A
「……です、か…?…さ、ま…」
「…え…っ…?」

すう、と。
耳が音を捉えると同時に、確かに其処にあった筈の花弁が消え失せる。


幻、だったのだろうか。


「…お加減は如何ですか?郭淮さま。」
「―――お嫁…さ、ん?」

薄ぼんやりと。
徐々に、はっきりと。
郭淮の双眸は、失せた花弁から…心配そうに自分を見詰めている、長年連れ添った妻の姿を捉え始めた。

あたかも、泡沫の夢から覚めた様に。

「もしかして、お休みのところを起こしてしまいましたか?」
「ああ…ううん、大丈夫。今日は…何故だか、随分と具合が良いからね。」

自分を見詰める王氏の顔に、申し訳なさそうな表情が浮かんだ事に気が付いた郭淮は、笑顔を向けて身体を起こす。
…病床に伏して、幾日が過ぎたのだろうか。
まともに動かす事も叶わなくなった筈の身体が―――


どうしたことか、軽い。


「…郭淮さま…!」

王氏の瞳に浮かんだ涙は、喜びのそれ。
郭淮はゆっくりと、その雫を指で拭い去った。
似合わない、から。

「…まだ、冷えますから…一枚、羽織られた方がいいですよ。」

郭淮の意を汲み、王氏は穏やかな笑みで応える。
そうして、暫く使われる事の無かった戦袍を手に取ろうとした。

「後ろを失礼しますね、郭淮さま。」

戦袍は丁寧に畳まれて郭淮の傍に置かれていたが、奥手にあった。
その為、王氏は上身を起こした郭淮の後ろから取ろうとした…のだが。

「これでいいよ。」
「えっ?…きゃっ!」

ぽすん、と。
言葉の意味を理解したであろう前に、郭淮は自らの背を王氏の胸元に預ける。
反射的に、王氏はその背を受け止めていた。

「うん、暖かいね。」
「…もう、郭淮さまったら…待って下さい、ちゃんと受け止めて差し上げますから。」

呆れ顔になるそれは、何時もの郭淮である事への嬉しさ。
そうして王氏は半端な姿勢を正すと、郭淮の背を受け止め直す。



あきゅろす。
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