♪紫陽花の夢を見るは猫
陽光を遮る分厚い雨雲は、天然のカーテン。
降り止まぬ雨の調べは、途切れる事を忘れたオルゴール。
雨の世界は、儚いモノクローム。


夢の中へと誘われる、総てが揃いし世界の中で見つけた輝きを。
小さな手に抱え、帰路へ就く二匹の猫は―――その輝きに負けないくらい、鮮やかな赤色と緑色の傘を差していた。



「ほっほ!今日は、私の家へ遊びに来ていた様ですなあ。」
「やれやれ…心配を掛けさせおって…」

今朝より降り続く雨は、今をもって止む事は無く夕べを迎えようとして。
覆う雨雲は、時刻よりも早い闇を感じさせている。
そんな梅雨空に暮れた夕闇の中、張コウと徐庶は出掛けた猫の帰りの遅さから街へと探し出ていて。
風に流れて濡れた雨粒を纏いながら、一応の確認に戻ったところだった。
普段の入れ違いならば、飼い主の心配を余所に張コウの家でお手製スイーツなぞを食しながら、猫同士で談議しているものだが。
開いたドアの先は、外よりも一層に深い闇。

今一度、と。
逸りを見せた張コウを制し、念を押して徐庶が自宅のドアを開ければ…闇色も静寂も、同じ。
けれど、その玄関には鮮やかな赤と緑の傘が並び立て掛けられて。

「この分では、ホウ統も郭淮殿も寝ている様子ですな。」
「まったく、いい気なものだ…」
「ほっほ!まあまあ、雨天日の猫は寝るが当然ですからの。」
「問題は、そこではなかろう…」

呆れを浮かべるのは、猫のせいか徐庶のせいか。
張コウにしてみれば、溜息のひとつも出てしまう。
しかし、傘の色以外は薄暗い玄関先の照明を徐庶が点せば…靴も二つ、丁寧に揃え置かれており。
そこまでを確認すると、張コウの表情には微かなれど呆れよりも安堵が益して浮かぶ。

「では、行きましょうかな。」
「…ああ。」

受け取ったタオルで雨粒を払い除けると。
張コウは徐庶の後に続き、猫の迎えへと室内に足を向けた。



「……くう……うにゃ……」
「…案の定、だな。」

二人が真っ先に向かった先は、当然の様に寝室。
そっとドアを開けば、仄かに場を照らすベッドサイドの小さく柔らかなオレンジ色の光が出迎え。
その、ベッドの上には伏して眠る二匹の猫が居る。
解り易い猫の様に、再び呆れた表情を零した張コウだったが…それはすぐ、笑みへと変わり。
ゆっくり、二人の飼い主は互いの猫に近付く。

と。

「……これは俺、か?」
「んん…?…ほっほ!成る程、成る程。どうやらその様ですな。」

淮にゃんの手元には、大事そうに握り締めた白い塊。
よくよく覗き込んでみれば、その正体は張コウの顔したティッシュペーパー製のてるてる坊主。
どうやら、これを作り終えたところで力尽きたらしい。

「…お前のもあるぞ。」
「これは、これは。嬉しいのう、ホウ統や。」

張コウが指差す先を徐庶が見れば、統にゃんもまた白い塊を握り締めて眠りに就いている。
淮にゃんのそれと同じ様に、徐庶の顔した晴天願い。

「俺に願われても、困ったものだがな…」

双眸を細めて張コウはベッドに腰掛けると、眠る猫の頭を撫で。
そうすれば、猫が気持ち良さそうに鳴らした喉の振動が掌へと伝わって。

「…ん…」
「…おや、おや。ホウ統はお目覚めかな?」

徐庶もまた、統にゃんの傍らに座り撫でていたが。
猫の耳がぴくりと震え、ゆるゆると覚醒の様相を呈す。

「……じょく…ん?……すまないな…ねていたようだ…」
「ほっほ!構わんよ。」

統にゃんは、ゆっくりと顔を上げて徐庶の顔を確認すると。
未だ眠たげな眼はそのままに、とろりと蕩けた微笑を浮かべる。
しかしやはり、雨の日の猫は。

「……まだ、ねむい……」

ぽて、と。
腰掛ける徐庶の太腿に倒れ込み、もぞもぞと身体を丸め寝心地を求めて。

「よし、よし。夕げまでは少々時間があるからの…それまで、ゆっくり眠るといい。」
「ああ…そうさせて…もらおう……そうだ、じょくん これ…」

ゆるりと差し出された、徐庶の顔したてるてる坊主。
普段なら、多分、もう少しぶっきらぼうに渡したものだろうが。
寝惚ける所為もあってか、受け取って欲しいと甘えた表情を零している。

「ありがとうな、ホウ統。ほっほ!後で、一緒に飾るとするか。」
「そうだな……じょくん……」

受け取って貰えて。
にっこりと微笑まれて。



嗚呼、嬉しいものだ、な。



「…さて、此方は起きる気配すら無いものだが…」

くうくうと。
張コウに撫でられてからというもの、淮にゃんはより深い眠りに誘われて。
ぎゅ、と白い張コウを握る掌に力を込める。

目の前に、居るのに。

「ふ…仕様の無い奴だ…おい、起きろ郭淮。」

撫でる掌を、優しく揺り起こすに変えて。
ようやく、淮にゃんもとろとろとした双眸を湛えながら覚醒する。

が。

「……おや、ちょーこーどのですにゃあ……」

身体を少し起こすも、首はかくかくと舟を漕いだもので。
今にも、再び眠り落ちそうで。

「…やれやれ…この有様では、どうしようもないな…」
「…ふにゃ…ちょーこーどの…」

ほんものは、やっぱり、温かい。

統にゃんと同じ様、ぽてんと張コウの身体に向かって倒れ込むと。
今度は、張コウも白い張コウも纏めて独り占め。
あんまり大事そうに握り締めているから。

「飾る前に、俺がボロボロになってしまいそうだな…」

冗談混じりに笑みながら、擦り寄る猫の身体を今一度撫でれば。
にゃあとひとつ、愛らしく。

「……そうですにゃ、ちょーこーどの……」
「何だ、背負ってやるから寝ていても構わんぞ。」
「それは うれしいですけどね…かえるまえに……そと、に……」
「……おい?」

総てを言い終える前に、淮にゃんも夢の中。
二匹の猫は、夢を見る。

「外…というのは…」
「はて、此処のベランダの事ですかなあ。」

統にゃんを膝の上に乗せて寝かし付けていた徐庶は、張コウと淮にゃんの会話を聞くと。
柔らかに猫をベッドへ移し、カーテンへ近付く。
シャッ、と一息に開け放ち外の世界を臨めば、深まる雨のモノクローム。


しかしその中に、明るく明るく輝き開く花。


「…何処かで、貰って来たのでしょうなあ…ほっほ!」
「…まったく…雨中にこれを抱えて帰ったのでは遅い筈だ…」

ふたつ並べられた鉢植えに。
程好く形を整えて植わられた、紫陽花。
雨の世界の中で映える象徴のそれは、モノクロームの雨粒を受けてより一層に輝きを放つ。

「しかし、どちらの鉢が郭淮が持ち帰ったものだろうな。」
「私は、此方の鉢だと思いますがな。」

窓を少し開け放てば、雨に冷えた風が入り込む。
その隙より手を伸ばし、徐庶が選んだ鉢は。

「…何故だ?」
「張コウ殿と郭淮殿の色だから…ですかな、ほっほ!」

淡紅色の小花が薄く色付き始めた、鉢。
一雨を越える度、徐々に徐々に、その色は増してゆくのだろうと。

「…ふ…かもしれん、な。」

手渡された鉢はまだ白色が目立ち、そのひとつひとつを張コウはまじまじと見詰める。
仄紅さが初々しく、染まりゆく楽しみを。

「ホウ統が貰った鉢は、何色に色付くか…まだ分かりませんなあ。」

鉢を寄せ、花弁と見紛う萼へそっと徐庶は指を這わせる。
緑色した蕾の時期を終えた程、であろうか。
まだまだ若い、紫陽花。



―――ふたつの鉢は、まるで。



「…ところで張コウ殿、紫陽花の花言葉を知っていますかの。」
「いや…知らん。」
「異名を"七変化"といわれるほど色変わりの多き故か、"移り気"等と呼ばれる様ですなあ。」
「…これを、その様に捉えるのは…少々、無粋だな。」
「ほっほ!まったくですなあ。」

意を得たり。
何を思い、何を言わんとしたのか疎通を成したらしい。
一度顔を見合わせると、互いの猫へ愛惜の眼差しを向ける。



安らかに眠り続ける猫は。
きっと、鮮やかに色付いた紫陽花の夢を見て。





―――移り気なんて言わないで。
貴方の色に、染まっているの。

■終劇■

◆ちょこさんはともかく。
庶っちのてるてる坊主は効かなそうですね、雷をオットセイ!だもん(笑)
そもそも、てるてる坊主でひとねたのつもりだったのですが…気が付いたらメインは紫陽花になっておりました。アレ?
まあ、どっちも梅雨ねた的にはお約束という事で。
僕の寝ねたも、お約束で御座います(苦笑)

2008/06/05〜07/09 拍手感謝



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