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Lifriend-9
 まどかをよろしくお願いします。昨日と同じ挨拶と、それから初音との別れを惜しむまどか。初音は帰りも迎えに来てやる、などと調子のいいことを言って、まどかは高級マンションの一室へと入っていく。
「私、支度とかあるから夕方は来られないよ?」
「おう、片岡クンと俺で行くわ。片岡クン、いい?明日のことも話したいし」
 片岡には命日を告げられない。だから片岡は身辺整理など出来ないまま死んでしまうのだ。
「いいですよ。分かりました」
 片岡の充血した目を初音は何も問わなかった。むしろ気付いているからこそまどかの意識を逸らしていたようにも思う。
 片岡の勤務先の近くに至るまでは他愛ない話が続く。事務所長がどうだとか。
「初音さんは、また後で。お姉さん、また明日!」
 会釈して片岡は勤務先に駆けていく。薄いブルーの上下揃った服が人混みに紛れて消えるまで見つめていた。
「アンタのせいじゃねぇって」
 その横に並んで初音が一度背を叩いた。
「何の話かな」
「別に。弟みたいだから男として見られない、でいいだろうが」
「私なりに考えたんだけどな。それも言ったけど、諦めないって」
 初音は溜息をついて肩を竦める。
「好感の抱ける子だよ。あと少しの寿命でないなら…もっと言いたいことあったけど」
「片岡クン、やっぱカワイイわ。どうせ小難しい型作って、そこから抜け出せないカンジなんだろ」
「だって片岡くんが言い寄るのは命半分渡したからでしょ。必然で、本能で錯覚じゃない?引き合わされて、そうなるように仕向けられたみたい」
 初音は暫く黙っていた。これで分かっただろうか。
「あのさぁ」
 話が完結した、となったところで初音が口を開く。
「偶然で理性的で経験に則って理屈っぽいマジものならいいのか?」
 初音が訝しんだ目で見た。
「必然で本能で錯覚ってダメなのか?」
 顎を掴まれて唇に親指で触れられた。
「からかわないで」
 初音の腕を掴み返して振り解く。
「まぁ、それを抜きにしてもアンタがムリって言うならムリなんだろうけど」
 両手を上げておどけて見せられる。
「私は恋したいワケじゃないから。新しい人デキるよとか、あの人の母さんにも縛られなくていいって言われたけど、別にカレシが欲しいワケじゃないから」
「…そうかよ。残酷だな。人間の真理だの摂理だのは」
 スケールの大きな話を空を仰ぎながら突然始めだす。
「錯覚だらけなんだろ。この前テレビでやってたぜ。7秒だか10秒、息切らしながら見つめ合うだけでいいらしいな」
「何が?」
「恋なんて錯覚だ。片岡クンもカワイソウにな」
「…悪かったって思ってるよ」
「アンタのせいじゃねぇって」
 愉快そうに笑う。幻覚だと思っていた初音は確かに存在している。
「責められてる気に、なる」
「疑わしいんだよ。錯覚ってもんが。マジものだって信じたい気持ちでいっぱいなのかもな。ならソレってマジものじゃねって」
 甲高い声の情けない笑顔の、よく見知った男へ抱いているものは錯覚なのだろうか。それとも真実なのか。そもそも真実とは何なのか、どれなのか。
「どういう…コト…」
「マジものにすりゃいいんじゃね、って話」
「え?」
「アンタはそれでいい。こっちの話」
 初音の中では決着がついたらしい。

「1人で帰れるの?」
「…あのさ、今までずっと1人だったでしょ。あなたこそ大丈夫?まどかちゃん小さいんだから気を付けなさいよ」
 遠方に住む家族や友人に迷惑は掛けられない。暫く1人にほしいと突き放して4年。荷物の整理や片付け、掃除はしておきたい。
「そういうイミじゃなくて…まぁいいや。分かったって。安心しろよ」
 片岡の仕事が終わるまで散歩するらしい。初音が手を振って、互いに離れていく。
「片岡クンもまぁ…頑張るねぇ…」


「片岡クン」
「お待たせしてすみません」
 深々と頭を下げて片岡がやって来た。
「あのさぁ」
 片岡は私服だった。薄いブルーの上下の服から解き放たれた姿はどこか幼く見える。
「はい?」
「もう諦めてやってくんねぇかな?アイツのこと」
「…知ってたんですか。それとも聞きました?分かりますかね…やっぱ」
 初音の方が背が高いため片岡が項垂れると項がよく見える。
「う〜ん、アイツも面倒臭い事情があるみたいなんだわ」
 ゆっくりだが歩は進める。片岡は立ち止まってしまう。
「それは初音さん絡みではなく?」
「俺は関係ねぇよ。話せ話せって言っても関係ないコトだ、つまらない話だってカンジ」
 片岡が立ち止まってしまったため初音も足を止めた。立体横断施設のど真ん中のため他の通行人の邪魔になる。
「ナイショな。俺が話したコトは」
「え?はい」
「元カレが死んじまって、それからずっと引き摺ってるみたいでさ」
「そ、んな」
 歩く気配のない片岡の背に手を回し、歩くことを促す。
「面倒臭い女だとは思うけどよ」
 片岡はよろよろと歩き出す。手も添えていなければ倒れてしまいそうだ。
「片岡クンのこと、良くは思ってるみたいだけど、やっぱそれまでみたいだし、忘れられないんだってよ、別にアイツに頼まれたワケじゃないけど、見てるのキツいんだよな、アンタら2人でヘコむの」
 断れば断るほど、断られれば断られる度に互いに擦り減っていく。
「気、遣わせてすみません」
「いや、過ぎた節介だとは思ってんだけどさ」
 片岡の声には力が無かった。
「初音さんが羨ましいです…どうしてオレは…ダメなんだろう」
「俺は片岡クンが羨ましいよ」
 片岡が目線を捕らえて顔を上げる。
「なんで、ですか。彼女の傍に居られるのはあなたなのに」
 納得がいかない。変だ。そう言いたいのを初音は感じ取る。
「絶対教えねぇケド」
「はぁ?」
 からかい甲斐のある可愛い男だ。少し苛立ったのか清々しい爽やかな顔に皺が寄る。
「でも、ありがとうな」
「初音さんに何かしましたっけオレ」
「バイト先紹介してくれただろ。それに、まどかの送迎、付き合わせてくれて。悪かった」
 他にもまだまだあるけれど言葉にしづらいもどかしさに初音は諦めた。
「そんなこといいんですよ。それよりもまどかが初音さんに懐いてくれてよかったです。妹いらっしゃるんですか?」
 否定しようとして稲妻が頭部を直撃するような何かが割り込んでくる。妹はいないはずだ。
「初音さん?」
「いない…はず」
「いない、はず?」
 片岡が首を傾げる。初音の不明瞭な物言いが引っ掛かったらしい。
「オレよりずっと兄妹みたいだったから」
 初音は片岡を一瞥した。片岡は特に初音を気にしている様子はない。
「まどかに苦手意識持って、壁作っちゃってるトコあるんで。オレより兄妹みたいに思えたんです」
 兄妹。初めて覚える単語のように繰り返す。妹がいるかもしれない。人間ではない身で。けれど、どこに。
「まどかは…2月18日生まれのO型…プリンとハンバーグが好きで…ブロッコリーが嫌い…」
 誰の情報だろう。急に思考の中に現れた数字と英字と身に覚えのない食べ物。片岡は怪訝な表情で、違いますけど、と否定と共に疑問を投げかけているようだ。そして、ブロッコリーは好きだったと思います、と続く。まどかの何かを表すものではないようだ。まどかからも片岡からも与えられた情報ではない。その記憶はある。
「冷や汗かいてますけど大丈夫ですか?」
 片岡の冷めた手が首に触れる。首を絞める一瞬の感覚を思い出す。絞められた。絞められたのだろうか。誰に。誰でもない。無機物に。
「大丈夫ですか?今日はやめておきます?」
 両頬を片岡の両手で包まれ、目の下を親指の腹で引っ張られる。
「いつもと変わらないような…いつも顔色は優れていませんし…」
「わ、悪い。マジで大丈夫。ちょっと色々思い出してた」
「そ、そうですか?体調悪いなら言ってくださいね」
 いつのものだか分からない記憶と突如現れた数字と英字とその他連想ゲームのように現れる情報。初音は頭を抱えたくなったが片岡の目を気にした。

「もう言い寄ったりしませんから、安心してください」
 まどかを預けた高層マンションの前に立つと、ふと片岡が話題を掘り返す。
「俺がいちいち口を出すコトじゃないんだろうが」
「いいえ。言ってくださってありがとうございます。元カレの話も黙っておきます」
 まどかを迎えに行く前にもその話にケリをつけておきたかったのだろう。
「でも参ったな。余計好きになっちゃいそう」
 片岡の呟きに初音は自嘲的に笑うしかなかった。


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