあ、そんなところも むしろかわいいがの。」
「…ふふ…勝手な事を言う…」

しかし君より熱くては困る。
溶かしてしまいそうだ。

そっとそっと、揺り籠のこころで猫を包み。
加減知らぬ程、掻き抱きたき衝動を内に潜ませる。
我が想い、腕は理解っているのか、いないのか。
柔ら柔らに、しかし君をしかと感じ取る抱擁を。


君が、何時も私に贈る抱擁を。


「ほーとー…」

成る程、な。
どうして君が、私の真白にそうするのか理解した。
此方の気も知らず、きゅうと胸元に抱き付き。
目の前で、ふわふわと舞う真白。



―――真白に触れたき衝動、抑える事あたわず。
其の淡雪へ、愛し証の口唇をひらり舞い落とした。



「―――…ほーぅとう、朝じゃぞ。ほっほ!」
「…っ…え……?…じょくん?」
「随分、ぐっすりと寝ておったのう。起こしたものか迷ったぞ。」

夢?
…二重に、夢を見ていたとでもいうのであろうか。
我が身は…猫だ。

「とても良い天気じゃぞ。正に、正に行楽日和。何処かへ出掛けようか?ホウ統……?…どうしたんじゃ?怖や夢でも見たか?」
「…ゆめ……か。」

惚けた様にして、ベッドの上でちょこんと座ったまま。
自分をじっと見詰めて動かぬ統にゃんに気付き、徐庶は心配そうに、優しく声を掛ける。


―――泡沫は、泡沫のままという事か。
夢も然り、淡雪も然り。
人の身の夢、儚きか。


…けれど。


「…じょくん。」
「何じゃ?矢張り怖や夢か?…よしよし。」

ぽすりと、統にゃんは徐庶の懐に埋もれる。
受け止める徐庶の腕は。
そっとそっと、揺り籠のこころで猫を包み。
加減知らぬ程、掻き抱きたき衝動を内に潜ませ。
柔ら柔らに、しかし猫をしかと感じ取る抱擁を。

わたしの、大好きな。

「…大丈夫じゃ、ずっとホウ統の傍に居るからの。」
「…ああ、わたしもだ。」
「ほっほ!珍しく素直じゃの。」
「なんだ、うれしくないのか?」
「いやいや、これは手厳しいの。嬉し、嬉し…ほっほ!」
「ふふふ…」


人の身、猫の身、何時か儚き泡沫に帰そうとも。
君が私を想うてくれるを信じ。
君を想うこころは果てず。


其の想い。
解けないで。
溶けないで。



嗚呼、真白の君よ。

■終劇■

◆10月にゃん仔の日小噺でした。
…夢オチが出るようになっては、ネタ切れとも言われますが(苦笑)
まあ、庶ーにゃんはこれっきりという事で。
ステップアップガイド描き下ろしの、ぷりっぷり庶っちがねー。
ケツがねー(笑)
なんだあれ、プリティカル(かわゆさクリティカルヒットの意)過ぎるだろ!という想いを抱き続けておりましたので。
いっぺん振らせてみたかった(…)
しかし流石に素で振らせるのは自重した模様(笑)
にしても、庶っちもにゃん仔系よね…似合っちゃって困るよ。

2008/10/22 了



あきゅろす。
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