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Lifriend-5

「大丈夫かよ」
 自宅アパートに帰ってからも暫く放心状態が続く。初音が訊ねたが返事をするのも億劫だ。片岡に会うのがつらい。
「ねぇ、初音くんは」 
 黙って対面に座る初音が顔を向ける。祝いをするべきなのかもしれない。けれど同時に喜んではいけないような気もして。
「まぁた難しいコト考えてんな」
「初音くんは、命って平等だと思う?」
「何。そんなこと考えてたワケ」
 陰険な表情で睨まれる。
「命を半分渡したの、この子で良かったって思った。じゃあ片岡くんがただの何もない子だったら?良かったなんて思ったかな…って思ったら」
「何もないってどういうコトだよ」
 この男は本当に自分でいうような死神なのだろうかと思う。人間になりたがって、人間のルールに落胆だってするのに。
「分からない。でももし彼じゃなかったら。きっと助けたこと後悔だってしまたかもしれない。この子の命助けなくても良かったって思ったかもしれない」
「面倒臭い女だな。結果論だろ。っていうかそんなにこだわるコトか?人間の命は平等だなんて誰が決めたよ」
 初音の言葉に顔を上げる。頭を掻き毟りたい。何も考えたくない。けれど口ばかりが勝手に動く。
「アンタが思うほど多分平等じゃない。この前見たぜ、ガス漏れだか何だかの事故。トリアージっていったか」
 聞きたくない単語が初音の口から飛び出してきて耳を塞ぎたくなる。記憶が氾濫する前に思考を言語で遮断するしかなかった。
「救える命を優先して選んだだけじゃない…」
「じゃあアンタがしたのもそういうコトだ。救えない命は救えない。死ぬのを待つしかない。優先される命がある。アイツは優先されたんだ。俺に。アンタの力を借りて。最大多数の最大幸福って言うらしいな。それが一番大事なことなんだろ。この前小学校でやってた」
 価値観が違う。割り切り方が違う。
「命なんて記号だろ。そこに付随するモノに人間はこだわりすぎだ」
「初音くん!」
「人間になんてなれねぇよ。命全部同じに見えるけど、やっぱ数なんだよ。片岡クンが死ぬ同じ時間に近くの大通りで結構デカい交通事故で、ガキと母親が死んだよ」
 何故それを今言うのか。この男は人間には、やはりなれないのかもしれない。
「自分が聖人君子だとでも思ってるのか。アンタは何だ。命は平等だなんて小さい頃から刷り込まれやがって。違うだろ。分かってるから競って、手前の価値磨いてんじゃないのかよ」
「初音くんは酷いよ…」
「俺は…ッ」
「死神なんかじゃない…死神なら私のこと傷付けられないもん…死神なら私なんかの一言で傷付かないもん…」
 黙られてしまうと間が怖くなる。怒鳴られるだろうか。殴られるだろうか。残りの半分以下の寿命まで持っていかれてしまうだろうか。
「何が守るだ。何が特別だ。平等じゃねぇだろう。もう優先順位出来てんじゃねぇか。そんななら、人間になんてなりたくねぇよ」
 背を向けて消えていく。あの謎の部屋だろう。監視対象から外れたのだろうか。
「初音くん…」
「初音くんは、人間と何も、変わらないよ」
 独り言と化すのは何となく分かっていた。



「お姉さん元気ない」
 片岡と喫茶店にいる。この前の約束だ。初音にバイトの紹介までしてもらっていた。ぼうっとしてしまって片岡は心配そうに身を縮こまらせ、ストローに口を付ける。
「あ、ごめんなさい」
 謝ればすぐに片岡に笑みは戻るけれど。
「いいんです、元気なくても。ムリしないでほしいです。でも…オレでよかったら話、聞きます」
 息子。弟。甥。いとこ。双子の片割れ。片岡に対する、他人とは言い切れないけれど近くもない関係。遺伝子は別。血もだ。命を半分渡した相手という実感もない。そしてそれが本当に片岡に、だったのかさえ。
「本当に、何でもないの。ごめんね、せっかく誘ってもらったのに」
「オレこそ深く入り込もうとしてごめ、んなさい」
 頬を朱く染めながら泣きそうな目をされると、つい顔に手を伸ばしそうになってしまう。初音が初めて片岡に会わせたがった時、しきりに感想を求めたが、今なら、何だか片割れみたいだ、と言えそうだ。
「片岡くん」
「何ですか?」
「初音くん、バイト行ったかな?2日間くらい、音信不通なの」
 大きな目をさらに大きくする。
「事務所から連絡きてないので、多分行ったと思いますよ」
 モデルをしていただけに私服のセンスがいい。顔立ちも幼いが野暮ったいわけではなく。垢抜けた外見。穏やかな雰囲気。男女問わず人気だろう。暫く見つめ合っていれば、へにゃりと小動物のような笑みを見せた。
「片岡くんって弟みたい」
 息子。弟。甥。いとこ。それとは違う。双子の片割れでもない。命の半分を渡した相手に過ぎない。それだけで親しく思えてしまうのは自己愛の一種なのだろうか。生への執着なのだろうか。優越感なのだろうか。支配した気にでもなっているのだろうか。この男はもうひとつの自身といえるだろうか。
「それ…って」
 片岡は唇を噛んで、眉間に皺を寄せる。傷付けてしまったというのは分かったけれど、理由までは。
「それって、オレ…」
 けれど取り繕う術を知らない。確信の持てない可能性に気付いてはいるが、あくまで可能性であり、全てではない。
「それってオレ、フられてるんですか?」
 ストローを指で弄びながら片岡は問う。相手に委ねている。そのようなつもりは微塵もなかった。片岡の行動から浮かぶひとつの可能性を捨てきれていなかったが、それは片岡を無意識に惹き付けている必然と錯覚。
「どういうコトかな」
「弟みたい…って。オレ、男として見られてませんか?」
 誇示というよりは問われている。嫌味に聞こえない態度、言い方、仕草、その他方法を意図的にかそれとも無意識にか、片岡はよく知っているけれど。
「弟なんだから、男でしょ」
「そういうイミじゃないです」
 どのような表情で患者と接しているのだろう。職場の人間とは。こういう雰囲気と態度なのだろうか。妹にはどのように。
「異性として見せくれませんか?」
 正確な年齢は知らないが、片岡もこような場数は踏んでいるだろう。
「異性として見てるつもりだけど」
 何人とそれを踏んで、何人とどうなったかは知らない。人好きする外見と性格ではあるが、無いとは言いきれないが、その可能性は低そうだとも思える。これが計算の内か否かを見破るほどの経験も技量もないけれど。
「だから…そういうコトじゃ、ないんです」
 気不味そうに項垂れて目が泳いでいる。言いたいことは分かった。残しておいた可能性というものが段々確信に近付いてきているが、片岡相手に限っては「錯覚」「必然」「本能」の3つで切り捨てられる。だがその説明をするにはリアリティに欠ける。
「片岡くん、かっこいいし、穏やかだし」
 残酷な言葉というのは響きが甘い。
「オレは…貴方のこと…」
「片岡くん」
 片岡を傷付ける相手が許せない。切ない顔をさせて、惑わせて、情けない表情にさせる相手への激しい怒りと苛立ちが沸いて、爆発しそうだ。けれどそれは、その原因は今、片岡の目の前に居ながらそう思っている人間にほかならない。
「言わせてください…なんでですか…?オレがガキだからですか…?」
 もし全て言わせてみて、確信と違ったら。それはそれで良い。それが良いのだ。けれどこの展開と流れでそれが望めるだろうか。気付けない程周りに頓着しないタイプではない。空気を読んで生きてきたつもりだった。
「もしかして他に…」
「落ち着いて、ね?」
 焦りながらも回転する脳内でまたひとつの可能性が片岡の中にも浮かんだらしい。
「…初音さんじゃないですよね」
 質問へのスルーを肯定だと思ったらしい片岡が初音の名を出したことに少し驚く。
「初音さんだったらオレ、勝てないから」
「違うよ。初音くんはそんなじゃない」
 否定しても片岡の曇った表情は変わらないまま。この子にこんなカオをさせるヤツが許せない!矛盾した思考に頭が締め付けられるように痛い。
「喧嘩した、とかですか…?」
 片岡が訊ねる。不味いことを訊いているのかもしれないという自覚があるようで恐る恐るといった感じで黒目がちな瞳が向けられる。
「喧嘩ってほどでもなくて。一方的に怒らせちゃって」
「そうなんですか。ごめんなさい、そんな時に誘っちゃって…」
「気にしないで!片岡くんには関係のないコトなのに、こっちこそつまらない空気にしちゃって、謝らなきゃね」
 言葉に気を付ければよかったとすぐに後悔する。意思と反比例して片岡に棘を刺している。
「気にします。気にさせてください。何も出来ないですけど、貴方のコト、気にしていたいんです。頼ってください」

 別れ際に片岡の背後に舞うモンシロチョウを見つけた。視界を踊る。片岡の右肩に止まって羽根を開閉する。人懐こいモンシロチョウだ。
「どうしました?」
 片岡が動くとモンシロチョウも飛び立った。
「ううん。何でもない」
 立ち止まる片岡よりも先に歩きだせば後ろから包み込まれる、首に両腕を回される。背中に片岡の体温を感じて、突き飛ばそうにも、突き飛ばせない。身体が片岡の身体を粗雑に扱うことを拒否している。
「やっぱり言わせてください」
 唇を噛みしめることしか出来なかった。棒立ちのまま、ぼうっとまだ視界を泳ぐモンシロチョウを見つめる。用意している返事はひとつしかない。そしてそれを言いたくはない。
「片岡くん」
「自己満足なのは、分かっているんです」
「片岡くん」
「好きです。初めて見た時から」
 一目惚れだ。何とロマンチックなことだ。けれど片岡に限っては、違う。
「なんだか寂しそうな感じがして。悲しそうな感じがして。でもどこか…強そうな気がして」
 いつの話なのか。初音と勤務先まで行ってしまった時のことだろうか。振り返ってみる。それとも、死ぬ間際か。
「初音さんと一緒に居るの見た時、最初、嫌だなって」
「そう」
「一方的でごめんなさい」
「話、きちんと聞いてあげられなくてごめんね」
「いいんです。気にしな…気にしてほしいですけど、でもオレ、好きになってもらえるよう頑張ります…諦めたくないんです」
 たとえば片岡に命を半分渡していなかったとして。片岡に同じことを言われたとしても、きっと同じことを言うだろう。だから片岡が悪いわけではないのだ。片岡には何の非もない。
「じゃあ、ね」
 片岡を振り返ることは出来なかった。そこにある事実を直視したくなかった。
 アパートに帰って今に話し掛ける。ここかバイト先のモデル事務所か。玄関に靴はあるけれど、姿はない。行ったことのない場所には移動できないと言っていたから、あの奇妙な部屋に閉じこもっているのだろう。
「初音くん、帰ってるの?」
 帰っている。分かっている。
「今日さ…ううん。バイトどうだった?」
 片岡とのことを言いかけてやめる。初音に言っても仕方のないことだ。初音には関係のないことだ。
「モデル、楽しい?思ったのと違ったかな?雑誌載ったら買うね」
 返事はない。聞こえてすらいないかもしれない。一時期の習慣だ。ただ宛てが変わり、声に出すか否かの違い。宛てのない誰かに向けていた言葉。感情。問いかけ。
「まだ怒ってるの?お腹、空いてない?」
 やはり返事はない。吸血したがっていたくせに。監視するとも言っていた。また1人の生活に戻るだけだ。
 もし過去を捨て片岡の告白を受け入れて。2人の生活になったとしても。ほぼ同時期に死ぬのだ。多少の差はあるらしいけれど。
「バカみたい」
 2人で一緒に死ねるのなら本望ではないか。過去を捨て、未来を塗り替えて。片岡なら。片岡しかいない。伴わない感情など取るに足りない差でしかない。或いは後からついてくるかもしれない。だとしたら相手は片岡しか。正当化しようとする度に揺らぐ気のない意思が居座り続けて払拭する気も譲る気もないようだ。
 片岡が必然的に、本能で錯覚に従ったのと同じように、片岡を利用するようなカタチで、結果ありきで受け入れることはやはり出来なかった。


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