『接吻忘れ』
―――ト、クン…
「……っ…あ、れ……?」
「…気が付いたか?」
意志を保つ事もままならず、茫洋とした心地に囚われながらの覚醒。
耳に届いた鼓動は、自らのものなのか。
―――否。
「…ああ、意識を手放しちゃってましたかね?俺。」
自分で移動した覚えは無い、となれば張コウが運んでくれたのだろう。
ゆるゆると周囲を探れば、床に伏してその胸に抱かれている。
「…まあ、俺も今しがたまで軽く眠り落ちていたがな…」
「……ん…っ……」
やはり無茶をしたな、と、苦笑して。
しかし寝覚めと共に落とす口唇には、未だ孕む劣情。
擦る様な口唇の触れ合いと、貪る様な舌の絡み合いと、交互。
自然と互いの身体に腕が伸び、心赴くままに求め合うそれは…想いの通ずる、情交の結びと何ら変わるところが無い。
…ちゅく…
「…ふ……っ…」
漸くに離した口唇は、灯の返しを受けて光を持つ。
幾らも抱き、睦み交わした筈なのに。
まだ。
…まだ。
「……明けが近い様だな……」
欲を抑え、郭淮を掻き抱くに留めて外を臨めば白む空。
徐々に光を失う行灯に替わり、互いのかたちを捉える支えへと移ろう空。
それは即ち、一夜逢瀬の仕舞いを意味し。
「…身支度を、整えますからね。」
重い身体を起こそうと、張コウの腕より離れようとするも。
捕らえられ続ける身体。
「……張コウ殿。」
く、と。
軽く張コウの身体を押すが、頑強なその身は其処に在り続ける。
「…見送りなどはよい、俺の支度はそう時間も掛からんしな…」
「…ちょうこう、どの…」
抱かれる腕に篭る強い力に、息を詰まらせ呼ぶ名。
日の出を迎える、その時まで。
このままに。
心得た郭淮は、腕の中で張コウの胸元へ擦り寄り。
そのさまには猫を想わせる。
トロトロと蕩ける様な心地は、まだ夢中なのではないかと思わせて。
しかし日は、今朝もまた。
微かな喧騒が、仕切りを通して漏れ聞こえ始める。
「この時間」までの客が一夜の恋華を終えて、散り行くそれ。
とうとう、陽光と呼べる日向が室内を照らし。
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