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Lifriend-12 終

 
 将桜(しょおん)。付けられた名前はペット感覚。歳の離れた妹の名前は初音(はつね)。流行のアニメキャラから取ったと聞いた。子どもの価値がペットやアクセサリーと同じだった。漢字が格好いいから、響きがお洒落だから。それで良かった。こじつけられた重苦しい意味を持たされるよりずっと。身体が消えかけている。この記憶も消えていくのだ。契約を終えるのだ。
 契約相手の死地は炎の中。命を半分渡した相手が先に絶命していた。妙な感覚がした。全て了承していたはずだ。この2人が永くないことなど。全て了承していたはずだ。その今までだったはずだ。契約相手は素朴な女。面白みもない。華やかさも。器用さも。陰気で面倒臭い。そして人間。生臭い。穢い。儚い。短い寿命で何を残していくのだろう。どうして選んでしまったのだろう。
 自分に腹が立つんだ。
「性格、結構ひねくれてるんですね」
 隣の青年はそう笑っただろうか。人間の男だ。嗅覚を襲うのは柔らかい花の香り。けれど生臭い。立体横断施設の下にあるバスターミナルを見下ろしている。横で興味がなさそうに、だが話は聞いているようにも思える青年にこの声は届いていない。この姿は見えていない。もし聞こえていたなら白く並びのよい歯を見せただろう。オレ、そろそろ行きますね。そう言って会釈するのだろうか。柵に触れていた両手を叩き、青年は去っていく。背中を見つめていれば前方不注意なのか女とぶつかった。女は反動で転倒する。青年はすぐに女の元に駆け寄ったが、女はすぐには立ち上がらない。どこか痛めたのだろうか。興味はなかった。否、興味はあった、けれど。身体が消えていく。

 住んでいたのは高層マンション。それでもあまりステータスにはならなかった。テレビやドラマで見る高層マンションは豪華で煌びやかなのに。
「お兄ちゃん!」
 妹は可愛いと感じていた。不倫相手の娘でも、妹は妹だった。よく懐いてくれていた。妹というよりも娘の感覚に近かった。妹はマンション裏の線路を通る電車をベランダから見るのが好きだった。
 マンション工事に問題があったのはその後に知る。誰が悪いのか、何が原因かなど、どうでもよいことだった。
 マンションの下に公園と言えるほどでもない小さな庭で遊ぶ妹を迎えに行く。その時に気付いてしまった落下物。コンクリートの塊。止まった時間と浮いた人間。人の形をした詐欺師。人でないもの。決断に躊躇いはなかったように思う。兄の姿を確認して走り寄る妹の姿とマンション裏から聞こえた爆音。地響き。悲鳴。妹の肩を抱きながら立ち尽くす。ヘリコプターの音。救急車の音。印象的だったのはその2つ。何を渡して何を与えられたのか。全てをテレビで知って、暫くのうのうと生きていた。けれどある日悟るのだ。何をして何を起こしたのか、足りない頭で悟るのだ。ひとつふたつ、テレビで言われた3桁の数字に耐えきれなくなって、首にコードを巻き付けて―――…

 
 
「お姉さん!」
 毛先の傷んだ少し長めの前髪から黒目がちな双眸が覗く。女はその瞳を一瞥してから膝を着いた地面を見下ろす。
「ダイジョーブ?」
「大丈夫です。こちらこそ、すみません」
 女は蚊の鳴くような声で答える。相手に聞こえたのかは分からない。透明感のある薄いブルーの上下揃った服、半袖から伸びる男性的な小麦色の肌が女に向く。
「お姉さん、本当、ごめんなさい」
 女は差し伸べられた手に答えず、けれど無視するのも躊躇われ一度会釈してから立ち上がる。
「あなたは大丈夫なの?」
「オレはダイジョーブ」
青年は少し驚いた表情をしたけれど、すぐに笑みを浮かべた。着ているものからいうと、看護士だろうか。胸ポケットに留めてあるボールペンの尻についたキャラクターのマスコットの頭部がからからと揺れた。
「それじゃあ、急いでるので」
 女に会釈して去っていく。首から下げた名札が大きく揺蕩って、薄いブルーの服がたなびいて。青年の背中を女は少しの間見つめた後、女は屈んだ。何かが落ちている。踊るように、舞うように。女は足元を眺めていた。地面に落ちて動いて跳ね回っているようにも思う。胴が本来の姿の半分になって。
「もう、大丈夫だよ」
 

fin.

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